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日本の画壇を魅了した柳根澤の不穏な風景画

ハンギョレ新聞 10/2(日) 9:20配信

日本の名門多摩美術大美術館で、24日大規模な招待展開幕 「伝統文人画の品格と現代美術の実験が調和した」 日本画壇の巨匠、峯村館長「彼の作品は私の存在の一部」と絶賛

 「日本美術界では現れない絵です。何かが絶えず躍動していて目が離せません」

 日本画壇の画家、評論家らは、中堅の韓国画家である柳根澤(ユ・グンテク)氏(51)の不穏な風景画と人物画を一つひとつ子細に眺め、驚きを隠そうとしなかった。部屋に巨大な象がうろつき、森に幽霊のような人間の跡がさすらい、炎のような木々が天井のいたるところに蠢く風景画の挑発的な面貌が、伝統の墨筆のタッチを乱さず繰り広げられている点が不思議なようだった。伝統の文人画の荒い線描をもとに、空気感を表出するぼかし(ブリード)技法を自由自在に活用し、日常の時間と空間に対する想像力を解き放った21世紀の韓国画の珍景の前で、彼らは席を離れようとしなかった。東京芸術大学で東洋画や美術品の保存・修復技法を講義してきた美術家の荒井経氏は「絵の本質に絶えず挑戦する姿勢が感じられた。そのような態度が多くの日本の現代画家に影響を与えると確信する」と感想を明らかにした。

 24日昼、東京都西部の多摩市にある多摩美術大学美術館2、3階で、現在韓国画壇の代表画家とされる柳氏の大規模招待展が、峯村敏明館長をはじめとする日本画壇の関係者らが出席したなかで幕を開けた。「召喚される絵画の全量」という展示名で開かれた今回の招待展は、1990年代から今まで伝統絵画の継承と時代、日常のリアリティの再現という話題を掲げ問題作を量産してきた画家の約20年の画力を見せる。文人画の構図と技法、材料の実験、そして90年代以降の韓国社会の日常風景の変化を追跡した60点あまりの旧作、新作で、彼の作業全般をくまなく見ることのできる回顧展だ。

 韓国の少壮画家の回顧展を日本の名門美術大学が全費用を負担して招待したという点が、まず尋常ではない。日本の美術大学は美術史的な評価を問い詰め、逝去した巨匠でも回顧展も行うことは稀だ。多摩美術大学は日帝強制占領期(植民地時代)に、クォン・ジンギュなど、韓国の近代画家が多数留学した帝国美術学校の後身で、クォン・オクヨン、イ・クェデなど韓国の大家の展示が推進されたが大半が取り消され、2012年の彫刻家クォン・ジンギュの回顧展が唯一の先例だった。武蔵野美術大のパク・ヒョングク教授は「今回の回顧展は日本美術界で多摩美術大学が大きな事態を起こしたといわれるくらい、事件として語られている。多摩美術大は柳根澤画家の独創的な作品世界を高く評価し、破格の企画を行った」と話した。

 展示場は二つの領域に区分される。初期の墨汁が飛び散る破墨技法などを使って自画像と亡くなった祖母の晩年の姿を描いた連作は2階の内側に、入口には森を散歩する群像や室内に広がる多くの什器、事物、食器の怪奇なイメージを描いた連作を見ることができる。画家は2000年代半ば以降、日常空間に置かれた人、物、植物が吹き出す、見えないが強力な気と空間の細かな流れに集中しながら、材料と画幅などの実験的な試みが複合されたイメージを描いてきた。3階はこのような流れを物語る部屋や書斎、森の風景などの新作で埋め尽くされている。イ・ウファン画家とともに日本の60年代の「もの派」現代美術運動を主導した理論家である峯村館長は「2000年に韓国国立現代美術館での若手作家展で柳画家の絵を初めて見た後、20年近く彼の展示を欠かさず訪ねて見た。評を書きながら、柳画家は私の存在の一部になってしまった」と絶賛した。彩色画が伝統を作り上げた日本にはほとんどない、体の呼吸と気を重視する文人画の気風と現代美術の実験が共存する画風をさらに一歩進めてきたという点が最も大きな魅力だと語った。

 柳画家は「作品全量の召喚という題と構成が気に入っている。日常の時空間の隙間で、時代相を新たに形象化しようという作家の意図を最も適切に汲み取ってくれた」と満足感を表した。展示は12月4日まで。

東京・多摩市/文・写真 ノ・ヒョンソク記者

最終更新:10/2(日) 9:27

ハンギョレ新聞