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水槽の中でイワシはサメに食べられてしまうのか 水族館の人に聞いてきた

ITmedia ビジネスオンライン 10/5(水) 12:03配信

 神奈川県藤沢市にある「新江ノ島水族館」(以下、えのすい)が好調である。2004年にリニューアルオープンして、その年の入場者数は180万人に。前年に比べて6倍も増えたので、関係者は「“ぎょ”っとした」と言ったかどうか分からないが、目標の数字を達成したので胸をなでおろしたに違いない。

【イワシはサメに食べられてしまう!?】

 ただ、その後の来場者数は苦戦する。2013年には130万人台まで低迷していたが、2014年は172万人に。その勢いは衰えず、2015年は183万人と過去最高を記録したのだ。さらに、今年も過去最高を上回るペースで来場者数が推移している。なぜ、えのすいはV字回復したのか。その理由については、前回ご紹介したので、こちらをご覧いただきたい。

 今回、ご案内するのは「大水槽」である。一度も足を運んだことがない人は「ほー、そんなにスゴいの?」「大きな水槽にジンベイザメがうようよ泳いでいるのね」と思われたかもしれないが、ハッキリ言ってそれほど大きくはない。沖縄美ら海水族館にある大水槽の水量は7500トン、海遊館は5400トンに対し、えのすいは1000トンしかないのだ。他の水族館に比べてサイズが小さいので、どうしても迫力に欠けてしまう。にもかかわらず、平日の夕方でもたくさんの人でにぎわっているのだ。

 人気のあるジンベイザメやマンタは泳いでいないのに、なぜ人の注目を集めるのか。高さ9メートル、水深6.5メートル、底面積144平方メートルの中に、私たちが知らない、何らかの仕掛けが隠されているのかもしれない。その秘密を探るために、広報室長の高井純一さんに話を聞いた。聞き手は、ITmedia ビジネスオンラインの土肥義則。

●相模湾の一部を切り取って再現

土肥: いきなり個人的な話で恐縮なのですが、ドイ家では以前金魚を飼っていたんですよ。でも、夏休みに家を一週間ほど留守にして、帰ってきたら全滅していました。たぶん、水温が上昇したので、その環境に金魚は耐えることができなかったと思うのですが、水族館で働くプロの方でも「魚を飼育するのは難しいなあ」と感じることってあるのですか?

高井: ありますね。水槽の中で、魚をいいコンディションに保つって難しいんですよ。天窓から自然光を入れたり、水流をつけたり、適切な水温を保ったりしなればいけません。例えば、大水槽の近くに岩礁水槽がありますが、ここにワカメが生息していますよね。ワカメは冬によく伸びて、夏になると枯れたようになる。でもそれではいけません。一年中見応えのあるワカメを維持するのは難しいんですよね。そのために、先ほど申し上げたとおり、天窓から自然光を入れたり、水流をつけたり、適切な水温を保たなければいけません。

 次に、大水槽をご覧いただけますか。大水槽には90種類・2万匹の生物を見ることができるわけですが、多くの人は「たくさんイワシがいるね」とか「サメが泳いでいるね」といった感じで、魚に注目されるかもしれません。でも、岩場も見てほしいんです。

 相模湾の中を再現しているので岩場があって当然なのですが、そこを意識する人って少ないかもしれません。

土肥: 確かに。ワタクシも魚ばかり追いかけていて、岩場に目を向けませんでした。というよりも、「岩場があったのね」といった感じ。考えてみると、他の水族館でも魚ばかり追いかけていて、岩があるかどうかなんて気にしたことがないかも。

 えのすいの大水槽って他の水族館に比べて小さい。にもかかわらず、岩場を設けてしまうと、ますますスペースが狭くなりますよね。

高井: ご指摘のとおり、水量を減らしてしまいますし、魚の居場所は少なくなります。お金をかけてわざわざ人工的に岩場をつくって、水量を減らす……という水族館は当時、ほとんどなかったんですよね。でも、どうしても水槽の中に岩場をつくりたかった。なぜなら、私たちがこの水族館でやりたかったことは「相模湾の一部を切り取って、再現すること」だったからなんですよね。

 珍しい魚、世界に一匹しかいない生物を展示するのではなくて、相模湾にいる生物にこだわりました。相模湾にはそれほど大きな魚はいなくて、イワシの漁場なんです。だからこの水槽の主役はイワシなんですよね。

●イワシって食べられちゃう?

