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J1大宮・塚本さん号泣…自転車1200キロ走破 闘病の選手に勇気

埼玉新聞 10/2(日) 10:31配信

 難病の右大腿(だいたい)骨骨肉腫から復帰したJ1大宮のクラブアンバサダーで元選手の塚本泰史さん(31)=浦和東高出=が、自転車で挑んだ埼玉県さいたま市から佐賀県小城市までの約1200キロ走破に成功した。兄・浩史さん(34)が伴走に付き、9月4日から11日までの8日間で完走し、見事にゴールテープを切った。塚本さんは周囲の支えに「感謝の気持ちでいっぱい。自分の挑戦が誰かの力になる。これからも勇気を届けたい」と胸を熱くした。

 塚本さんは同じ病気などと闘う人々に「パワーを届けたい。やるからにはインパクトがあって、きついチャレンジがしたい」と自ら挑戦を決めた。これまで東京マラソンの完走、富士山登頂、仙台へ約350キロの自転車走破、トライアスロン大会出場を成功させてきた。それでも1日約150キロ走るのは「今までで一番過酷」と覚悟して臨んだ。

 4日にさいたま市のNACK5スタジアム大宮をスタート。ゴールの佐賀県小城市は2001年に14歳で骨肉腫で亡くなった梅崎太助さんの出身地だ。梅崎さんをきっかけにできた「三・九(サンキュー)カップサッカー大会」が11日に行われるため、そこを目指した。

 企画書から作り、行程表も全て自分で考えた。各日、午前6時に出発し、午後7時に宿泊地に着くように計算。20~30キロごとに休憩を挟んだが、休めるのはほんの5~10分程度。坂道などがあるとペースが落ち、予定通りにいかないときも。「たどり着けるのかな」と不安に駆られたこともある。「その日が終わって道を覚えてないほど」必死に走り続けた。

 浩史さんとクラブスタッフの福嶋俊樹さん(33)が全日帯同してくれた。福嶋さんは元大宮のチームマネジャー。先回りして水や氷を用意してくれたり、宿では塚本さんにマッサージを施した。このほか2人ずつのスタッフが入れ替わりながら同行して塚本さんをサポートした。「クラブがあるから自分はこうしていられるんだ」と感謝の気持ちを新たにした。

 道中では、がんで闘病するフットサル湘南の久光重貴選手(35)、がんを克服してプレーする同神戸の鈴村拓也選手(37)と面会。骨肉腫を患う名古屋の女性や塚本さんと同じ人工関節を入れた広島の男性とも会った。大宮サポーターだけでなく、他チームのサポーターも応援に駆け付けた。大宮からJ2北九州に期限付き移籍中の福田俊介選手(30)の激励に訪れた。

 ゴール地点には、たくさんの子どもたちらが待っていた。「自分で決めたこと。愚痴とかはこぼさない」と頑張ってきた塚本さんは温かい出迎えに感極まって号泣した。「もう一回、ピッチに立つために本気で努力してきたのかな。もっとやれることがあったんじゃないか」と自問自答する。今回の挑戦は、まだ諦めていない目標に向かって歩み続けるための大きな力になった。

最終更新:10/2(日) 10:31

埼玉新聞

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