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映像技術の底力を見せつけたパナソニックとソニー、麻倉怜士のIFAリポート2016(前編)

ITmedia LifeStyle 10/6(木) 13:37配信

 毎年9月にベルリンで開催される家電&エレクトロニクスの祭典であるIFAが今年も盛大に開かれた。近年低調気味だったパナソニックとソニーという2大巨塔だが、今年はそれぞれの映像技術がキラリと光った。そんな2016年のIFAを取材した麻倉怜士氏が、会場の様子を2回にわたって大いに語る。

パナソニックの有機ELテレビコンセプト

――今年もベルリンから、全世界に向けた新製品のお便りが多数届く季節になりましたね

麻倉氏:私は2010年からIFA取材を始めており、今年で7年目になります。IFA取材の際には毎回メッセベルリンの専務理事であるハテッカーさんに話を伺っているのですが、今年はIFAの変化というお話が出ました。

――IFAの変化、ですか?

麻倉氏:IFAは元来クリスマス商戦に向けたドイツおけるメーカーと流通のミーティングポイントという性格の商談会ですが、近年はそれに加えて国際化が顕著になってきたということです。ドイツ国内の流通ショウから、メーカーも流通も世界を意識した物に変わってきたのです。

背景には民生機器のトレードショウとして世界一の座を争うCESへの対抗があります。あちらはこれまで「International Consumer Electronics Show」と呼称していたものが、今年から単にCESの三文字になりました。ラスベガスは随分と前から国際化していたのですが、その対抗からIFAも国際性を追求してきており、世界的に見てメーカー、バイヤー、そして新製品発表の場として欠かせない場所であるという意味でジャーナリストを世界から集め、重用なオケージョンに成長しました。

――CESの影響もあって「ドイツのIFA」から「世界のIFA」へ進化したということですね

麻倉氏:もう1つ、展示の打ち出し方が単なるトレードショウに留まらず「これからのトレンドを提示する」ことが重要になってきたということです。これまでも「TechWatch」という技術に特化した展示のコーナーや「IFA Summit」というこれからの動向を探るディスカッションイベントはあったのですが、今年は「IFA」で今の動向を、「TechWatch」で2~5年後の技術を、「IFA Summit」で10年後の展望を見通すという3本立ての構成となり「先10年を知るにはIFAに来てこれらのイベントに触れるのが一番」という方針を打ち出してきました。

 ハイテッカー氏は「基本的にはクリスマス商戦を睨んだトレードショウが中核です。ケーキに例えるとスポンジが商談でイチゴやホイップなどのデコレーションがトレンドセッター。どちらかが欠けてもケーキにならないように、IFAもどちらが欠けても成り立ちません」と話していました。

――なるほど、単なる大商談会を超えて、将来の技術を一堂に会することで今と未来を見渡そうという構成に変わってきたわけですね。グローバル化で規模が大きくなったからこその発展ですね

麻倉氏:このような状況に追随するように、ソニーなどもIFAを重要視してきており、近年ではCESではテレビの新技術を出して、オーディオの新製品はIFAで発表するというパターンが出来上がっています。IFAが追求する国際的なメーカーの動きとして、IFAというイベントを重視するところが増えました。日系としてもソニーとパナソニックが気を吐いているほか、今年はビジュアル的にシャープも復活を遂げたかのようなプレゼンを行いました。日系メーカーが全体的に数年前の停滞期からは一歩抜けだした、というのが私のオーバービューです。

――では具体的な内容に入りましょう。ズバリ、今年の最重要トレンドは何だったのでしょうか?

麻倉氏:分かりやすい最新技術を挙げるのは難しい今回のIFAですが、最大のポイントはやはり有機EL(OLED)ではないでしょうか。IFAでもCESでも、ここ数年OLEDは台風の目となっていますが、今年はいよいよ“OLED元年”ともいうべき本格的な製品化が始まりました。

――OLEDはパナソニックなどが海外展開をしており、日本でもLG製品が販売中ですよね? あえて今年を“OLED元年”と表現する理由は何でしょう

麻倉氏:それはOLEDの普及がポイントです。基本的にはLGディスプレイのパネルを使ったメーカーの話になりますが、これまでの革新的な少数メーカーから、多くのメーカー・ブランドがOLED対応を完了し、最早OLEDは特別なデバイスではないという勢いが今年のIFAでは見られました。

 とくに今回のOLEDにおける最重要ポイントはパナソニックでしょう。昨年に引き続き事業部長にインタビューする機会があったのですが、今年はかなり自信をつけてきた感じがしました。ヨーロッパにおいて評価が高まりつつあるというところがとても大きいのでしょう。

――先にも挙げた通りパナソニックは昨年の段階でOLEDを欧州市場へ投入しましたが、これの評価が良かったということでしょうか?

