ここから本文です

ブラウザといえば「IEとネスケ」だった頃のこと

ITmedia PC USER 10/3(月) 6:10配信

 ネットを閲覧する際にWebブラウザは欠かせない。2016年現在、主要なブラウザはGoogle ChromeとSafariだろうか。PCかスマホかにもよるが、ほとんどの方はこのどちらかを使用しておられると思う。しかし1999年当時は違った。ブラウザといえば「IEかネスケ」だったのだ。そしてホームページ制作者にとって、「ネスケ」というブラウザは悩みの種だった。

 ということで今回は、1999年頃のブラウザに関する話である。

●2つのブラウザで表示が全然違う

・マイクロソフトのInternet Exproler(通称:IE)
・ネットスケープコミュニケーションズのNetscape Navigator(通称:ネスケ)

 当時、この2つがネットを閲覧するために使われていた。ブラウザといえばIEとネスケだった。もっとも、シェアは大きく違った。90%以上の人はIEを使っており、ネスケを使っているのはごく少数の人だった。そして大変だったのは、同じページでもIEとネスケで大きく表示が変わることだった。「ネスケだとデザインが崩れる」というのは、あの頃のページ制作における定番の悩みだったのだ。

 「ネスケでの表示も意識するか? それとも無視するか?」

 みんなこの問いに悩んでいた。だから当時の個人ページには、わざわざ「推奨環境」が書かれていた。多くのページはIEでの閲覧を推奨していた。ネスケでの表示は保証できませんよ、ということだ。私も自分のホームページを作りながら、この「ネスケ問題」に直面することになった。

●ネスケの恐怖

 素人によるページ作りは手探りの作業だ。HTMLやCSSの知識はその都度調べる。だから簡単なページを作るだけで何時間もかかる。コードを少しいじるたびに、IEで表示を確認する。再びコードをいじって細部を調整する。それを何度も繰り返す。大変だが楽しい作業だった。徐々に納得のいくものになっていくからだ。やがてページが完成する。IEで最終確認。できばえに満足する。

 「これでやっと公開できる!」

 そんなふうに興奮しつつも、ふと不安になってネスケで見る。するとガタガタに崩れている。この時の脱力感をいまだに覚えている。細部までこだわったはずが、ブラウザを変えただけで失敗した福笑いのようになる。テキストが重なっている。段組が崩壊している。メールフォームが訳の分からない場所に表示されている。

 「全然公開できないじゃん……」

 PCを見つめながらぼうぜんとする。これがネスケというブラウザの怖ろしさだった。私は絶望しながら、ネスケでもマトモに表示されるページにするべく、再びコードをいじりはじめていた。そうしてまた数時間が吹っ飛んでしまうわけである。

 もっとも、大半の人はIEを使用していたのである。IEできれいに表示されるならば、ひとまず問題はない。趣味のページなんだからそれでいいじゃないか。大企業のページじゃないんだから、無理にネスケに対応する必要はないだろう。

 そう割り切れるならばよかった。しかし素人ページ制作者とは妙にまじめなものだ。とくに私は十代だった。理想に燃える年頃だ。「少数派にも対応したい」と断固として考えていた。

 「数が少ないからといって、簡単に切り捨てて良いものだろうか! あっさりと多数派に合わせてしまうのは、いかがなものだろうか! ネスケユーザーをあっさり無視することに、心は痛まないだろうか!」

 ほとんど政治家の演説である。「新党でも立ち上げるのかな?」と思ってしまうが、あくまでも素人のページ制作の話だ。しかも過去の連載で書いたように、まともなコンテンツは何もない。なのに少数派にも配慮しようとするあたり、ちぐはぐというか、なんというか。

●ドリームキャストというさらなる恐怖

 少数派を切り捨てたくない! 理想に燃える私は、数%のネスケユーザーどころか、1%に満たない「ドリキャスユーザー」のことまで気にしていた。ドリキャスとは「ドリームキャスト」のことである。セガ・サターンの後継機として1998年に発売されたゲーム機だ。プレイステーション 2と同世代といえば分かりやすいだろうか。

 当時としては珍しく、ドリームキャストには「ネット閲覧機能」があった。だから「ドリームキャストでネットを見る」という人が本当に少しだけいたのである。私はアクセス解析で来訪者の使用ブラウザを見ながら、IEとネスケに混じってまれに登場するドリームキャストにおびえていた。自分のページがドリームキャストでどのように表示されるのか、さっぱり分からなかった。確認するにはドリームキャストを買わなければならないのだが、こづかいのすくない高校生には酷な話だ(しかも私はプレステ派だった)。

 「ドリキャスの人々は私のページをちゃんと見ることができているのか……? また福笑いが失敗しているのではないだろうか……? ああ、ドリキャスの人たちよ……!」

 ブラウザ界の少数民族を思い、私は気をもんでいた。どれだけ少数だろうと、ドリキャス民族の人々を切り捨てたくはなかった。ブラウザに関係なく、しっかりと表示されるホームページでありたかったのだ。

 しつこいようだが、私のページにコンテンツは何もない。

●そして私は全てを諦めた

 どこの学校にも1人くらいマイナーなゲーム機を買う子供がいるものだ。ある時、1人の友人がドリームキャストを買った。幸運なことに、それは私がページ制作を打ち明けている数少ない友人の一人だった。私は早速、ドリームキャストでの表示を確認するために友人の家に行った。ゲームのコントローラーでネットを閲覧するという慣れない操作に戸惑いながら、自分のページにアクセスした。読み込み中。つばを飲みこむ。緊張の一瞬だ。そしてページが表示された。

 オチは予想通りのものである。グチャグチャに崩れていた。見るも無残なものだった。またしても福笑いは失敗していた。となりでは友人が爆笑していた。確かに人ごとなら笑えただろう。しかし私は笑えなかった。そして、理想に燃えていた私の頭に、1つの言葉がよぎった。

 「これは見なかったことにしよう」

 理想が現実に敗れた瞬間だった。「俺は何も見ていない、俺は何も見ていない」と頭の中で呪文のように繰り返しながら、友人宅を後にしたことを覚えている。

 その後、時とともにネットは整備されていき、ブラウザごとの表示の違いも減っていった。同時に、ネスケとドリキャスは時のかなたに消えていった。今では、当時のネスケほどにデザインが崩れることはめったにないだろう。あれはほんとうに、素人の手に余る問題だった。

<ライター:上田啓太>
1984年生まれのブロガー。京都在住。15歳のときにネットに出会い、人生の半分以上をネットとともに過ごしてきた男。

最終更新:10/3(月) 6:10

ITmedia PC USER

なぜ今? 首相主導の働き方改革