ここから本文です

レジェンドが語るTOP14の魅力。~大野均編~

ラグビーリパブリック(ラグビーマガジン) 10/1(土) 9:11配信

ラグビーでは、正式に国を代表するナショナルチーム同士の戦いをテストマッチと呼び、その試合に出場した回数を「キャップ」として数える。その数が多いほど、国を代表して戦った経験が多いことを示し、多くの人からリスペクトを受けるのだ。日本代表で最も多くのキャップを持つ選手が、東芝ブレイブルーパスで38歳の今季も現役を続ける大野均である。福島県の日大工学部に入学後にラグビーを始めたラグビー素人ながら、東芝入社から4年目の2004年に日本代表初選出。以来現在まで途切れることなく日本代表のロックとして活躍。2007年、2011年、2015年と3度のワールドカップを戦い、現在98キャップを持ち今なお日本代表に選ばれ続けるラグビー界のレジェンド的存在は、世界のラグビー、そしてフランスのラグビーをどう見ているのか。

レジェンドが語るTOP14の魅力。~冨岡鉄平編~

――大野さんにとって、ラグビーフランスリーグTOP14にはどういう印象がありますか。
「まず、ジャージがカラフルでかっこいいなという印象がありますね。色使いも派手だし、デザイン的にも、スポンサーロゴマークもたくさん入っている。斬新なところが多いです。
僕は大学生のときにラグビーを始めて、勉強のために色々なラグビーを見たのですが、フランス代表のラグビーには独創性を感じました。ひらめきがすごい。ラックを作らないでパスで繋いでいく。シャンパンラグビーというイメージです」

――大野さんが日本代表に入って間もない頃には日本代表でもフランス人ヘッドコーチを招聘しましたね。
「ジャン=ピエール・エリサルドですね。彼は「アダプタビリテ(適応)」というスローガンを掲げました。日本ではそれまで、南半球のスーパーラグビーで一般的な、あらかじめ戦い方を決めておくシークエンス・ラグビーが主流でしたが、エリサルドは局面局面での選手の判断を大事にしていました。
ただ、エリサルドの要求を実現するのは、セットプレーが安定していないと難しかった。逆に言うと、フランスのラグビーは、フォワードはセットプレーで必ず互角以上に戦う、ということを前提に考えられているのだと思います。その感覚は、エディー・ジョーンズの時代になってからスクラムコーチについたマルク・ダルマゾのコーチングにも共通していたと思います」

――大野さんはフランスでの合宿や試合もたくさん経験していますね。
「エリサルドの時代は、日本代表も何度かフランスで合宿させてもらいましたが、スポーツ施設はどこも充実していましたね。選手の才能だけでなく、国を挙げて、スポーツを支える文化が素晴らしいんだなと感じました。
2007年のワールドカップで、フランス各地のスタジアムを訪れましたが、どの会場もグラウンドと客席が近くて、お客さんの反応が直に感じられるのが嬉しかったですね。それに、フランスには優秀な選手が多いから、お客さんの目も肥えている。そして、アウェー感がすごいです(笑)。日本のプレーにはブーイングを浴びせてくる。だけど、いいプレーに対しては湧いてくれたりもする。要は、ホーム&アウェーのゲームをしっかり盛り上げるという文化が根付いているんだと思います。アウェーのチームにはしっかりプレッシャーをかけていく。自分もそういうのは嫌いじゃないんで、楽しかったですよ(笑)。ホーム&アウェーの感覚はスーパーラグビーよりも強いかもしれません。スーパーラグビーでアウェー感が強かったのは、南アフリカ、特にキングズ戦かな。あの試合は、キングズ側も『サンウルブズだけにはゼッタイに勝たなければ』とピリピリしていましたからね」

――そのラグビーフランスリーグTOP14に五郎丸選手がチャレンジしています。
「フランスリーグというだけでなく、RCトゥーロンですからね。世界中のスター選手が集まるチームに、日本人選手が加わる。言い換えると、日本人からRCトゥーロンでプレーできる選手が出てきたということですから、本当にすごいし、日本代表のチームメイトだった自分達にとっても、日本ラグビーにとっても、嬉しいことです」

