ここから本文です

京都府警の「犯罪予測システム」が使えない、これだけの理由

ITmedia ビジネスオンライン 10/6(木) 7:43配信

 米国のFBI(連邦捜査局)が9月26日、米犯罪率の統計を発表し、メディアで話題になっている。

【高価な犯罪予測システムは必要!?】

 2015年の米国内の犯罪をまとめたその統計によれば、米国では暴力的犯罪が2014年から4%近く増加したことが分かった。また殺人や過失致死も、前年から11%近く増えている。だが実のところ、米国は危険になっているわけではない。

 米国では、犯罪自体は1990年代のピーク時からかなり減少しており、現在、歴史的に低い状態にある。ただ2014年に暴力的犯罪が減少傾向にあったために、2015年は4%または11%増という数字になったが実情だ。事実、2015年の暴力的犯罪件数は、過去20年で3番目に低かった。米メディアに紹介されたある犯罪学専門家の言葉を借りれば、「20キロ以上体重が落ちた後で、数キロ体重が増えたとしても、それは太ったとは言わない」というのと同じだ。

 そんな米国では、何年も前から各地で警察が「犯罪予測システム」を導入しており、最近改めてそのシステムが注目されている。といっても、予測システムが米国の治安改善に貢献しているというようなポジティブな話ではなく、その効果が疑問視されているのである。

 実は日本でも、10月1日から京都府警が日本で初めて「犯罪予測システム」の運用を開始した。運用開始したばかりの京都府警には申し訳ないが、米国では今、犯罪予測システムそのものに批判的な見方が噴出している。

 京都府警のシステムは、「予測型犯罪防御システム」と呼ばれている。民間との共同で開発されたこのシステムは、2015年からの開発費が6500万円に及び、京都新聞によれば、「府警は10月から本格的に同システムの運用を始める。5年間の計画で、随時、実績を検証し、精度を向上させる。府の新年度当初予算案に運用費など5900万円を盛り込んだ」という。

 かなりの予算を使っているようだが、その費用対効果がどれほどなのかは、現時点では5年やってみてから判断しようということのようだ。このシステムは、過去10年に実際に発生した犯罪や、犯罪未遂の事案や不審者の情報などをデータ化して犯罪傾向を分析する。そして事件の発生日時や地域などを予測し、地図に表示するものだ。

●米国では批判の声も

 この取り組みについて著者に解説してくれたある警察幹部は「テクノロジーを使って、交番を中心とした警察、警ら活動などをどうやって効率化するかという取り組みが日本でもやっと始まった」と期待を寄せていた。「過去何年か分の犯罪の発生率を全部データに入れている。時間帯や天気なども入れて、ビッグデータ処理をする。雨だとあの犯罪は減る、という具合に。そうすると、他よりも発生率が高いといったことが分かるようになり、管轄内にホットスポット(犯罪多発地域)が出てくる」

 日本では始まったばかりということで注目され、かなり期待されているようだ。

 では米国ではどうか。現在、全米にある大規模な警察署のトップ50うち、分かっているだけで20の警察が犯罪予測システムを導入している。さらに150の警察当局が導入を検討しているという。大都市のニューヨークやシカゴ、ロサンゼルス、シアトル、ヒューストン、アトランタなどはすでに導入しており、過去の記録をデータベース化して、いつどこで犯罪が起きるのかを予測して地図で示すようになっている。京都府警は2015年にロサンゼルスに視察を行っており、米国のシステムを参考にしているようだ。

 米国では犯罪予測についてどんな批判が出ているのか。

 まず予測データベースで使われる情報の信頼性が指摘されている。警察の収集する犯罪データが、実際に起きているすべての犯罪を反映しているとは言えないからだ。警察は起きている犯罪のすべてを把握しているわけではなく、米国の犯罪学専門家の中には、警察のデータはあまり正確でないと指摘する声もある。米司法省による2006~2010年の調査で、暴力的犯罪の52%は警察に通報されていないことが判明している。また親族間など身内の窃盗事件では60%が、レイプや強盗、凶悪な暴行行為でも半数は通報されていないと言われる。

 また多くの犯罪者は犯行が見つからないように工作するものである。見つかっていない犯罪もかなりの数あると考えていい。そういう部分をシステムは識別や予測ができないだろうし、インプットされた過去の犯罪データで示される「犯罪地域」はかなり偏っている可能性があるのだ。

●起きるかどうか分からない犯罪を忠告される

 日本でも同じことが言えるかもしれない。警察がもっているデータは通報または警察に認知された犯罪のみになってしまう。通報されない犯罪は少なくないし、被害者も110番をするかしないかをいろいろな事情で躊躇(ちゅうちょ)したり、通報するほどでもないと考える場合もある。悪質ないじめといった傷害事案や暴行事件なども、死亡事件などになって初めて発覚する。つまり大事に至らないと日本では通報されないことも少なくない。

