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セウォル号特調委の最後の日…「真相究明終わるまで終了ではない」

ハンギョレ新聞 10/1(土) 14:57配信

政府と与党の妨害・攻撃でつづられる1年9カ月 成果と限界、同時に残す 「どこでも続ける…真実が明らかになってはじめて私たちの活動も終わる」

 セウォル号事故から900日目を翌日に控え、政府が主張する「4・16セウォル号惨事特別調査委員会」(特調委)の活動期間が終わった。特調委のイ・ソクテ委員長と常任委員らは30日、午前に会議を行い、午後からは国会とソウル市、安山(アンサン)市に調査関連資料の写し約6千件を外付けハードディスクに保存し移管することで、公式な活動を終えた。職員たちは三々五々集まり、慰労と激励の言葉を取り交わし、個人の荷物を整理した。午後にはイ委員長をはじめとする職員約20人が大会議室に集まり、スマートフォンで簡単に記念撮影をした。

惨事後から発足まで…法と施行令は別々
 セウォル号事故以降、約650万人が署名した特別法制定の請願が2014年7月15日に国会に提出された。与野党の交渉の末、2014年11月7日「4・16セウォル号惨事真相究明および安全社会建設等のための特別法」が制定され、特調委設立の法的根拠が設けられた。遺族と市民社会は、捜査権と起訴権を要求したが、特調委が特別検事を国会に要請できるようにすることで権限が縮小された。

 昨年1月1日の特別法施行直後の1月16日、セヌリ党のキム・ジェウォン院内首席副代表が、まだ活動も始めていない特調委を「税金泥棒」と非難した。5日後にはセヌリ党推薦委員だったチョ・デファン副委員長が「設立準備団の解体」を主張し、海洋水産部の派遣公務員を撤退させたこともあった。

 3月27日、海洋水産部が特別法施行令を予告し、また新たな対立が始まった。組織構成と調査範囲を縮小し、調査の主要なポストに政府が派遣した公務員を任命しようとする政府に対し、特調委と市民社会が撤回を要求し、施行令は5月11日にようやく施行された。この過程で、イ委員長が施行令の撤回を求める座り込みを行った。

 事業予算は特調委が要請した規模のわずか52%で編成された。特に、真相調査関連予算は9%しか配分されなかった。特調委の中心的なポジションである真相調査局長は、真相調査を担当する最高位の実務責任者だ。しかし、大統領府は最後まで真相調査局長を任命しなかった。市民社会の要請よりも権限と物的基盤がはるかに縮小された状態で、昨年8月4日に特調委は本格的な活動を開始した。

発足当時から今日まで…妨害と陰湿な攻撃、内部揺さぶり
 特調委の発足以降もセヌリ党と保守メディア、保守団体らは「金の宴会」「放漫運営」など、あらゆる攻撃的な主張で特調委の活動を妨害した。施行令には政府が派遣する公務員の定員が48人となっているが、政府は全部で9人のみを派遣した。セヌリ党が推薦したチョ・デファン副委員長は特調委の活動が本格的に始まる前の昨年7月23日に辞任した。その年の11月、特調委が事件当時の大統領府の業務状況を調査しようとすると、セヌリ党推薦の委員2人も辞退した。セヌリ党は「特調委の解体」を主張した。セヌリ党側のこのような行為は、この直前にあるメディアに公開された海洋水産部のマニュアル文書「セウォル号特調委に関連する懸案の対応策」に出てくる内容と驚くほど一致していた。他のセヌリ党推薦委員2人は総選挙に出馬するために辞任するなど、発足以降は特調委内部への揺さぶりが続いた。

 施行令の制定が遅れ、特調委の活動期間の問題が早くも浮上した。与野党は昨年5月末、セウォル号特別法の施行日と特調委委員らの任期、委員会の活動期間の不一致部分を整備し、特調委活動期間を保障する特別法改定案を処理することを決めたが、セヌリ党のユ・スンミン院内代表の離党をめぐる波紋で破棄となった。また、(与野党は)9月初めにも11月の本会議で処理することに合意したが、うやむやになった。2016年の特調委の予算も、6月分まで処理された。

