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《沼田城をつくろう》石垣はどこに…? 発掘調査で深まる歴史ミステリー

上毛新聞 10/3(月) 6:00配信

 かつて5層の天守を持つ沼田城があった群馬県の沼田公園で、7月から天守跡の発掘が進んでいる。石垣の裏側を押し固める「裏込石(うらごめいし)」とみられる砂利層は確認されたが、肝心の石垣が姿を見せない。天守再建の機運が高まる中、城を巡る歴史ミステリーに注目が集まっている。

◎沼田公園 12メートル掘るも見つからず

 「なぜ石垣がないのか」。9月中旬、発掘現場で沼田市教委の担当者は首をひねった。

 地面を4、5メートル掘り進めた時点で「裏込石」とみられる砂利層が見つかったが、近くに人工的な石積みは見当たらない。加工された石も数点出土しているが、石垣と言える量ではないという。

 発掘現場は深さ約12メートルまで掘り進めている。石垣はさらに地下に埋まっているのか。または城が壊された時、その後の改修で撤去されたのか―。謎は深まるばかりだ。

 城の建物や石垣の配置を記した「正保城絵図」(1644年ごろ)によると、天守石垣の高さは約16メートル。周囲の地形や発掘状況から考えて、現場は深さ12メートル以上の堀だった可能性が高い。

 市は沼田公園を県や国の史跡にしたい考えで、調査も絵図に基づいて石垣の位置や大きさを確かめるのが目的だった。市教委は「石垣の高さが絵図にある16メートルに近いと分かったのは一つの成果だ」としている。

 発掘現場からは大量の瓦も見つかった。天守の瓦と断定はできないが、昨年発掘した本丸堀の3倍以上あり、近くに建物があった可能性は高い。遺物の状態もよく、今後の検証に期待が高まる。

◎リアル再建運動「今こそチャンス」 沼田城を造る会

 沼田城にあった5層の天守を再建する―。そんな“夢物語”を熱く語るのが「沼田城を造る会」のメンバーだ。28日の役員会で、陣羽織を着込んだ大島崇行会長(66)は「大河効果で市民の意識が高揚している今こそ千載一遇のチャンスだ」とげきを飛ばした。

 造る会によると、天守の再建運動は60年前に始まった。沼田市は1992年、城の復元を軸とする沼田公園の長期整備構想をまとめている。財政難などで計画の実施が遅れていたが、2020年度までに公園内の二つの運動施設を移転することが決まり、発掘範囲の拡大が期待されている。

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最終更新:10/3(月) 6:00

上毛新聞