ここから本文です

ダイハツの女性仕様車にまだ足りないもの

ITmedia ビジネスオンライン 10/3(月) 6:31配信

 ダイハツは、両側電動スライドドアを備えた軽自動車「ムーブ・キャンバス」を9月7日に発売した。

【買い物袋ごと置けるバスケットモード】

 2015年4月の軽自動車税改定まで、軽自動車はいわゆるダウンサイジング・ムーブメントに乗って、白ナンバー(登録車)からの乗り換え需要で賑わっていた。これまで軽自動車に興味を示さなかった男性ユーザーが新しい顧客としてマーケットに流入してきたのである。

 ところが、増税の影響は大きく、軽自動車販売の勢いが止まって、ずるずると落ち込みを続けている。次のターゲット顧客を真剣に模索しないと、販売台数の落ち込みに歯止めが効かない。ダイハツは2015年、対前年比で約15%の台数減。スズキは約20%落ち込んでいる。2016年はその悪かった2015年からさらにそれぞれ5%、10%ほど落ち込んでいる。

 そこで、ここ数年の男性顧客偏重路線を改め、手薄になっていた女性のニーズをもう一度喚起したいと考えたのだと言う。調査してみると、人口ピラミッドで見て期待のできる団塊世代ジュニアの後ろ半分、年齢的に見て30代のうち晩婚化の影響を受けた独身女性のポテンシャルが高いことが分かった。

 親と同居で可処分所得が高く、必要なら、親からクルマの購入資金の援助が受けられる。「何が何でも安く」というより「気に入ったものには多少お金をかけたい」という、消費性向の高い層なのだという。断っておくが、筆者が言っているのではない。これはダイハツの言い分である。

 さて、その層が本当にクルマを買うのかどうかはちょっと分からないが、いずれにしてもダイハツのこのムーブ・キャンバスはそうした女性に向けて開発されたクルマということになる。

●両側スライドドアの意味

 一体どこが女性向けなのかと言えば、両側電動スライドドアが一番の目玉だ。ダイハツではクルマの利用実態をしっかり調べたらしい。その結果、後部座席に買い物などの荷物を収容して運転席に座るという一連の動作に着目した。

 買い物から戻って来て、駐車場で隣のクルマにドアをぶつけることを気にせずに、ワンタッチで電動スライドドアを開けて荷物を積み込む。リヤシートの下には引き出し式の物入れが備わっていて、普通に収容する以外に、引き出したまま四囲に丈の高い間仕切りを立てて、バスケットのように買い物袋を置いておける。クルマを走らせても荷物は転がらない。なるほど。

 リヤシートに荷物をしまえれば、運転席の乗り降りのときは身軽になり、ヒンジ式ドアの開閉に気を遣う余裕ができる。そう言われればその通りで、両手に荷物を抱えた不自由な状態で後席ドアを怖々開けていたときと比べれば確かに使い勝手は良いだろう。

 というところまで書いてから基本に戻る。ダイハツのクルマ作りは真面目だと思う。女性マーケットを大事にするとは何なのかという点について、少なくともケーススタディがそこにある。少なくともムーブ・キャンバスが、「色柄を可愛らしくしとけばいいだろう」という適当な商品でない点は評価できる。もっとも日本の自動車メーカーは、過去に例外なくそういうこともやってきた。「キャラクターやブランドとコラボして一丁上がり」の安直な女性仕様だ。もちろんダイハツもその道を通ってきた。今回のムーブ・キャンバスは少なくともクルマの端々を見る限り、ちゃんと調べ、考え、良かれと思って機能を考えた。少なくともPDCAサイクルの前半部分は機能しているように思う。

 PDCAサイクルとは、Plan(計画)→Do(実行)→Check(評価)→Act(改善)という一連のサイクルであり、継続的に製品を進化させていくために欠くべからざる管理手法である。その後半がどうなのだということが本稿のテーマなのだが、その前にもう1つ説明しておきたいことがある。

●基本機能を疎かにしていない

 ダイハツが説明する改善ポイントは大きく分けて2つに分類される。1つはこれまで述べた女性のための機能だ。数え上げれば、ブラインドモニターだとか、洗えるシートカバーだとか、数多くのデコレーションパーツなどのオプションの充実もあるが、言うまでもなく、大事なのはクルマとしての基本性能の部分だ。ムーブ・キャンバスの重量はFFモデルで910キログラムから、4WDモデルだと970キログラムまである。スライドドアは重いのだ。これをちゃんと走らせようとすればボディの補強は必須だ。

 主にリヤフロアを補強し、乗り心地と操縦性を向上させるためにダンパーの低速域でのフリクションを低減し、オイル通路のバルブ特性をチューンして応答性を高めた。ステアリングは女性の腕力を考慮して操舵力のアシストを増やし、中心付近のフリクションを低減。併せてセルフセンタリングを最適化して直進性を向上させた。あんまり並べても読んでいて飽きるかもしれないが、ヘッドランプも軽自動車初のステアリング連動LEDランプを採用(最上位グレードのみ)し、ぶつからないブレーキも廉価グレードを除き標準装備して安全性を高めている。

 クルマの基本性能はあり物のままで……とやらなかったことはもっと評価されるべき姿勢である。

 乗ってみてどうだったのか? 全体として印象は良かった。感心したのは、高速の直進安定性と騒音の少なさだ。静かで広くて真っ直ぐ走る。ステアリングは少し軽すぎると感じる人もいるだろうが、異様な感じまではしない。エンジンはターボなしの軽としては頑張っていると思う。

 トランスミッションはCVT一択なので、加速しようと踏み足すとズルンとギヤ比を下げてしまうところが残念だが、まあCVTである以上仕方ない。仮にトルクの大きいターボモデルがあれば、多少はセッティングのしようもあるのだろうが、ターボの設定はない。「重量があるだけにギヤ比をホールドさせたままにするのは難しい」とエンジニアは素直に認めていた。

 ペダルオフセットはある。オフセット量は軽の横幅規制を考えれば仕方ないと言えば言えるくらい。もう一点、ブレーキの効きは十分だが、パッドが当たったあたりで少し効きが唐突で神経質な感じがある。致命的なものではないが、慣れるまで気を遣わされるだろう。

 さて、一番気になったのはばねの硬さである。交差点をゆっくり曲がるような速度で路面の荒れをゴツゴツと拾う。せっかくダンパーにお金をかけてもばねが硬ければ「素晴らしい乗り心地」にはならない。

●ドアだけで女性仕様と言えるのか?

