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宇多田ヒカルとSMAP。ふたつの国民的存在から考える音楽シーンの“ハブ”論

M-ON!Press(エムオンプレス) 10/5(水) 18:07配信

◆最新チャートでは25万枚を売り上げて首位を獲得

宇多田ヒカル名義では『HEART STATION』以来約8年半ぶり、別名義を含めるとアメリカ向けに「Utada」として制作された『This Is The One』以来約7年半ぶり、そして「人間活動」に専念するためにシーンの表舞台から姿を消して以来約6年ぶり。いずれにせよ非常に長いインターバルを経て、宇多田ヒカルのニューアルバム『Fantome』が9月28日にリリースされました。
※『Fantome』の「o」の正式表記は、上に「^」が付きます。

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宇多田ヒカルについて思い起こされるのは、やはり1999年4月にリリースされた『First Love』が打ち立てた前人未到のセールス記録。「販売枚数1000万枚超え」という金字塔は今後破られることがおそらくないであろう衝撃的なものであるとともに、ポップミュージックが娯楽の中心に鎮座していた90年代という時代の象徴であるとも言えます。

あれから約15年。日本の音楽を取り巻く環境は様変わりし、「国民的な音楽」というものがなかなか生まれづらい状況になっているのは周知の事実かと思います。そんななか、宇多田ヒカルは2012年11月に映画「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」の主題歌として「桜流し」を、2016年4月にNHK連続テレビ小説「とと姉ちゃん」の主題歌として「花束を君に」を発表。今の時代において数少ない「国民的なコンテンツ(になり得る可能性を持った作品)」向けに、つまり「様々なタイプの人が感情を投影する場所」に自身の音楽を提供してきました。

そんな前振りを経てついに発表された『Fantome』は、今年の日本の音楽シーンにおける最重要トピックと言い切ってしまっても決して過言ではないように思います。最新のウィークリーチャートでも、25.3万枚を売り上げて首位を獲得。多くのリスナーが彼女の復活を待っていたことが数字でも証明されました。

『Fantome』全体に通底するトーンをざっくりまとめると、「シリアス×ネイキッド」といったところでしょうか。今作は亡き母に捧げられたものであることが本人の口から語られていますが、身近な存在であった母に寄り添うためか彼女のボーカルはこれまでよりもていねいで優しい印象。そしてサウンド全体でも音数が控えめで、感情の起伏がより生々しく伝わってきます。

これらの方向性は雄大な雰囲気の中に母へのメッセージが込められた「花束を君に」や昨今のJポップにおいてあまりお目にかかれなかった強い緊張感を放つ「桜流し」「真夏の通り雨」といった既発曲でも体現されていましたが、その他の曲においても例えば「人魚」ではドラムとハープだけの演奏をバックにもう会えない「あなた」への思いを綴っており、まさに「裸のヒッキー」の息遣いを感じることができます。

ただ、では『Fantome』が単に悲しくて重たい作品なのかというともちろんそんなことはありません。随所に感じられる希望の光やユーモラスな雰囲気が、今作の読後感を軽やかなものにしています。アルバム冒頭を飾る「道」の歌詞は亡くなった母に向けたもののように思えますが、少し角度をずらすとそれらの言葉が自分の子供に向けた母としての心意気にも見えてくるから不思議です。そんな歌詞が生命力溢れるトライバルなビートに乗って歌われることで、ヘビーなムードが支配的なこの作品に鮮やかなポップ成分が注がれます。

また、彼女のお茶目さが感じられる独特の言語センス(昔彼女がやっていたラジオ番組で「苫小牧」という地名を「てんてこまいみたいでかわいい」と発言していて「何を言っているんだろうこの人は……」と思った記憶があります)も健在で、「人生最高の日」では“虚心坦懐”“苦尽甘来”という普通の歌詞ではあまり使われない四文字熟語がサビにさらりと挿し込まれています。

ちなみにこの“苦尽甘来”(くじんかんらい)、「苦しいときが過ぎてやっと楽しいことが訪れる」という意味の言葉であり、肉親の死を乗り越えて再びポジティビティを獲得しようとする彼女の今のモードともばっちりリンクしています。ディテールの言葉遊びに興じながら作品全体のコンセプトを補強してしまう詩人としての手腕はさすがです。

今作において特に注目したいのが、3曲収録されているコラボ楽曲です。デビュー当時からの盟友でもある椎名林檎とのデュエット「二時間だけのバカンス featuring 椎名林檎」はストリングスの使い方が印象的なミディアムテンポのポップナンバーで、いろいろな深読みができそうな歌詞(ロマンティックな逢瀬? 不倫? レズビアン的なメタファー?)にふたりの妖艶なボーカルがはまります。「宇多田ヒカル×椎名林檎」というペアリングは現状の音楽シーンにおいて考え得る組み合わせのなかで最強のもののひとつであり、最近の椎名林檎の活動を考えると4年後の東京オリンピックへの期待も高まってしまいます。

