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シベリア鉄道の北海道上陸に立ちはだかる根本的な問題

ITmedia ビジネスオンライン 10/7(金) 7:27配信

 10月3日に産経新聞が報じたシベリア鉄道の北海道延伸に関する記事が、主に鉄道ファンや北方領土に関心を持つ人々の間で話題になっているようだ。

【将来、ベーリング海峡トンネルが開通すると……】

 実は、この構想は5年前の2011年12月にロシアのプーチン大統領がテレビ番組で表明している。毎年恒例の「国民との対話」をテーマとした番組だそうで、「樺太(サハリン)島とロシア本土を鉄橋で、樺太島と日本をトンネルで結ぶ」「日本側とこの件について討議している」と語った。しかし日本の外交筋は否定したという。

 ところが、当時の小泉純一郎内閣の首席総理補佐官を務めた飯島勲氏は2012年の著書で「この計画を進めて日本の経済を変えたい」と記している。正式ルートには乗っていないけれども、政府側もこの計画については認知し、検討していたことを匂わせる。当時、プーチン大統領の政治手腕に否定的な報道も多く、政権が危ういとウワサされていた。私も「プーチンはきっと、景気の良い話をしたかったんだ」と思った。

 それから5年。今回は北方領土返還について進展がありそうだという報道もあり、シベリア鉄道の北海道延伸は、それを念頭に置いた経済協力の1つになったという。産経新聞の記事では日本側も対応する様子だ。日本の鉄道技術の輸出にもつながり、日本側のメリットもありそうだ。

●カネと時間があれば不可能ではない

 この話で鉄道ファンが食いつくポイントは2つある。

 1つは軌間(レールの間隔)の違いだ。シベリア鉄道、正確には第2シベリア鉄道と呼ばれるバイカル・アムール鉄道(バム鉄道)を樺太経由で北海道に延伸したとしても、軌間が異なる。ロシアの鉄道の軌間は1520ミリメートルという特殊な規格だ。これはヨーロッパ諸国からの侵略を防ぐためという説もある。一方、日本の在来線は1067ミリメートル、新幹線は国際標準の1435ミリメートルだ。シベリア鉄道の北海道上陸地点を宗谷岬と仮定して、そこまで日本の規格の線路を延伸しても、車両は直通できない。

 2つ目は、ロシアの鉄道が日本に到達したとき、日本側の線路そのものがないかもしれない。最近報じられているように、JR北海道は過疎路線の廃止を検討している。宗谷本線の名寄~稚内間は鉄道輸送密度が500人/日だ。JR北海道としては廃止を前提として沿線自治体と協議する方針のようだ。つまり、ロシアが頑張って、いや日本政府も協力して、シベリア鉄道が北海道まで延伸しても、上陸地点に日本の鉄道はない。

 ロシアの鉄道貨物を北海道内で陸揚げしたとして、そこからトラック輸送では本州まで運べないし、宗谷岬で日本国内航路の貨物船に積み替えるくらいなら、既存の海上ルート、ウラジオストク港で日本向けの船に積んだほうがいい。

 しかし、2つの問題は技術的に不可能ではない。カネと時間をかければ解決できる。

 軌間については日ロのどちらかに合わせる必要はない。どちらの貨車もISO国際コンテナ規格に対応しているから、接続駅にガントリークレーンを設置して積み替えればいい。あるいは貨車をつり上げて台車をごっそり外して交換する方法もある。奇抜な方法だけど、ロシア~中国、中国~ベトナム、ロシア~EU国境などでは日常茶飯事だ。

 さらに奇抜な方法として、フリーゲージ貨車を開発したっていい。九州新幹線長崎ルートでは手こずっているけれど、こちらは動力なしの貨車である。2つの海峡のトンネルと鉄橋を整えるまでは実現できると思う。

 日本側接続路線の問題は、JR北海道に対して国が積極的に関与し、宗谷本線を維持、稚内~宗谷岬間を延伸して対応しよう。対ロ経済政策の一環として国内路線を維持するわけだから、JR北海道も異論はないだろう。どうしてもJR北海道が手放したいなら、宗谷本線を国営路線に戻すまでのこと。

 夢を上塗りさせてもらうなら、北海道新幹線を宗谷岬へ延伸し、貨物新幹線を実現させて、ISOコンテナを仙台、大宮まで運び、そこからトラックや在来線貨物列車に積み替えたい。そこまで実施して高速化すれば、日本海航路に対して優位に立てる。さらに夢を厚塗りするなら、日韓トンネルで韓国ともレールをつなぐ。韓国はウラジオストク経由のシベリア鉄道貨物輸送のお得意さまだ。それを日本の鉄道経由へごっそりいただこう。