麻倉氏:そう単純ではなく、昨年欧米限定でOLEDを投入したのはあまりに下がった雑誌の評価を上げる隠し玉という意味合いがあったわけです。ご存知の通りパナソニックはプラズマテレビで極めて高い評価を得ていましたが、その後で液晶だとIPSのコントラスト問題からどうしてもクオリティー的に劣ってしまったわけです。対策としてパネルはIPSを採用しましたが、その後サムスンが「液晶テレビはVAが最高」というVAキャンペーンを展開した結果、コントラストが出ないというIPSの問題を各所から指摘されるようになってしまいました。

――IPSの画質的な排斥が端的に表れたのがUltra HD Premium認証ですね。あれはコントラスト基準がIPSでは物性的に極めて厳しく、実質VAモデル専用のような規格になっています

麻倉氏:ヨーロッパは雑誌の評価が売上に直結する文化があり、メディアのブランドイメージは極めて重要です。そのため「プラズマをやってきたパナソニックは自発光デバイスを重視している」というメッセージを大々的に打ち出すため、台数はとりあえずとして、自発光のモノを出す必要があったという訳です。それから1年経ち、OLEDと従来のIPSだけでなく、市場の評価が高いVA液晶もきっちり出すという地道なマーケティングを続けたことで、パナソニックブランドに対するプレスのイメージアップ効果がかなり出てきました。

――なるほど、いうなれば、かつての評価を取り戻して名誉挽回を達成したということですね

麻倉氏:第1世代OLEDパネルを搭載した昨年のモデルは初期目的を見事に達成したといえるでしょう。これからは第2世代パネルです。第1世代との違いは暗部階調で、第1世代の場合、ある値までの暗部階調は全部黒に引き込んでしまっていました。加えて全体的な平均輝度が低い場合は黒ノイズも出ており、さらにインピーダンスの問題で画面の左右両端に黒帯が出るという深刻な問題もありました。いずれも原因はパネルで、黒帯はインピーダンス、階調は制御の問題でしたが、第2世代はこれらが少しずつ改良されており、黒帯が無くなり、暗部階調やノイズに少しずつ良くなりました。

 昨年からの進化が実感できる展示として、目立たないところに比較デモがありました。1つはIPSとVAの液晶比較で、こちらもコントラストがなかなか違ったのですが、本命はやはりOLED、この冬に出る製品の暗部色がもう笑ってしまうくらい違いましたね。デモ映像の忍者屋敷のような場面で、第1世代モデルは暗部がほとんど真っ黒なのが、第2世代ではライトを当てたかと思わせるくらいに色が出てきています。それはもう誰が見ても違うと分かるレベルですよ。

麻倉氏:パナソニックは第1世代の時からこういった問題にしっかり手を入れていました。LGディスプレイのOLEDはまだまだクセのあるデバイスで、これをどう使いこなすかというところがポイントなのですが、パナソニックはこの点でノウハウを持っています。IFAで初めてOLEDを出したのは2014年のことですが、この時は制御に苦心したかいがあり、LGよりも画質が良く、LGの技術者が勉強のために大挙して押し寄せたということもありましたね。

 これはパナソニックが蓄積し続けてきた画作りの力で、今回もやはり「自発光のプラズマをやっていたパナソニックだから、暗部階調の重要性はとても良く知っている。なのでウチのOLEDはどことも異なる高品質な画が出るよ」というメッセージを強く訴えていました。確かに1990年代後半から2000年代初頭のプラズマテレビは、お世辞にもいい画とはいえませんでしたね。そもそもの解像度がSDや720pだったこともさることながら、やはり暗部階調がとても問題でした。

 プラズマは基本的に放電によって光をONかOFFにするという0か1の世界で、それをデジタルでどう制御し、階調を作るかが画作りの基本です。また、予備発光の“種火”が大きければ放電による発光効率も上がるのですが、これは常に光が出ている状態となって“黒が浮く”という問題をはらんでいます。逆に種火を弱くするとそもそも放電しないため、種火は常にパワーを上げつつも黒浮きを抑えるという、相反する要素を両立する必要がありました。

 こういった山積みの問題を1つずつ解決していったのがパナソニックとパイオニアのテレビ開発で、こうした過去の研究資産や人的リソースが、OLEDの時代になってついに日の目を見たのです。実は発表資料的には昨年とあまり変わっておらず、提示される図もだいたい同じものでしたが、先述の通り出てくるパフォーマンスは天と地の差がありました。

 現時点ではおそらく、LGの画作りレベルよりもパナソニックははるかに上を行っていますね。ですがLGのOLED連合としては、自陣営を盛り上げるという意味でパナソニックのパフォーマンスは歓迎することなのです。

――長年リーディングカンパニーであり続けたのは伊達ではないという事ですね。技術はもちろんのことながら、それを使いこなす感性がパナソニックのOLEDには宿っているようです