土肥: この大水槽に90種類の生物がいれば「この魚とこの魚は相性が悪い」といったことはないのですか?

高井: 基本的にはないですね。同じ水槽に入れる前に、きちんとシミュレーションはできていますので。飼育の担当者は「この魚はこういう性格をしている」「あの魚はこういう性格をしている」といった感じで、すべて把握していますので、水槽の中に入れて魚同士がケンカをすることはありません。

 ただ、例外があるんですよ。魚の性格は把握しているので、トラブルは生じないということは分かっているのですが、実際に水槽の中に入れてみると、相性が悪いことがあるんですよ。

土肥: どーいう意味ですか? 魚の性格を把握しているのでは?

高井: 同じ種類の魚でも、個体差があるんですよね。水槽の中に入れてみて、「うーん、ダメだ。この魚は気が強いので、他の魚を攻撃する」といったケースがあるんですよ。でも、この大水槽の中に一度入れてしまうと、その魚を取り出すことは難しいんです。

土肥: え、なぜですか? 気の強い魚を網ですくえばいいのでは?

高井: いやいや、それは難しい。網をもって、その魚をつかまえようとしても、だいたい逃げられる。当たり前の話ですが、水の中では魚の動きは速いですからね。また、その魚だけを狙って釣るのも難しい。

土肥: じゃあ、どうするのですか?

高井: あきらめますね。オープン当初、アジが多かったので、「少し減らそうと」と決めました。水槽の中に糸を垂らして釣ろうとしたのですが、ダメでした(苦笑)。水槽の中には90種類・2万匹の生物がいるので、アジを狙って釣るなんて……なかなかできません。

土肥: 大水槽には約8000匹のイワシがいるんですよね。同じ水槽にイワシよりも大きな魚がたくさんいますが、そうした魚に食べられたりしないのですか?

●満腹でもいけないし、腹ペコでもいけない

高井: 食べられることがあります。でも、食べられるシーンを見たことがある人ってほとんどいないのではないでしょうか。なぜか。イワシを攻撃しないように、そうした魚にきちんとエサをあげているんですよね。ただ、どのくらいの量をあげればいいのか、難しいんですよ。

 イワシは基本的に、群れて行動します。なぜ群れるのかというと、外敵から自分の身を守るためでもあるんですよね。でも、同じ水槽の中にいる外敵が常時お腹いっぱいだったらどうなるか。イワシを攻撃しようとしないので、イワシの泳ぎ方が変わってくるんですよ。イワシを食べるスズキの仲間とか大型のアジなどの様子を観察していると、「いまはお腹が一杯だから、イワシなんて興味ないよ」といった動きをしているんですよね。

 でも、そうした動きが続くとどうなるか。イワシも気が緩んだような行動をするんですよね。そうすると、リアリティに欠けてしまう。少しお腹をすかしたときがあって、イワシをチラチラと見て、近づいていく。そうすると、イワシの動きに変化がでてくる。

土肥: 「自分たちよりも大きな魚がいるぞ」「自分たちの群れの中に割り込んでくる敵がいるぞ」ということを認識することで、より本来の動きをするわけですね。確かに、そのほうがリアリティがあるので、見ているお客さんも喜ぶかも。

高井: 外敵の魚にどのくらいエサをあげればいいのかが、ポイントになるわけですね。満腹でもいけないし、腹ペコでもいけない。

 残念ながら、イワシが食べられることもあります。ただ、私たちにとってイワシは大切な“住民”なので、毎日他の魚のエサにならないように努力をしています。

●水温はイワシが快適に感じるように

土肥: 昼と夜で違う動きをする魚はいるのでしょうか?

高井: いますね。例えば、相模湾に生息するサメは昼にあまり泳ぎません。夜行性なので、夜のほうが活発に泳いでいますね。

土肥: 四季は関係しているのでしょうか? 夏はこの魚がよく動く……とか。

高井: 大水槽で四季を再現することは難しいですね。

土肥: ということは、年中同じ水温?

