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「1919年建国」李承晩文書公開…建国節議論に終止符か

ハンギョレ新聞 10/3(月) 8:28配信

李承晩の鮮明な自筆サイン…「天皇」に送った公式文書 朴大統領「建国68周年」と述べた8・15祝辞と衝突 「ニューライトなど建国節制定論者らには痛恨の文書」

 「大韓民国(the Republic of Korea)の名のもとに、そしてその権限に従い、私は日本に要求する。すべての武装勢力と軍隊、そして通常の外交使節と諮問官らを除いたすべての日本の官僚と市民などを韓国から撤退させよ。我々は大韓民国が独自的で独立した主権国家(distinct、independent、sovereign State)であることを公式に認定することを希望し、これに合致しないすべての条約上の約束は無効と見なす」

 これは1919年6月18日、李承晩(イ・スンマン)が大韓民国大統領(President of the Republic of Korea、当時公式名称は大韓民主共和国執政官総裁)として日本国王(「天皇」)に送った公式文書の内容の一部だ。これは、李承晩を国父として尊び、彼が主導した1948年の分断単独政府の樹立によって大韓民国が初めて建国されたとして、1919年の建国を否定し臨時政府や東北地域の武装抗日闘争の歴史を貶めてきた「李承晩主義者」とニューライトの「1948年8月15日建国節」の主張と、真っ向から背反するものであり、李承晩主義者には自己矛盾となる。この文書は、大韓民国臨時政府記念館建設推進委員会のイ・ジョンチャン会長(友堂記念館理事長、元国家情報院長)が2日に公開した。

 この文書で李承晩は自分が「1919年4月23日、韓国が完全に組織された自主統治国家(completely organized、self governed State)となったことを『貴方』(you、日本国王)に公式に通報せよという韓国国民の命令を受けた」とし、このすべての公式業務がこれに基づいたものだと明らかにした。李承晩はこれに先立ち、同年3月1日、韓国全域の300カ所以上の地域で韓国民の総意と意志に従って作成された独立宣言書が朗読されて宣布されたという事実、13道の代表が選出され、彼らが4月23日にソウルに集まり立法部(the Korean National Council、a representative legislative body、to goern Korea)を構成し、そこで自分を大韓民国大統領(President of the Republic of Korea)に選出し、他の執行(行政)部管理(executive officers)も選出したという事実を明らかにした。

 李承晩の自筆サイン(Syngman Rhee)が鮮明に記されたこの文書は、大韓民主共和国(漢城政府)の樹立(1919年4月23日)当時、米国に在留中だった李承晩が自分が大統領に選出されたという通報を受けてこれを受諾し、ワシントン現地に大韓民国米国事務所を設けて米国、英国、フランス、イタリアなど主要国と日本など各敵国にその事実を公式に通報した文書の一つだ。

 この文書を公開したイ・ジョンチャン会長は「1948年建国を主張してきた李承晩推戴勢力にとっては自家撞着だ」と話した。家の全財産をはたいて満州に新興武官学校などを設立し、独立運動に一生を捧げた友堂イ・フェヨンの孫であるイ会長は「先月28日に光復会が主催した『正しい歴史アカデミー』(9月28日~12月21日、毎週水曜日に開かれる歴史講座)の第1テーマ(『民族史的な建国と大韓民国政府樹立』)第1特別講座の講師を務めた時も、その事実を指摘した」とし、「1948年建国主張論者たちにとっては、もっとも痛恨の文書だろう」と指摘した。

 この分野の専門家である檀国大学のハン・シジュン教授は「この文書の存在そのものはすでに知られているが、一般人にはよく知られていないうえ、歴史的文書の原本を一般人が直接接することは容易ではない」とし、「この文書の公開と大衆的な共有は意味がある」と話した。ハン教授は特に「1948年建国を主張している李承晩主義者やニューライトは自己矛盾」とし、「彼らの建国節主張で論争が起こっている今の韓国の現実では、より意味深い」と付け加えた。

 セヌリ党は今年8月15日、朴槿恵(パク・クネ)大統領が今年の光復節の祝辞で「光復71周年、建国68周年」と言及し、ニューライトと李承晩主義者らの1948年建国の主張を公開支持する発言をした後、同月22日に国会議員会館で討論会「1948年8月15日、大韓民国の建国とその意味の探求」を開き、1919年の建国を否定し臨時政府や抗日武装闘争の歴史を貶めた。チョン・ヒギョン議員が準備したこの日の討論会で、延世大学のキム・ハクウン名誉教授と延世大学李承晩研究所院長を務めたリュ・ソクチュン教授などは、1919年の建国は、当時外国国籍者たち(金九<キム・グ>は中国、安昌浩<アン・チャンホ>は米国、金日成<キム・イルソン>は中国とソ連国籍者で、李承晩は無国籍だったとし)が主導したものであり、1919年建国の主張は結果的に南北が正統性を分かちあうようにすることで、「簡単に考えると、金日成政権に半分の正当性を与えること」と主張した。チョン議員は1919年建国論者たちを「自分の反大韓民国的な歴史観を隠しながら大韓民国独立勢力と建国勢力を仲違いさせる人たち」(『メディア今日』8月22日分)とし、例の「従北(朝鮮)」左派論を展開した。

ハン・スンドン先任記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

最終更新:10/3(月) 8:28

ハンギョレ新聞