――五郎丸選手には、どんなプレーで活躍してほしいですか。
「ゴローの一番の持ち味はキックですが、ヨーロッパのラグビーはキックが多いので、活躍するチャンスも多いと思う。あとは、ゴローの良さは常に冷静なところ、ゲーム全体を見渡してポジショニングしていくのが上手です。だから、ワールドカップのスコットランド戦のように、ギリギリのタックルでチームのピンチを救うような、そんな場面を見てみたいですね。しっかり応援したいと思います」

――大野さんは38歳、日本代表でも史上最多の98キャップを重ねてきました。大野さんにとって、ラグビーの魅力、長くプレーできている秘訣を教えてください。
「やはり、常にレベルの高いライバルたちとポジション争いで競り合ってこられたのが、長く続けていられる要因だと思います。東芝ブレイブルーパスでは梶川喬介、小瀧尚弘、中田英里といった若い選手たちと、サンウルブズでは真壁伸弥、リアキ・モリ、宇佐美和彦といった選手とロックのポジションを競り合っている。日本代表では、長い間トンプソン ルークや伊藤鐘史と争ってきました。優秀な選手たちと高いレベルで競り合い、互いに切磋琢磨することで、自分のモチベーションも高まるし、自分の能力も伸びていく。もちろん争うだけでなく、チームの勝利という同じ目標に向かって苦労を分かち合い、同じ喜びを分かち合うこともできる。そういうひとつひとつの要素がすべて、自分のモチベーションを支えてくれています」

――たくさんの経験を積んできた大野選手ですが、対戦相手との交流もあるのですか。
「そうですね、ジャパンの場合はパシフィック・ネーションズカップで毎年フィジーやサモア、トンガと対戦してきましたが、そういう国からトップリーグにきた選手たちとは、試合の後とかに喋りますね。自分が出ていないときは「ケガでもしてるのか」と心配してくれたり、対戦を楽しみにしていてくれたんだなと感じます。サンウルブズでレッズと試合したときは、前に福岡サニックスブルースにいた元オールブラックスのブラッド・ソーンが嬉しそうに話しかけてくれた。対戦相手の選手ともそういう繋がりができることも、ラグビーの魅力だと思います」

――大野さんには、日本ラグビー界初の100キャップという期待もかかっています。
「色々な方に声をかけられるし、期待していただいているのは理解していますが、まず目の前のトップリーグ、1試合1試合に全力を注いで、その結果が認められたときに初めて日本代表があるわけですから。これまでも、先を見ることなく1試合1試合、1シーズンずつ、自分のできることを出し切ってきた積み重ねでここまで来られたわけで、それはこれからも変わりません。まず目の前の試合に全力を尽くして、その先に日本代表で世界にチャレンジする機会がまた巡ってくれば嬉しいし、そのときはそこで全力を尽くそうと思っています」

大野均(おおの・ひとし)
1978年5月6日、福島県郡山市生まれ。清陵情報高校までは野球部。郡山市の日大工学部ラグビー部でラグビーを始め、東北大学リーグで活躍。全国的にはまったく無名だったが、福島県のラグビー関係者に筑波大OBがいたことから紹介された東芝府中(現・東芝ブレイブルーパス)に進み、大柄な体と俊足、頑健なプレーを反復するハードワーカーとしての才能が開花。東芝ブレイブルーパスの2004年度からのトップリーグ3連覇、2008年度からの2連覇という黄金時代を支えた。日本代表では2004年の韓国戦で初キャップ。2007、2011、2015年のワールドカップを含め通算キャップ98は日本歴代最多。トップリーグでは9月2日のNEC戦で、史上初のリーグ戦150試合出場を達成した。192センチ105キロ。

■詳しくは、WOWOWラグビーオフィシャルサイトをチェック!
http://wowow.bs/rugby

最終更新:10/1(土) 9:11

ラグビーリパブリック(ラグビーマガジン)

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

E.T.は(多分)いる -- 心して待て
SETIの研究者であるセス・ショスタックは24年以内に地球外生命体を発見できると賭けを申し出ます。そうでなければコーヒーを一杯おごると。何故、発見できるのか。そして、はるかに進んだ社会を発見することによって人類はどう影響を受けるのかについて語ります。