麻倉氏:プレスカンファレンスでは「商品発表ではなく技術展示。モノが出てくるのはこの冬」というアナウンスがありました。おそらくCESで新製品発表を行い、2017年になれば日本でもパナソニックOLEDが見られるでしょう。

麻倉氏:OLEDは機能性に関しても面白いですよ。テレビサイズで極めて高画質ということもさることながら、自由自在に曲げられたり、壁紙にできるほど薄いものができたりなど、高機能で多用途に耐えうる点もプレゼンされていました。LGのお膝元である韓国では、例えば仁川国際空港では天井に曲面サイネージが張り巡らされているなど、高機能性をB2Bサイネージで活用する例が増えています。

 OLEDの特長として“軽い”という点が挙げられますが、この特徴から例えば大型の持ち運びテレビなどが考えられます。インタビューで聞いた話ですが、これまでのあまり大きくないテレビは引っ越しが楽で、つまりテレビを買い替えた際にリビングルームにあった物を寝室へ持っていこうという使い方が良くありました。ところが現代の大画面液晶は重いため、そう簡単には持ち運べませんね。それがOLEDならば、自分がいる場所へテレビを持ち運ぶというスタイルを取ることができるのです。

 もう1つ面白かったのがキッチンでの採用例です。戸棚のガラスに仕込んでテレビとガラス戸の両方の機能を持たせたり、ワインセラーのガラス戸に仕込んで酒の情報を表示したり、あるいはダイニングの窓に仕込んで、料理やレシピの説明をシェフがしたりというデモ展示がありました。これも薄くて軽い自発光デバイスならではの使い方でしょう。

 パナソニックは住宅事業のパナホームも抱えているため、いかにして機能的なOLEDを家庭へ入れるかという実験が進められる環境にあります。同時にB2Bへの応用も力を入れており、こういったシチュエーションの中でどのような使い方ができるかという発想も考えやすいのです。

――棚のガラス戸や窓がそのままテレビモニターになれば、テレビの置き方が根本から変わりますね

麻倉氏:度々話している大画面の反オブジェ性を解決するために、巻き上げスクリーンにするという事も可能でしょう。パナソニックにとってのOLEDは、これまでテレビに関して困っていた事を解決する夢の技術なのです。

 パナソニックは2018年に、松下電器産業時代から数えて創業100年を迎えます。さらに2020年にはオリンピックも控えており、公式スポンサーとしていよいよ本格的にOLEDを立ち上げることが期待されます。ソニーとの協業のジャパンOLEDでは印刷方式をやっているため、あるいはひょっとすると、大型も国産パネル生産などという可能性もあるでしょうか。

――うーん、LGパネルが安定している現状であえて供給元を切り替えるには、ジャパンOLEDで相当な技術革新が求められそうですが……

麻倉氏:それほど夢想的な話でもないですよ。というのも、パナソニックは2013年の段階で既に第6世代のマザーガラスを55型6枚取りで生産することに成功しています。加えて最近の日本メーカーには、不況の影響で一度手放した事業をもう一度育て直すという流れが見られます。そういう意味で一度諦めたパナソニックの印刷型OLEDに、もう一度日が当たるかと期待したいところです。

――映像分野はOLEDでパナソニックがリードをしているようですが、他社の動向はどうでしょうか?

麻倉氏:では、次にHDR(ハイダイナミックレンジ)関連の話をしましょう。映像の深みを新次元に導くHDR技術は、今やテレビ業界を覆うビッグトレンドの1つで、各社各様に対応していますが、近年の動きとしてはLGではDolby Vision(ドルビービジョン)という大きな流れが見られます。中国メーカーもドルビービジョンを採用する流れがあり、日系とサムスンは今のところ未採用です。

 LGブースでは、ASTRAとBBCが作ったHLG(ハイブリッドログガンマ)テスト映像をはじめ、Ultra HD Blu-ray Discや一部OTTなどで採用されている“最も一般的なHDR”と説明されていたHDR10、“最も良いHDR”という説明のドルビービジョンという、現行全てのHDR規格が集結していました。HDRの一斉比較ができたという意味でLGブースは貴重ですね。

 復習になりますが、HDR10はその名の通りダイナミックレンジが10bitなのに対して、ドルビービジョン12bitです。さらにメタデータはHDR10がコンテンツごとでの設定で、ドルビービジョンではより細かくフレームごとにあるという違いがあります。ドルビービジョンのダイナミックメタデータは平均値を超えたところに値があっても対応できるため、ディレクターズインテンションに即した忠実な画を見ることが可能なのです。

