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妻夫木聡×綾野剛のゲイカップルはどこまでリアルだったのか『怒り』【ブルボンヌの新作映画批評】

dmenu映画 10/4(火) 12:50配信

『怒り』については書きたいことがありすぎました。突っ込んで書けば「犯人探し」要素へのネタバレにつながって未見の方の「怒り」を買いそうだし、早く書かないと編集さんの「怒り」も増す一方だし、とモヤモヤし続けていました。でも、公開されてずいぶん経ったから、もういいわよね!女装のゲイおじさんが書くからには、「ゲイカップル編」の解説中心にいこうと思います。

タイトルの「怒(り)」は、惨殺現場に残された血文字であり、信じていたものに裏切られる怒りであり、信じるべきものを疑ってしまった自分自身への怒りでもありました。全国に報道される逃亡犯の情報から、東京・千葉・沖縄に現れた「素性の知れない身近な男」への疑念が生まれます。今の日本で「素性の知れなさ」を体現するキャラクターとして、沖縄のバックパッカー、千葉の漁港の日雇い労働者、そして東京のゲイが登場するという群像劇。

ゲイは社会的に隠すべきこととされてきたため、昔から新宿2丁目などの盛り場でも「通り名」が基本でした。毎週末のように飲んで笑い合う仲間でも本名は知らない関係ですから、お互いの体を使って欲望を放出し合うだけの「ハッテン場」ではなおさら。もちろんストレートにも風俗に行く人と行かない人がいるようにゲイもいろいろですが、けっこう多いスキモノ派の皆さんは、「暗いから顔もよく分からない相手」とヤルことや、「全く素性の知れない人の家に行ったり、自宅に入れたり」という、普通の感覚ならリスクの高い行為を平気でヤッてきたのがゲイのセックス文化なんです。

昨今の同性婚報道やオネエタレントのイメージで、堅い話題とポップなキャラは伝わっていたでしょうが、一番多数派の「普通に色恋を楽しんでいる、人権運動も女装もしていないゲイ」の、痛みも含んだ実情が、この作品で大々的に表現されたのは画期的だったと思います。鍛えたボディを見せつけ合う派手なクラブパーティ。そこで繰り広げられるオネエ言葉を交えたお仲間トーク。母の前ではいい息子だけど、こっそりゲイ探しの出会い系アプリも使っちゃう。エリートだろうが薄汚れたハッテン場でエグい欲望を吐き出す。でもそこから生まれる本気の想いだって、ある。

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最終更新:10/4(火) 12:50

dmenu映画

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