 ムーブ・キャンバスはかなり一生懸命作ってある。だがしかし、ユーティリティ面ではその努力の跡があるのだが、メカニズムの領域のエンジニアはそのとき本当に女性の気持ちになろうとしたのか疑問が残る。 真面目であるが故に、いつものエンジニアに戻って理詰めで考えていたのではないかと思う。試乗車に同乗していた女性編集者が「何だか男っぽいクルマですね」と発言したのを聞いて、筆者はちょっと考え込んだ。

 背の高いボディは重心が上がって頭が重くなる。ましてや両側スライドドアで重さはかなりのことになっている。そういう車体のロールを抑え込もうとすれば、ばねは硬くするより仕方がない。実は筆者も、件の女性編集者に対してムーブ・キャンバスの乗り心地をそう擁護した。しかし、それはあくまでもエンジニアリングの都合である。「良いモノが欲しい女性」に向けた商品がそれでいいのかと思う。穏やかで平和な乗り心地がこの商品には必須だったのではないか? 少なくとも彼女の意見はそうだった。

 頭上を見上げてみると、不必要に天井が高い。実はダイハツの軽自動車はルーフの高さ別に3つの基本車種がある。一番低いミラ系、真ん中のムーブ系、高さが売りのタント系だ。ついでと言っては悪いが、この上に限界まで高くしたウェイクという特殊なモデルも存在する。

 車名から分かる通り、ムーブ・キャンバスはその真ん中である。軽自動車の全長全幅は例外なく規制枠いっぱいの3395ミリ×1475ミリだ。広さを変えるには高さを変える以外に方法はない。スズキの初代ワゴンRがワンボックス的な背高ボディでヒットを飛ばして以来、軽自動車は一斉に上に向かって丈を伸ばし始めた。加えて排気量が660ccに引き上げられたことで多少目方が増えても十分に走らせられるようになって、軽の価値が一気に向上した。それが少し前までの軽自動車黄金時代を支えてきたわけだ。

 結果、少しでも背を高くした方が、より商品力が上がるという錯覚が起きる。しかしエンジニアなら先刻ご承知のように、代替なしで手に入る機能はない。あらゆる機能はトレードオフなのだ。広い空間はなるほど素晴らしい。しかしこれを削ってもし乗り心地が改善できるなら、空間に少し贅沢(ぜいたく)をし過ぎなのではないか。

 もっと空間的に贅沢なタント系がなければ話は別だが、ムーブ系は乗り心地が穏やかにできるところまでルーフを下げたら、両車の商品特性がよりはっきりするはずである。

 試乗から戻ると、最後の枠だったせいか、4人のエンジニアに囲まれた。取材しに行ったはずが、こちらが聞かれる側になった。なので、ここまで書いたことを率直に述べた。本当に真面目な人たちだ。ものすごい勢いでノートを取りながらそれを聞くのである。

 丈を少し縮めた方がいいのではないかという指摘に対する答えはこうだった。「スライドドアで乗降性を高めようと思うと、ルーフが高い方が……」。なるほど、それはそうかもしれないが、そこを解決してこそ技術である。スライドドアに相応しい乗降性を確保しても、乗り心地で失望させれば、最初に立てた「女性が喜ぶ」という目標に届いていないことになる。PDCAサイクルの後半分、評価と改善のステップが本当に機能するのかが、これから問われる。

 8月1日をもって、ダイハツはトヨタの完全子会社になった。トヨタが公表してきた戦略を聞く限り、世界ナンバーワン自動車メーカーの小型車開発を一手に担うのが、これからのダイハツの役割だ。筆者は常々、向こう20年で新車の販売台数は、5000万台増えて現在の1.5倍になると言っている。新たなマーケットとなるインド、ASEAN、中国の非富裕層が買うクルマはMIRAIでもテスラでもない。70万円以下の小型車である。地球環境を考えれば、激増するクルマには「低環境負荷」であること、「人々の生活を豊かにできる」ことが、否が応でも求められる。できなければマーケットの成長は鈍化する。環境税がどんどん増えて、新興国の人々にとってクルマは手の届かないものになる。

 ダイハツはトヨタ・グループの小型車開発を任されたことにより、地球を救い、新興国の人々を幸せにする義務を果たさねばならないことを肝に銘じてほしい。それは羨ましいほど大きな夢だと思う。技術の力で地球を救う。そう言われて奮い立たないエンジニアはいないと思うのだ。

 だから技術の向かうべき目標を開発チーム一丸となって共有してほしい。「女性が喜ぶ」という目標に対して「それはドア担当と内装担当の受け持ち」とするのではなく、ブレーキの担当もサスペンションの担当も、それぞれの担当領域で「女性が喜ぶ」ために自分の領域でできることはやりきったかということをもっともっと追求してほしい。それが「世界の人々を幸せにする」という目標になったとき、トヨタ・グループが飛躍できるかどうかを決めるのではないかと思う。

(池田直渡)

最終更新:10/3(月) 6:31

ITmedia ビジネスオンライン