●日本が活用するシベリア鉄道コンテナ輸送

 シベリア鉄道は鉄道ファンにとって憧れの大陸横断鉄道だ。しかし日本の産業界は貨物輸送で注目している。

 シベリア鉄道のコンテナ貨物輸送は1970年代から日本の主導で始まっている。当時のソ連は外貨獲得のために、スエズ運河経由より安い運賃を設定したため、「シベリア・ランドブリッジ」と呼ばれて人気だったという。一時はソ連の崩壊で中断したものの、ロシアの景気回復によって、ロシア国内の市場が注目され、シベリア・ランドブリッジが再活性化された。特にロシアの中核都市であるサンクトペテルブルクは日本の自動車産業が相次いで進出した。

 2006年にトヨタ自動車が名古屋~サンクトペテルブルク間で部品輸送の実験を実施した。このときは名古屋~ナホトカを航路、ナホトカからはシベリア鉄道を経由している。

 2008年にはマツダがシベリア鉄道を使った完成車輸送を始めた。マツダの広島工場と防府工場で組み立てた完成車をウラジオストク近郊のザルビノまで海上輸送し、ウラジオストクからシベリア鉄道でロシアへ運ぶ。閉鎖型コンテナを使った30両編成の特別列車だ。所要時間は10日間で旅客列車とほぼ同じだ。

 ウラジオストクも日本の自動車産業が進出しており、トヨタ自動車は2013年から「ランドクルーザー・プラド」の生産を開始。シベリア鉄道を使ってロシア各地に輸送している。日本にとってシベリア鉄道ルートの重要性は増しており、2008年に日本とロシア両政府はシベリア鉄道9300キロメートルについて、日本の資金を投下して近代化を支援することで合意している。

 シベリア鉄道のライバルは中国大陸ルートだ。2011年に重慶とドイツのルール工業地帯デュイスブルクを16日間で結ぶ貨物列車を皮切りに、中国各地と欧州を結ぶ大陸横断貨物列車が走っている。積荷はヒューレット・パッカード(HP)やエイサーのPCなどハイテクノロジー製品。自動車も多く、BMWはドイツから中国へエンジンを運ぶ。BMW瀋陽で完成車を組み立て、ドイツへ送り返す。中国ではフォード、スズキ、いすゞも自動車を生産し、鉄道貨物でヨーロッパへ輸送している。ミシュランも中国でタイヤを製造している。このほか、クリスマスシーズンは玩具なども積み込まれるという。定期便があるとなれば荷主は次々に現れる。

●ベーリング海峡トンネル計画もある

 驚くべきことに、2007年にロシア政府が、シベリアとアラスカを結ぶ世界最長の海底トンネルの構想を発表し、実現に向けて米国、カナダへ働きかけている。ベーリング海峡を横断するトンネルの長さは実に100キロメートルを超える。貨物輸送量は年間1億トン。実現に向けた国際会議も開かれているという。

 ロシア側はかなり本気で、2011年にロシア政府はこの計画を承認している。日本や韓国のゼネコンにも声が掛かっているようだ。2013年にはウラジオストクの西、北朝鮮国境に近いハサンと、北朝鮮の羅津を結ぶ約54キロメートルの鉄道路線が開通した。ソ連時代の南下政策の如く、ロシアは鉄道網を拡大しつつある。

 極東からEU、中東への輸送ルートとしては、船便、中国大陸鉄道ルート経由(CLB:China Land Bridge)、シベリア鉄道(TSR)経由がある。日本から欧州へは海運で40日、CLB、TSRルートで10日~15日。中国ルートは複数の国にまたがるけれど、シベリア鉄道はロシア一国の管轄だから改良しやすい。近代化と高速化を実現すれば、数日から4日程度に短縮できるとも言われている。

 ベーリング海峡トンネルを推進するロシア政府にとって、シベリア鉄道の北海道延伸は壮大な計画のうちの1つだ。目論見としてはCLBルートに対抗する輸送経路を第一として、米国から欧州までを鉄道で結び、シベリアで生産するエネルギー資源を世界市場へ販売するという野望もある。世界規模の鉄道輸送がロシア一国の主導にならないように、日本はじめ世界各国は適度に関与する必要がある。そして日本は、世界が鉄道で結ばれたときに蚊帳の外になっては困る。だから樺太~宗谷岬間の鉄道トンネルも無視できない。