また、小袋成彬がボーカルで参加した「ともだち with小袋成彬」はアーバンな雰囲気を醸し出すホーンの使い方が特徴的。この曲は今作の折り返し地点となる6曲目に配されており、アルバムの中盤に挿入される男性の歌声が作品全体をピリッと引き締めています。

そしてもう1曲が、KOHHをフィーチャーした「忘却 featuring. KOHH」。死への諦念と生への執着を表現した背反するふたつのラップパートを切実な声色のボーカルが繋ぐこの楽曲は、シリアスな雰囲気をたたえた今作の中でも最も重厚な出来ばえであり、アルバム全体におけるハイライトと言ってもよいかもしれません。

言わずと知れたメジャーアーティストの椎名林檎、インディーシーンの注目株として確かな存在感を放つ小袋成彬、日本の新世代のラッパーとして海外からも評価を受けるKOHH。ここまでバラエティに富んだ面々が「音楽家として素晴らしい」という共通項だけでひとつの作品に集まっている、しかもそれが奇をてらった企画アルバムなどではなく「日本で一番CDを売っている人の作品」で行われている。このシチュエーションは、控えめに言っても「異常」ではないでしょうか(もちろん褒め言葉です)。



◆音楽シーンの“ハブ”としての宇多田ヒカルとSMAP

ここで少しアングルを変えて、宇多田ヒカル不在で進んだ2010年代の音楽シーンの流れについて触れたいと思います。この数年で起こったことを端的にまとめると、それは「シーンのタコツボ化の加速」でした。SNSの浸透は「誰もが自分の見たい世界だけしか見ない」という状況を生み、音楽の場においても「見える世界の中で聴きたいものだけ聴いていればいい(それで十分こと足りる)」という空気がリスナーの間で強まりました(そういう空気があらたに生まれたのか、元々あったのが顕在化しただけなのかは難しいところですが)。この手の「視野狭窄」「純血主義」は必ずどこかで行き詰まるし、「表現」や「文化」の未来を考えるとそんな状況を撹拌する存在が今後今まで以上に価値を帯びてくるかと思います。

そんな補助線を引いて改めて『Fantome』について考えてみると、この作品は「宇多田ヒカルの復帰作」として重要なだけでなく、「今の日本の音楽シーンの各所で起きている面白い動きを集めてかき混ぜる“ハブ”」としても非常に重要なものであると言えるのではないでしょうか。KOHHや小袋成彬のことを『Fantome』を通じて知るリスナーもたくさんいるはずですが、自身の影響力を駆使して若い才能を知らしめるのは「大物」の役目でもあり、そういった取り組みの一つひとつが日本のポップミュージックの未来に寄与するものになるのではないかと思います。

ところで、今までの音楽シーンにそんな“ハブ”としての役割を果たしていた人たちはいなかったのかというと、もちろん存在していました。彼らは「国民的な音楽」が生まれづらいなかで「国民的なスター」としての地位を約20年間守り続け、自身の作品やテレビ番組を通して若い才能を多数フックアップしてきました(彼らに楽曲提供をするのを目標にしていたミュージシャンも多かったと聞きます)。しかしそのグループは、残念ながら今年の年末に解散しようとしています。

これまで音楽シーンの“ハブ”としてふるまってきたのは、他でもないSMAPというグループです。彼らが解散するタイミングで、宇多田ヒカルが若いミュージシャンを登用したアルバムをリリースする。ここに、「音楽シーンの交差点であり才能の見本市でもある」という存在としてのバトンが継承されていくストーリーを見出さずにはいられません。

もちろん彼女自身がそんなことを考えているわけもないでしょうし、「単に自分の作品を良いものにするために試行錯誤するなかでたまたまこういう形のアルバムができた」ということでしかないと思います。ただ、優れた表現者の行動は意図せぬところで時代の大きな流れに接続してしまうもの。今作を受けて、たくさんのエッジーな音楽家が(SMAP解散のショックから解放されるかのように)宇多田ヒカルとの共演を夢見るようになるのではないでしょうか。宇多田ヒカル自身も9月30日に放送されたテレビ番組「LOVE MUSIC 特別編 宇多田ヒカル~ライナーノーツ~」において「人と一緒に何か作っていく、ということはもっとやりたい」と発言しており、今後も自分以外のミュージシャンとともに音楽を生み出すことに対してウェルカムな姿勢を見せています。この先の活動において宇多田ヒカルがどんな才能と化学反応を起こしながら日本のポップスの歴史を更新していくのか、楽しみでなりません。

TEXT BY レジー(音楽ブロガー、ライター)

最終更新:10/5(水) 18:07

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