 例えば、横浜市神奈川区の病院で点滴を受けた入院患者2人が中毒死した連続殺人事件では、最初の死亡例は通報されなかったし、もしかしたらそれ以前にも同様の中毒死が見逃された可能性もある。当然のことながら、そうしたケースはデータに反映されないだろう。いくらデータベース化してアルゴリズムに頼っても、横浜のようなケースや、日本を震撼(しんかん)させるような散発的な凶悪犯罪は予測できないだろう。

 もっとも、京都府警の犯罪予測システムはそんな犯罪を「予知」するものではない。殺人事件などの予測をテーマにした映画『マイノリティ・リポート』のような世界とはかけ離れているのである。ひったくりや痴漢などが起きやすい場所や時間帯などを推測することなどが主な目的だからだ。

 米国では、こんな批判も出ている。米国には犯罪者や被害者といった「人」の予測すら行う警察もある。今米国で最も危険な都市のひとつだと言われるシカゴでは、犯罪を犯しそうな人や、犯罪の被害者になりそうな人を予測するシステムを導入している。前歴やギャングなどとの関係といった情報から割り出すようだが、当局者などが、実際にシステムでリストアップされた人たちの自宅を訪問して、名前がはじき出されたことを伝え、警告を与えたりするという。要するに、警察などから「近い将来、あなたは人を撃ち殺す可能性がある。監視してるからな」と、起きるかどうか分からない犯罪を忠告されるのである。

 米ランド研究所の研究者らは、このシカゴのシステムを研究してその有効性に疑問視する論文を発表し、最近大変な物議を醸している。米国でも民間企業と当局が手を組んで開発する場合が多い犯罪予測システムは、企業がその詳しいメカニズムを知的財産として明らかにしないために、予測メカニズムや妥当性などの徹底した研究が第三者的に行われていない。シカゴのシステムもしかりだ。

 米ディストリクト・オブ・コロンビア大学の法学部教授の研究では、導入の進む犯罪予測システムが「法的または政治的な説明責任をすっ飛ばしており、(大学や研究者などによる)学術的な詳細な調査からも逃げている」と指摘する。

●犯罪予測システム、日本で必要なのか

 また警察がシステムそのものをよく理解していないという例も見られる。カリフォルニア州フレズノでは、市議会で「忠告を受ける犯罪予備軍はどう判断されるのか」という質問をされた警察の担当者が「よく分からない」と答えたことで話題になった。民間企業がその企業秘密を開示しないためだという。

 ワシントン州ベリンガムでは、システムの詳細が分からないために、住民が高価な犯罪予測システムの導入に反対し、購入が見送られた(ベリンガムの警察は後に別のシステムを強引に導入している)。カリフォルニア州リッチモンドやメリーランド州ボルティモアなどは、犯罪予測システムはメカニズムが分かりにくく、費用対効果が期待できないとして導入を却下している。

 そもそも、こうした犯罪予測システムは日本のような「交番」文化がある国では必要ないのかもしれない。というのも、地域の警官らがホットスポットとされる場所はすでに把握していると考えられるからだ。犯罪予測に出てくるような過去に犯罪が何度か起きた地域や、起きそうな地域などはすでに交番が把握しているはずだ。ひったくりの多い場所は、交番のお巡りさんならすでに知っているはずである。

 海外でもこんな指摘がある。フランスの研究によれば、高価な犯罪予測システムを導入せずとも、警察署がもともと経験値などで把握している犯罪多発地域に警官を送ったり、配置したりすることで十分に同じ効果が得られると指摘している。高価なシステムを導入するまでもない、というのである。

●費用対効果に注目

 日本に限らずとも、例えば首脳などのVIPが訪問する際には警察当局が徹底して、犯罪シミュレーションを行っているし、大きなイベントがあれば所轄警察が犯罪予測もして警備などを行っているはずだ。ただ単に過去に警察が把握した事件をデータベース化するだけなら、おそらくすでにほとんどの警察が行っているだろう。少なくともいまさら6500万円プラス5900万円の予算をかけて予測システムを開発する必要はないかもしれない。

 もちろん、新しいシステムを導入していくという気概は大切だろう。また市民へのアピールという意味では、何もしないよりはいいのかもしれない。京都府警について言えば、今後この高価なシステムが「使える」モノかどうか、データベースがきっちりとその答えをはじき出してくれるはずだ。「予測型犯罪防御システム」の費用対効果に注目したい。

(山田敏弘)

最終更新:10/6(木) 7:43

ITmedia ビジネスオンライン