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なぜ自動運転はタクシー・バスと相性抜群なのか

ITmedia ビジネスオンライン 10/3(月) 6:40配信

 8月25日、シンガポールで世界初の自動運転タクシーが試験サービスを開始した。MIT(マサチューセッツ工科大学)出身の研究者2人によって設立された米国のベンチャー企業nuTonomy(ヌートノミー)が運用しており、同社が開発した専用アプリで呼び出して乗ることができるという。

【BestMileのバス】

 現在はまだ実験段階なので、技術者が同乗して非常時の停止操作などを行う。一部地区での運行に限られ、利用者についてもあらかじめ選ばれた住民に限定しているとのことだが、2年後には正式にサービス化を目指すという。

 もっとも、これが一般人が乗って公道を走れる世界初の自動運転車というわけではない。例えば今年6月にはスイスのシオンという都市の旧市街で、BestMile(ベストマイル)という同国のベンチャー企業が自動運転小型バス「ARMA」を走らせている。

 距離は1.5キロほどだが、一般人を乗せて公道を走る自動運転プロジェクトはこれが世界初だとBestMileは表明している。こちらも現状ではオペレーターが乗務しており、非常時には停止ボタンを押すなどの業務を担当している。

 この2つの自動運転プロジェクトを比較すると、共通点が多いことに気付く。

 まず車両の開発と頭脳の開発が別企業で行われていることが一致している。役割分担は違っており、nuTonomyはルノー「ZOE」や三菱自動車工業「i-MiEV」といった市販電気自動車を自身の技術で自動運転化したのに対し、BestMileは「ARMA」に独自のソフトウェアを組み込んで運用を行うものだが、全てを自社でまかなおうとしている自動車メーカーの自動運転車とは一線を画している。

 nuTonomyやBestMileは、多くの自動車メーカーのように、自動運転車を生産販売して利益を上げようという考えがない。自動車を作って売るということは、組み立て工場、販売店、整備工場、部品倉庫など、多大なる投資が必要となるからだ。その分利益率も高くなるが、2つのベンチャー企業はそれよりも、社会を変えたいという意識のほうが高いようである。


●レベル3でも死亡事故は起こりうる

 nuTonomyはタクシー、BestMileはバスと、いずれも公共交通での導入を前提としていることも同じだ。自動運転が実用化されると、自動車を所有したいと考える人が減ると言われており、自動運転が実用化されていくプロセスで公共交通の方が有利であることを、彼らは理解しているはずである。

 自動運転のレベルを示す指標として、米国運輸省道路交通安全局(NHTSA)が制定したレベル1~4の指標がよく使われる。レベル1はアクセル、ブレーキ、ステアリングのいずれかの自動化、レベル2は複数を自動化したものだ。次のレベル3は、アクセル、ブレーキ、ステアリングの全てを自動化し、必要な場合、人間がサポートする。さらに上のレベル4は、ドライバーが全く運転に関与しない、文字通りの完全な自動運転となる。

 現在はテスラモーターズやメルセデス・ベンツ、富士重工業のスバルなど一部の市販車が、レベル2を実現している。当然ながら、次なる目標はレベル3だ。完全自動のレベル4にいきなり移行することは、現状の技術レベルからは考えにくい。

 しかし、レベル3への進化でも、自動車には大きな変化が起こる。運転が人間からAIに移行し、人間はドライバーではなく、nuTonomyやBestMileのようにオペレーターになるからだ。

 道路状況を視覚情報などで認知し、自分がどうすべきかを判断し、それに応じた操作をするのではなく、AIの運転を監視し、緊急時に非常ブレーキをかけるなどの操作をするという役目に変わる。

 問題は、仮にレベル3になったとき、全ての人間が自動車内でオペレーターとしての任務を果たしてくれるかどうかだ。例えば「Pokemon GO」に夢中になって、非常ブレーキをかけ忘れて事故を起こす可能性もある。

 今年5月、テスラモーターズの「テスラ・モデルS」がレベル2の運転支援システム(現状では自動運転システムとは呼べない)作動中にトラックに激突し、ドライバーが死亡した。レベル2であるにもかかわらず、DVDを見ていてトラックを避け切れなかったという報道もある。同様の事例がレベル3でも発生しうる。


●公共交通機関の方が自動運転を安全に導入しやすい

 その点、タクシーやバスのドライバーは、運賃を受け取って乗客を運ぶプロのドライバーであり、乗客から常に見られているわけだから、オペレーターとしての任務を遂行してくれる可能性が高い。よってこの分野の方が、自動運転を安全に導入しやすいのである。

