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沖縄から貧困がなくならない本当の理由(6)貧困の本質

沖縄タイムス 10/1(土) 12:30配信

■絶好調の沖縄経済
 2012年以降沖縄県経済は絶好調である。日銀が四半期ごとに発表する「短観」によると、沖縄県内企業経営者の「景気が良い」と感じる比率は、全国平均に対して大きく上回り続けている。過去5年間の沖縄は、日本で最も景気の良い地方であると言って差し支えないと思う。

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 2013年、2015年に那覇新都心に竣工した沖縄最大の高層ツインマンション「リュークスタワー」は、合計600戸を超える大型開発だ。その開発担当者が私に語ってくれたことがある。「いま、日本全国で600戸級の分譲開発が可能な市場は、東京、大阪、そして那覇くらいしかない。名古屋や福岡でも難しいかも知れない」。ちょっと大げさに言えば、2012年以降の那覇は東京、大阪に次ぐ第3の経済圏というくらいの勢いがある。

 このことは経済統計が裏付けている。2011年から現在まで、小売、建設、観光をはじめ、沖縄県内の幅広い業種で売上が上昇し、県内企業の経常利益は実に50%も増えている。好調な企業収益を受けて、同期間県内の完全失業率は激減し、1万5千人以上の新たな雇用が生まれている。さらには、雇用者所得も高水準の成長を続け、増加した所得がさらなる消費を促すという好循環が生じている(日銀那覇支店)。

 過去5年間の沖縄経済は絶好調そのものだ。企業の売上が増え、利益が増え、雇用が増え、労働者の所得が増え、消費が増え、全国最高水準の経済成長が続く。・・・不可解なことは、それにもかかわらず、同じ期間、沖縄の貧困問題は悪化の一途をたどっているということだ。世界中の事例を見ても、経済成長は貧困解消の切り札であるはずなのに、沖縄社会にいったい何が起こっているのだろう? 
 このことを考えるために、この好景気がなぜ生じているか、その要因を見つめる必要がある。

■好景気の要因
 私が米国の金融街で働いていたとき、やり手のバンカーたちはよく、「組織の記憶は6年だ」とうそぶいていた。どれだけの大惨事があっても、ひどいスキャンダルが生じても、6年経過すれば誰も覚えていない、という意味だ。今から約6年前の2009年度、私は沖縄県行政改革懇話会の専門委員を務めたことがあるのだが、この時の最大のテーマは「仕分け」、つまり行政運営の大幅なコストカットであった。当時の県財政は非常事態といって良い状態で、このままでは県が破綻するのではないかと心配されていたほどだ。リーマンショックのあおりを受けて、沖縄の観光業も大打撃を受け、沖縄観光はこのまま沈んでしまうのではないかという雰囲気すら存在した。それに追い打ちをかけるように、2011年3月東日本大震災が発生し、全国的に自粛ムードが広がる。

 わずか6~7年前にはどん底状態だった沖縄経済だが、現在はまるで別世界にいるようだ。今回の好景気はそれほど急にやってきた感がある。いったい何がこれだけの急激な変化をもたらしたのか。私が見る限り、少なくとも3つの要因がある。

 第一の要因はアベノミクスによる激しい円安効果である。2012年12月に第二次安倍内閣が成立し、その目玉の経済政策として採用された大幅な金融緩和政策が、通貨の発行量を激増させて円安を誘導。2013年に日銀総裁に就任した黒田東彦氏もこの政策を強力に後押しした。2011年に1ドル70円台まで進んだ円高が反転して、2015年には120円台まで急激な円安が進んだ。結果として東アジアからのインバウンド観光客が激増して、宿泊者に占める外国人比率が15ポイント以上増えるなど、今や沖縄の観光収入は空前とも言える成長率だ。2011年に4000億円だった観光収入は、2015年には6000億円を超えた。わずか4年間で50%の増加である。これだけ短期間でこれだけの規模の観光収入が改善した事例は、世界的にも稀なのではないだろうか。