麻倉氏:このように規格としては三者三様の特徴を持ったHDRですが、技術的に先鋭的なのは、やはりソニーの「バックライトマスタードライブ」でしょう。今年のCESで展示され、今回のIFAで製品化が発表されました。日本国内でも「Z9Dシリーズ」として10月末から販売が始まります。

――新年早々に飛び出した4000nitsの衝撃は計り知れないものがありましたね。数字的にも画質的にも、他のテレビを完全に周回遅れ状態にしていました

麻倉氏:CESの展示は実にインプレッシブなもので、これまで液晶テレビは1000nits程度の明るさだったものが4000nitsを獲得することになり、圧倒的明るさを得た映像の全く異なる発色と雰囲気に驚かされました。最も、この時多くの人は「あの展示はあくまで技術コンセプトであって、商品化は相当先だろう」と思っていた訳ですが。

――そういえばソニーは2012年に全画素をLEDで構成する「Crystal LED Display」も「そう遠くないうちに製品化」として展示していました。今年の5月に「CLEDIS」としてB2Bユースでは出てきたものの、残念ながら民生品は未だに続報が聞こえてきませんね……

麻倉氏:ところがこのバックライトマスタードライブは異なり、出てきたのはなんと半年後です。というのも、実は商品かも含めて2年前くらいから準備しており、CESの展示はいわば市販化前提のものだったのです。

 ソニーは2009年に発売された「XR1シリーズ」で黒を沈めて出た余剰電力で白の出力を伸ばす擬似HDR“”ともいうべきバックライト制御を行いました。当時は3原色バックライトというぜいたくなものでしたが、テレビ事業の赤字がかさんでしばらくはコストダウンでエッジライトに集約します。その2年後にバックライト制御はカムバックを果たすのです。「液晶における画質開発の根本はバックライトにあり」バックライト制御を究極まで突き詰めると映像はどこまで革新できるか。加えてバックライト制御に応じた液晶の階調作りも考えられます。

 バックライトマスタードライブは、画質における液晶の極致を3年間に渡って追及した結果です。LED数や分割数をどれだけ増やすか、どのように制御するか、どのように組み込むか、あるいは横に漏れる迷光を光学系でどう防ぎ光を真っ直ぐ出すか。このような開発の集大成が4000nitsという輝度でした。

 なぜ4000nitsかというと、ドルビービジョンで提案されたマスターモニター「パルサー」の4000nitsをにらんだからです。ドルビー自体は10000nitsを提案していますが、流石にそこまでは作れないということでパルサーは4000nitsに収まっています。今回のソニーは数字を公表していませんが、明るさは以前の4000nitsほどではなく、分割数もおそらく65インチと75インチでは1000~3000nits、100インチで4000nits以上かと想像されます。

 肝心の映像はというと、同じソースでもバックライトマスタードライブで見れば「ここまでの階調が入っていたのか」と思うくらい、黒から白までの階調のリニアリティーがとても良いですね。黒がきっちりと沈んでいるだけではなく、きれいな階調が特長です。驚いたのが、私がリファレンスに用いている「君に読む物語」の冒頭で、元データのbit数不足による階調の段差、つまりバンディングが他の液晶テレビと比べてかなり少ないことです。8bitソースなのでバンディングは元からありますが、階調がリニアに出ないとそれが強調されてギクシャクした画になってしまいます。階調を滑らかにするスムーズグラデーション処理をかけると、バンディングは減る代わりに細部が潰れてしまうのですが、バックライトマスタードライブは変に強調されることなく素直に情報が出ている感じですね。

――信号処理も確かな技術と創意工夫の結果ですが、やはり物理特性の高さに由来する素性の良さは裏切らないというところですね。後編ではソニーブースのオーバービューをはじめとした各社の話題を中心にお届けします

●麻倉怜士氏プロフィール

1950年生まれ。1973年横浜市立大学卒業。日本経済新聞社、プレジデント社(雑誌「プレジデント」副編集長、雑誌「ノートブックパソコン研究」編集長)を経て、1991年にデジタルメディア評論家として独立。現在は評論のほかに、映像・ディスプレイ関係者がホットな情報を交わす「日本画質学会」にて副会長を任され、さらに津田塾大学と早稲田大学エクステンションセンターの講師(音楽史、音楽理論)まで務めるという“4足のワラジ”生活の中、音楽、オーディオ、ビジュアル、メディアの本質を追求しながら、精力的に活動している。

●天野透氏(聞き手、筆者)プロフィール

神戸出身の若手ライター。「デジタル閻魔帳」を連載開始以来愛読し続けた結果、遂には麻倉怜士氏の弟子になった。得意ジャンルはオーディオ・ビジュアルにかかる技術と文化の融合。「高度な社会に物語は不可欠である」という信念のもと、技術面と文化面の双方から考察を試みる。何事も徹底的に味わい尽くしたい、凝り性な人間。

最終更新:10/6(木) 13:37

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