高井: はい。21~22度で管理しています。

土肥: なぜその温度なのですか?

高井: イワシたちにとって快適な温度なんですよね。だから21~22度にしています。

土肥: 「いやいや、オレは24度が快適なんだ」という魚もいるのですか?

高井: 相模湾にはたくさんの生物が生息しています。なぜか。北と南からやって来るからなんですよね。北からやって来る生物は低温が好き、南からやって来る生物は高温が好き、といった傾向があります。ただ、この大水槽の中にいる生物は21~22度を快適に感じるモノばかりですね。

 ただ、以前、シノノメサカタザメというエイの一種が生息していていました。この魚は南の出身なので、高温を好むんですよね。23度に設定するとコンディションがよくなるので、エサをよく食べてくれる。でも、23度はイワシにとって少し高い。イワシのコンディションのことを考えて、21~22度にすると、今度はシノノメサカタザメの動きがにぶくなる。水温は2度ほどの違いしかないのですが、シノノメサカタザメとイワシのコンディションを常に注意しながら、温度設定をこまめに変えていました。

 残念ながらシノノメサカタザメは亡くなってしまったので、現在はいません。ということで、いまはイワシが快適に感じる21~22度に設定しています。

●「汽車窓式」の水槽で展示

土肥: 水族館って、見せ方がどんどん変化していますよね。30~40年ほど前の話になるのですが、当時の水族館って大水槽はあまりなかったですよね。えのすいの前身・旧江の島水族館は1954年に完成したわけですが、戦前の水族館ってどんな感じだったのでしょうか?

高井: 水温を維持する装置がなかったので、一年中オープンするのが難しかったですね。春から秋までオープンして、冬はお休みするといった形で。また、水を循環させる装置もありませんでした。ただ、戦後技術が発達したことで、旧江の島水族館には水を循環させてろ過を行う装置を設置したり、加温冷却装置を備えることによって、温かい水や冷たい水に住む生き物を年中展示することができたんですよね。

土肥: 戦前の水族館は、家庭で置いてあるような水槽が多かったのですか?

高井: はい。置き水槽も並んでいました。メインはまた別で「汽車窓式」と呼ばれる水槽が並んでいました。汽車の窓のように埋込式の水槽が並んでいるといった感じですね。また、当時は金バケツがあまりなかったようで、バックヤードでは水がめや木桶を使っていました。

土肥: 旧江の島水族館にもいまのような大型の水槽はなかったわけですね。

高井: はい。ガラスを壁に埋め込んで水槽にしていました。その後、アクリルガラスの登場によって、大型の水槽がつくられていくようになりました。ただ、それでも3メートルくらいの大きさが限界でした。当初のアクリルガラスは3メートルが最大でしたので、3メートルごとに中継ぎの部分がありました。柱のようなものですね。

土肥: なるほど。

――水族館の中を歩いていると、ある水槽が見えてくる。

●世界初、シラスを展示

土肥: あっ、これはシラスじゃないですか?

高井: 以前からシラスを展示したかったんです。相模湾の名産でもあるので。

土肥: リニューアルオープンの際、8000匹のイワシが必要になった。そのとき、地元の漁師さんなどにお願いしてイワシを採ってもらい、それを譲ってもらったんですよね。イワシだけに限らず、さまざまな生物を地元の漁師さんから譲ってもらっている、という話を前回お聞きしましたが、シラスも同じように漁師さんからいただいたのですか?

高井: いえ、シラスって網を使ってつかまえるのですが、そのまま生かし続けるのが難しいんですよね。でも、地元の水族館としてはどうしてもシラスを展示したいという思いがありました。そこでどうしたか。親のカタクチイワシを大事に飼って、産卵させて、それをふ化させて、生まれてきたシラスを大事に育てて……やっと展示することができました。ちなみに、水族館でシラスを展示したのは世界で初めてです。

土肥: 漁師さんから譲ってもらうという形から「育てる」ということに、考え方をシフトしたわけですね。

高井: はい。じっくり研究することで、展示することに成功しました。

(終わり)

最終更新:10/5(水) 12:03

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