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野村香さん行方不明25年、帰りを待ち続ける両親 横浜

カナロコ by 神奈川新聞 10/1(土) 19:03配信

 1991年秋、横浜市旭区で市立本宿小学校3年の野村香さん=当時(8)=が行方不明になってから、10月1日で25年となった。いまだ解決の手掛かりがなく、時間ばかりが経過していく。「帰って来るのか来ないのか、来られるのか来られないのか。分からないけど、帰ってきたら本人に(真相を聞いて)解決してもらうしかない」。父節二さん(68)はこう言い聞かせ、娘の帰りを待ち続けている。

 時の移ろいが、難事件の解決を一層難しくしている。

 小学校の教職員や保護者らでつくる「香ちゃんをさがす会」は、15年前に解散。地域で事件の記憶は薄れつつある。遺留品や物証がないため、科学捜査の進歩にも期待はできない。

 変わらないのは、両親と姉妹4人で過ごした一戸建ての家。10年ほど前に外壁を塗装しただけで、室内は古びたもののあのころと同じだ。

 「回りは変わっちゃったけど。(リフォームを)やる気にはならなくて。ガタガタして、まいってんだけど…。地震がきたら壊れてしまうかなと思うんだけど、当時のままで」

 節二さんが、1階居間を見回しながら言う。壁際には香さん愛用の電子オルガンが置いてある。
               ◇
 あの日、雨が強く降っていた。香さんは、近所の書道教室に向かうため外出して行方不明になった。

 「雨でにおいがかき消され、警察犬でも駄目だった。悪い条件が重なった」と節二さん。解決の糸口すらつかめず、「何も分からない」「動きようがない」。ただ、あらゆる可能性が考えられるからこそ、再会や解決への望みを持ち続けることができる。

 一家3人が拉致され6年後に遺体で見つかった坂本弁護士一家殺害事件、9歳の女児が9年間監禁された後に救出された新潟少女監禁事件…。衝撃的な事件が起きるたび、「ひょっとしたら同じようなことが」という思いが胸をよぎる。そうやって、25年という長い時間を過ごしてきた。

 今、両親が願うのは、新しい情報の提供。そして、同様の事件の再発防止だ。

 「引っ越してきたばかりで、この地区のことが分からなくて油断していた。反面教師で注意してもらって、同様の事故が起きないことを願うしかない」

 もう一つ。母の郁子さん(63)は「携わった人の良心」と、静かに言った。あの日、間違いなく誰かが、香さんの前に立ちはだかったはずだからだ。

 一体誰が、何の目的で、今どこに-。答えの出ない問いを繰り返した四半世紀。両親は、これからも問い続ける。

◆野村香さん行方不明事件
 1991年10月1日午後3時50分ごろ、横浜市旭区本宿町の自宅玄関の鍵を掛け、1人で外出して行方不明になった。約540メートル離れた厚木街道沿いの書道教室(同区四季美台)に向かう途中だった。香さんはショートヘアーで、白のヨットパーカに紺色のジーンズスカート、ピンクの長靴姿。薄茶に青と白のチェック柄の傘と、書道道具が入ったキティちゃんの赤い手提げかばんを持っていた。県警は旭署に特別捜査本部を設置。今年8月末までに延べ9万3756人の捜査員を動員し、延べ9万168人に聞き込みを続けたが、有力な目撃情報や遺留品は見つかっていない。情報提供は、旭署特別捜査本部電話045(361)0110。

最終更新:10/1(土) 19:03

カナロコ by 神奈川新聞