●世界にとって鉄道は「陸の船」

 日本の鉄道貨物は国際コンテナ規格に立ち後れ、運行ダイヤも旅客列車に遠慮しているために速度や輸送量で実力を発揮できない。長距離トラック輸送がドライバー不足で悩んでおり、荷主が鉄道貨物輸送に注目している好機だけど、実はダイヤや貨物駅の容量の問題で受け入れしにくい状態という。JR北海道にしても、国内農産物輸送に必要な線路を手放そうとしている。JR貨物自身も不採算路線をトラック輸送に切り替えた。積み卸し所を「オフレールステーション」とカッコ良く名付けているけれど、要するにトラック配送センターだ。日本では鉄道会社が鉄道を見限っているという現状だ。

 海外で鉄道貨物輸送が重視されていながら、日本は鉄道貨物が盛り上がらない。その理由を突き詰めると「鉄道」の存在意義が、日本と外国ではまったく違うことに気付く。大陸に存在する諸国にとって、鉄道は道路ではなく線路でもない。「航路」なのだ。列車は大陸を進む船である。そう考えると、腑に落ちるところは多い。

 沿岸地域は大型貨物船で輸送できる。しかし、アメリカ大陸やユーラシア大陸の内陸にある大都市、冬場に港が使えないロシアの多くの都市にとって、船は使えない。そこで鉄道が代替手段になっている。だから米国では大型コンテナを重ねた「ダブルスタック」というコンテナ列車や、全長2キロメートルにもなる長編成の貨物列車が走る。ロシアも中国も貨物列車は長い。

 欧州では、線路を2本並べても上り線と下り線を分けた複線にせず、2本の線路とも双方向に使える方式を使う路線がある。これも線路というより航路に近い考え方だ。列車は常に空いている線路を進んでいく。アジア諸国では日本のようにダイヤをきっちりと定めず、閉塞システムだけ用意して列車の運行は臨機応変、到着駅のホームがすべて列車でふさがっていると、他の列車が動いてホームを空けるまで、駅の手前で待たされる、という運行もあるらしい。駅を港のように使っているわけだ。

 運行時刻の正確さに鈍感だったり、日本のようにATS(自動列車停止装置)やATC(自動列車制御装置)などをきっちり整備しないという習慣は、鉄道を船として扱っているからではないか。

●北海道上陸はまさに“黒船”

 日本の鉄道はどうだろうか。ほとんどの大都市は沿岸にあり、大量輸送は船でまかなえる。そうなると鉄道のメリットは「船より速く」とスピード重視に傾倒する。スピードの需要は貨物より旅客のほうが大きいから、鉄道は旅客列車を優先し、速度を重視する。速度を維持するために定時運行にこだわる。その究極の形が新幹線だ。東海道新幹線の誕生に欧米が驚いた理由は、「鉄道に物量ではなく速度を求める」という発想そのものが斬新だったからではないか。

 しかし、欧米は新幹線によって高速鉄道の可能性に気付いた。大量輸送も重要だが速度も必要。速度を上げるために定時性が重要。世界の鉄道は新たな段階に入った。

 日本はどうか。そもそも大量輸送という概念が欠落していた。国鉄型コンテナは小口輸送に根ざした12フィート形が普及して今に至る。これが大量輸送から乗り遅れる理由となった。ISOコンテナや国内10トントラック相当の31フィートコンテナの対応は始まったばかりだ。

 ロシアの線路と接続すれば、日本の鉄道関係者は、大陸の鉄道が持つ大量輸送という役割を実感するだろう。ISOコンテナを標準とした施設の見直し、新幹線貨物輸送の実現、オフレールステーションの鉄道への復帰もあるかもしれない。鉄道貨物の重要性が認識されると、今まで旅客列車だけで赤字だった路線にも貨物列車が走り始める。そのときにようやく「ローカル線を残して良かった」「廃止して後悔した」という声が上がるはずだ。

 日本国内では改軌も鉄道貨物モーダルシフトも進まないけれど、日本は外圧を受けた改革は得意だ。北からの「黒船」に飲み込まれないように、国は物流政策に確固たる信念とリーダーシップを発揮してほしい。

(杉山淳一)

最終更新:10/7(金) 7:27

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