 第二の要因として、この効果を後押ししたのが、民主党政権時の2011年7月に沖縄振興の一環として導入された「沖縄数次ビザ」である。これは、中国人の個人観光客に対して、沖縄に1泊することを条件に、3年間有効のビザを発行するもの。導入された2011年に約9千件だった発給件数が、2015年には6万件を超え、6.7倍と大幅に増加した。この施策は明らかに沖縄振興を意図としているが、経済的には、日本の税金を使わずに、中国人観光客の負担で沖縄を活性化するという意味だ。日本の政治的な都合によって、中国のお客様の旅行日程に、沖縄を無理やり組み入れてもらうことになる。結果として楽しい旅行になる方々も多いのかもしれない。しかし、ここには「お客様の立場で考える」、という視点が欠如しているように感じられるのは私だけだろうか。守礼の邦沖縄の、もてなしの心を大切にすべき観光業において、このような考え方が本当に沖縄のためになるのか、私は個人的に心配している。

 第三の要因は、2012年度から大幅に増額された沖縄振興予算(つまり補助金)だ。この年、10年間の時限法である「沖縄振興特別措置法」が当然のように延長されただけでなく、前年度2317億円だった予算が実に1000億円近く増額されて3302億円になった。そのうち1575億円が使途の自由度を高めた前例のない「一括交付金」である。さらに翌2013年12月、当時の仲井真弘多沖縄県知事と安倍首相の会談で、2021年までの8年間、毎年3000億円台の予算を確保することが約束された。異例ずくめである。

 余談だが、この会談の後の記者会見で仲井真知事は、「これで良い正月が迎えられる」と発言して県民から大いに反感を買い、次の知事選挙で敗退する原因を作ってしまった。しかし、仲井真知事をして思わずこの一言を言わしめるほどの、「有史以来の予算」を沖縄県が勝ち取った瞬間でもあった。これら一連の措置は、米軍普天間飛行場を名護市辺野古に移設しようと企図する政府が、2014年末の県知事選挙を睨んで移設容認派の仲井真知事に援護射撃を送ったと見るのが妥当だろう。

 つまり、過去5年間の沖縄経済の好景気は、ほとんど政治的に生み出されたものなのだ。この期間、米軍普天間基地の辺野古への移設計画がなければ、沖縄関連予算やその他の制度的な優遇措置が講じられることもなく、沖縄が他の地方都市と比べてこれほどの好景気に恵まれることもなかったであろう。逆に、日本の地方都市の中で、なぜ沖縄だけが突出して好景気であるのかが、このことで説明できると思う。

■貧困の謎

 重要な事実は、この景気が沖縄県民の実力によって生み出されたものではないということなのだ。これほどの好景気が続きながら、貧困が改善どころか悪化し続けている理由はここにある。

 失業率が減り、多くの雇用が生まれ、全体として所得が増えているにも関わらず、貧困が進んでいる。この一見矛盾した現象が示唆していることは、(1)経済成長によって沖縄県内の所得格差が一層拡大していること、そして、(2)好景気によって多くの雇用が生まれているにも関わらず、その大半が貧困水準以下の低賃金である―と推測されることだ。

 過去5年間の沖縄経済に起こっていることは、こういうことではないだろうか。好景気によって激増した仕事をこなすために、企業は人を大量に雇用し、人件費の総額(労働所得)は増加しているのだが、その多くは非正規雇用で、1人当たりの人件費は貧困水準に留まっている。

 企業にお金がないかといえば、そういうことではないだろう。県外からの参入障壁が高く、独占的な地位を確保している沖縄企業の利益は、好景気によってさらに増加している。「新しいことができない」「イノベーションを生み出せない」沖縄社会で、そのお金を投資に向ける企業が少ないために、企業内部にお金が蓄積されているのだ。