 さらに自動運転の普及には、その地域が走行許可を出すかも問題になる。自家用車は道路がある限りどこでも行けることが魅力ではあるが、その分日本全体を自動運転対応にしなければならず、入念な準備が必要となる。その点バスなら走行ルートが決まっているから、準備は大幅に楽になる。

 nuTonomyはタクシーではあるが、こちらはシンガポールという東京23区と同程度の面積しかない都市国家が舞台である。しかも今回の実験で政府によって運行が許可されたエリアは、同国中部に位置するワン・ノース地区の約2平方キロメートルに限られる。これなら準備は軽微で済む。

 ちなみにシンガポールでは、今年8月に我が国のIT企業DeNA(ディー・エヌ・エー)が千葉市の公園で走らせた仏国EasyMile社製の自動運転小型バス「EZ10」も、公道ではないが走っている。アジアでの展開はこのシンガポールが初であり、同国が自動運転プロジェクトに積極的であることが伺える。

 しかもnuTonomyの自動運転タクシーでは、乗客は専用のスマートフォンアプリを使い、タクシーの呼び出しや目的地の設定を行うことになる。米国IT企業Uber Technologies(ウーバー・テクノロジーズ)などのライドシェアが導入しているシステムと近い。これならアプリ側で走行範囲を限定することもできる。

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●ドライバー不足の日本では必須の技術

 もう一つ、自動運転がタクシーやバスに向いている、重要な理由がある。人件費を抑えられることだ。

 国土交通省の資料によれば、我が国のバス会社の経費の半分以上は人件費であり、タクシー会社では約7割に達する。その多くがドライバーにかかる費用だ。運転という特殊技術を用いた仕事なのだから、相応の給料は支払うべきであると筆者も考える。

 しかし、レベル3の自動運転が実用化され、ドライバーがオペレーターになれば、そこまでの待遇は不要かもしれないし、完全自動になれば、ドライバーの人件費そのものがゼロになる。

 しかも日本では、タクシーやバスのドライバー不足が深刻であり、この問題の解決にも自動運転はふさわしい。一方、地方の過疎地域の移動は現状ではとても採算が合わず、自治体が税金を投入してなんとか走らせている事例がほとんどであるが、ドライバーの人件費が不要となる自動運転なら、安定した運行が可能になるかもしれない。

 自家用車の自動運転化も、ドライバーに安全快適をもたらすという魅力はある。しかしタクシーやバスのコストメリットは、事業者と利用者の両方に効くわけで、それ以上の恩恵と言えるだろう。


●加速する自動車メーカーとライドシェアの提携

 ところで、ここまで書いてきたことは、ライドシェアの形態に通じる。現にnuTonomyでは、スマートフォンのアプリでタクシーの呼び出しや目的地の設定を行う。BestMileのアプリはバスの位置や到達時間を見ることができる。両社とも将来的に本格的なサービスに移行した際は、ライドシェアのようにアプリ上で料金決済も行えるようになるだろう。

 以前、タクシーとライドシェアの対決の構図を書いた記事で、自動運転が実用化されれば、タクシーやバスとライドシェアは同一のものになると書いた。その理由が、NuTonomyやBestMileの実験内容とライドシェアのサービス内容を照らし合わせれば理解できるだろう。しかもUber(ウーバー)をはじめ、ライドシェア企業もまた自動運転での運用を目指している。人件費削減が目的であろう。

 今年は自動車メーカーとライドシェアの提携話が目立つ。米国ゼネラルモーターズ(GM)は同国のLyft、ドイツのフォルクスワーゲンはイスラエルのGettに出資し、トヨタ自動車と提携したUberはその後、スウェーデンのボルボとも手を組んだ。フォードも2021年に実用化する自動運転車をライドシェアで展開すると表明している。

 自動車メーカーがタクシーやバスではなく、ライドシェア企業と手を結ぶのは、従来のタクシーやバスはドメスティックな組織だったのに対し、ライドシェアはグローバルな組織であり、多くの需要が見込めるからだろう。

 しかしnuTonomyはタクシーと称してはいるものの、シンガポールのタクシー会社ではない。自動運転と車両運用をつかさどるIT企業だ。立ち位置はライドシェア企業に近い。一方、同社が使用するルノー「ZOE」と三菱「i-MiEV」は、三菱が日産自動車傘下に入ったので、同一グループの車両と見なすことができる。

 自動車メーカー側は明らかにしていないし、nuTonomyが今度どこまで成長するかは未知数だが、既にライドシェア企業と提携を発表しているトヨタ、フォルクスワーゲン、ゼネラルモーターズに続く、4番目のグループであるルノー・日産アライアンスが、同様のスキームを手に入れたと言えるかもしれない。

 どちらがどこまでの技術を担当するかは個々のスキームによって異なるものの、今後の自動車業界は製造企業と運用企業のタッグが不可欠になりそうだ。

最終更新:10/3(月) 6:40

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