 政府は調査活動終了の時期を2016年6月30日に決め、その後3ヵ月間は総合報告書と白書の発行期間とした。7月以降特調委の職員たちは、給与を全くもらえないまま働いた(派遣公務員は除外)。また、派遣公務員らの一部が復帰し、特別職のなかでも生計のため辞める人が出てき、職員数も減った。7月27日からはイ委員長をはじめに常任委員と職員たちがソウル光化門(クァンファムン)広場で、無期限リレーハンスト座り込みを続けてきた。しかし、朴槿恵(パク・クネ)大統領とセヌリ党はびくともしなかった。26日、海洋水産部は特調委に対して30日に活動期間が終了することを初めて公式に通知した。

何を明らかしたのか…劣悪な条件のなかで挙げた成果
 特調委は昨年9月14日、調査申請を受け始めてから本格的な調査活動に入った。活動期間中は昨年12月、今年3月と9月に3回の聴聞会を実施した。3回目の聴聞会は委員たちが私費を投じて費用を負担した。事故現場調査と被害者たちからの申請を受け、海洋警察指揮部などを調査したこともあった。特調委はセウォル号の積載貨物2215トンのうち1228トンが過積載であり、410トンの積載鉄筋の一部が済州(チェジュ)海軍基地建設に使う予定だったという事実を突き止めた。また、検警合同捜査本部の事故原因の捜査が不十分だったという事実も明らかにした。権力機関がセウォル号事故の報道に圧力を行使した事実や、ソーシャルネットワーク(SNS)でやり取りされたセウォル号被害者を侮辱する活動が、かつて国家機関のインターネット書き込みねつ造のパターンと類似しているという事実も確認した。しかし、満足のいく成果は出せなかった。当初、捜査権と起訴権がない状態で(活動を)開始したためだという理由も少なからずある。しかし、事故と関連のある政府部処や機関の非協力と調査妨害がより深刻だった。海洋警察と海軍、検察は資料の提出だけでなく、出席や実地調査も拒否した。例えば、海洋警察123艇に対する調査のために調査対象者を召喚したところ、「訪問調査をしろ」とし、調査に応じないようなことが続いた。

 このような限界のため、特調委は特別法によって2月と6月の2回、国会に特別検事任命を要請した。事件当時、救助活動をまともにできていなかった海洋警察関係者3人を調査するためだった。しかし2回ともセヌリ党の反対により、特別検事の任命は行われなかった。

 特調委は、今があらゆる調査の妨害や権限の限界の中で調査を行い、惨事の真実を明らかにしている過程であることを強調する。今ようやく調査活動が軌道に乗り始めたという。

真相究明されたとき、活動も終了する
 政府が主張する活動終了日の直後は偶然にも三連休だ。特調委は連休が終わる今月4日午前10時、ソウル中区苧洞(チョドン)事務室で全員委員会を開催し、対応策を協議する予定だ。職員たちも正常出勤することにした。具体的な対応策は、その間に政府がどんな処置するかによって変わる可能性がある。

 まず、事務室への出入りが可能かどうかも問題である。特調委の事務室は指紋認識で出入り口を開錠することができる。政府側が特調委の職員らの指紋データを削除すれば、出入り自体が封鎖される。電算網(インターネットとイントラネット)を切られれば、調査と関連した業務が不可能になる。特調委の関係者は「出勤より重要なのは何ができるのかだ」と話した。政府は26日に活動終了を通知してから、特調委と何のコミュニケーションも取らないまま、29日に派遣務員を通じて公務員証の返却を要求した。

 10月から特調委という組織体系を維持したまま活動を続けていくのは容易ではない。しかし、特調委の関係者は「30日まで残っている特別職40人あまりのうちほとんどが、民間人の身分になってもいかなる形であれ真相調査活動を続けるという意志を持っている」と伝えた。特調委の活動期間に、特調委外部でも民間中心の真相調査活動は複数の部門で続けられた。真相調査の過程で蓄積された特調委の職員たちの経験とノウハウが結合すれば、新しい活力が生まれるだろう。特調委がソウル市と安山市、国会に移管した膨大な資料がどのように利用されるのかも注目される。

 「私たちは第2期特調委の発足への期待を諦めていない。1期の成果を踏まえて、試行錯誤を最小限にすれば、2期特調委ははるかに多くのことができるはずだ。真実が明らかになってはじめて私たちの活動も終わる」。特調委の関係者は30日午後6時、このような意味深長な言葉とともに事務室を後にした。「4日に会いましょう」という言葉を残して。

アン・ヨンチュン記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

最終更新:10/4(火) 12:09

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