 企業にどれだけお金があっても、経営者は周囲から浮き上がることを恐れて、従業員一人当たりの配分を増やそうとはしない。従業員も人間関係への配慮から、スキルを高めて自分の付加価値を高めたり、成果を追求してより多くの報酬を求めたり、「正当」な報酬のための賃上げを要求したりすることはない(※注1)。沖縄社会に根深く存在する、「自分だけが目立ってはいけない」という人間関係への繊細な配慮が、好景気にもかかわらず、貧困を悪化させる重大な要因となっているのではないか。沖縄が貧困のワナから抜け出ることができない最大の要因は、「自分が社会から浮き出てしまって居場所がなくなってしまう」「他人から嫌われて社会的に存続できなくなってしまう」という、経営者と労働者双方の恐れに起因しているということだ。このように解釈すると、好景気の中で貧困が進行するという一見不可解な現象が説明できると思う。

 逆に、この状況を打開するためには、経営者が勇気を奮って新しい事業に挑戦し、業界の序列を変えることを恐れずに従業員に手厚く報い、従業員は勇気を持って成果を上げる努力をする必要がある。沖縄社会の最大の問題は、この勇気が挫かれてしまっていることだ。

 貧困に関する重大な真実がここにある。つまり表面上、貧困は経済問題であり、所得を増やすことで解決するように見えるのだが、あるいは、援助によってお金を渡すことで解消するように考えられがちなのだが、実はその本質はお金とは無関係なのだ。貧困は富の欠如によるものではない。勇気の欠如によって生じるのだ。

 貧困の本質が勇気の欠如であるにも関わらず、社会に大量のお金が投下されたらどうなるだろう?  沖縄社会では復帰以降44年間、そして特に過去5年間、この問題に直面しているのだ。

■サーカスの子ゾウ

 サーカスの子ゾウは、鎖で杭につながれ毎日を過ごす。子ゾウは鎖でつながれると、初めは命を懸けて逃げようともがくが、そのうち自由になることを諦める。大人になり、杭を抜く力を持っても、じっと動けないまま。自分にはたいした力がない、と思い込まされてしまったからだ。一度諦めたゾウは、その後どんな大きな体に育っても、力を発揮する意志を失うという。

 日本の地方都市の中でも最も潜在力の高い沖縄だが、自分たちに多様な選択肢が存在するはと考えないし、考えることも辛い。やがて自分が生きている貧困世界が、「当たり前」な場所だと思い込むようになり、その世界をできるだけ揺さぶらないよう、現状維持を強く望むようになる。心理的な「痛み止め効果」だ。そのような社会で育った大人たちは、自分の子どもに対して、まったく悪意なく、愛情を持って、「現状維持的」な人生を勧め、若者たちの勇気をくじいてしまう。貧困が世代を超えて連鎖するのはこのためだ。

 貧困は心と繋がっている。同調圧力によって自由を奪われ、本当は出来たはずのたくさんの素晴らしいことが、自分の人生から滑り落ちている、という苦しみが大きいほど、広い世界から目を伏せようとするし、自分たちに世界の現実を突きつける人がいれば、侮辱されたと感じて怒りが湧いてくる。貧困問題は経済の深層に存在する心の問題である。心を再生するということは、神経に突き刺さっている「杭」を抜きに行かなければならないということ。これが沖縄社会再生の難しさなのだ。

■水槽の中の金魚

 沖縄が自分の力で貧困から抜け出し、豊かな社会を取り戻すプロセスの第1段階は、私たちが囚われているものの存在に気がつくということである。

 生まれたときから水槽の中で暮らしている金魚は、水の存在に気がつかない。これと同じように、沖縄社会の「空気」の存在を言葉で説明できるウチナーンチュはほとんど存在しない。生まれたときからこの社会で生きるウチナーンチュにとっては、あまりに当たり前のことだからだ。

 しかしながら、この「空気」が沖縄社会の貧困の原因(の一端)であるならば、まずは、その存在を認識しなければならない。私たちが囚われている沖縄社会の圧力の構造に気づくこと。これが沖縄の貧困を解消するための第一歩である。

 実は、好むと好まざるとに関わらず、ウチナーンチュはもうそこへ一歩踏み込んでいる。「沖縄から貧困がなくならない本当の理由(4)変化」で述べた通り、2010年以降のSNS革命によって、あるいは3・11以降の本土からの移住者の急増によって、ウチナーンチュは沖縄という水槽以外にも多様な社会や価値観が存在するという事実を認識しはじめている。この変化は不可逆的なものだ。(※注2)

■補助金で社会は再生しない

 この第一歩は、不可避的に第二歩目へと繋がっていく。すなわち、私たちが捉われているものに向き合い、それを手放すということだ。現状維持の習慣を手放し、一人一人の個性と多様性を受け入れ、恐れを乗り越えて前に進むためには、多大な勇気が必要になる。

 そんなときは夢を持つことが大きな助けになる。どんなに現状が最悪に見えても、この先どんなに辛い仕事が待っていても、将来にどれだけ不安を感じても、心が震えるようなビジョンが存在すれば、人は試練を乗り越えられるからだ。沖縄の貧困は日本で最悪の状態だが、現状そのものを大幅に改善できなくても、人々が明るく、幸福を感じるようになることは、意外なくらい容易なのだ。状況がすぐには改善しなくても、「この方向に行けば、きっと社会が良くなる」という手応えが伝われば、人の心に火が灯る。その瞬間から県民の生活に活力が生まれ、働くことの意味が明確になり、人は失敗を恐れずに創造的になり、社会の生産性が回復する。その一連の変化が、結果として貧困を縮小させていく。私が、「貧困問題は心の問題だ」と表現したのは、こういう意味だ。

 そして、補助金による「人為的な」経済成長は、このプロセスの正反対なのだ。人は環境の悪さに落胆するのではない、ビジョンが見出せないときに情熱を失う。物質的に裕福であっても、働く意義や生きる目的が感じられなければ、幸福に生きることは難しい。貧困対策に限らず、豊かな社会を実現するためには、お金と政治と行政を総動員して、環境や経済や社会制度やインフラをどれだけ改善しても、それだけではうまくいかないのだ。これが、沖縄に大量の補助金が投下され、数々の税制減免措置や制度的な優遇措置がなされてきたにもかかわらず(あるいは、それだからこそ)、そして、過去5年間空前の好景気に恵まれていても、沖縄の貧困が悪化し続けていることの本質的な理由である。

 沖縄が貧困から抜け出すためには、多くの人の心に届くようなビジョンがどうしても必要なのだ。それは、基地反対でも、基地賛成でも、経済成長でも、待機児童の解消でも、1000万人の観光客でも、まして「沖縄21世紀ビジョン」でもないはずだ。ウチナーンチュは、沖縄社会を前に進めるため、心が震えるようなビジョンを、自らの手で創り上げることができるだろうか? (続く)

(※注1)「沖縄から貧困がなくならない本当の理由(3)低所得の構造」参照。
(※注2)これまでの沖縄社会では、「水槽の中」の議論が大半を占めていた。沖縄社会が認める一定の価値観にそぐわない言論にかかる有形無形の圧力が存在しているし、沖縄社会の緊密な人間関係に配慮する必要から、本当は言うべきことも言えないという事情もある。一方で、県外から沖縄を捉える論点も、沖縄社会の現実をしっかり見つめる視点とは言いきれない。政治的な枠組みの押し付けだったり、基地問題ばかりが過剰に強調されて語られたり、本土的価値観から見た沖縄批判だったり、また沖縄の「痛み」に対して過剰に迎合的な平和論だったりする。

 沖縄社会には、一般に知られている以上に、遥かに多様な価値観が存在する。その事実を明らかにすることは、沖縄の潜在力に光をあてることになる。政治活動的意図や同調圧力やステレオタイプ的価値観から自由な、いわば「水槽の外」の視点で沖縄社会を見つめ直すオキナワ発の新言論が、私のイメージする「オキナワ・ニューメディア」である。主としてSNSで拡散するため、情報の伝達が民主的でオープンだ。沖縄タイムスウェブ版のタイムス×クロスやポリタスなどのサイトは、そのような機能を果たし始めている。

樋口 耕太郎

最終更新:10/4(火) 13:45

沖縄タイムス