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明王院の大日如来像 実は弥勒菩薩 福山市教委、名称を変更

山陽新聞デジタル 10/6(木) 8:39配信

 福山市草戸町の明王院にある国宝・五重塔の本尊で市重要文化財に指定されている「木造大日如来坐像(ざぞう)」が、最新の調査で弥勒菩薩(みろくぼさつ)像であることが分かった。市教委は5日開いた市教育委員会会議で「木造弥勒菩薩坐像」に名称変更し、約10年間にわたって関係者の関心を集めた謎にピリオドが打たれた。

 仏像は高さ52・5センチ。五重塔が建立された南北朝時代の1348年と同時期に作られたとされる。1993年に不動明王、愛染明王の2体の脇侍とともに「木造大日如来坐像及び両脇侍(不動明王・愛染明王)坐像」の名称で市重要文化財に指定された。

 しかし、2005年に広島大の研究者が、独自調査で仏像が大日如来ではなく弥勒菩薩である可能性を指摘。これを受け、明王院や地元の市民グループから市教委に調査を求める声が上がっていた。

 今年8月、市文化財保護審議会が再調査を実施した結果、仏像の手のひらに直径約1・5センチの穴があるのを発見。そこに弥勒菩薩が持つ宝塔が置かれていた可能性が高いことが分かった。また、五重塔の屋根の伏鉢と呼ばれる部分に「弥勒菩薩と縁を結ぶために建立された」という趣旨の文言が刻まれていることや、像を囲む四本の柱に描かれた36の仏の中に大日如来が描かれており、仏像が弥勒菩薩であれば「金剛界三十七尊」がそろうこと―などが根拠となり、弥勒菩薩であると結論づけた。

 市教委文化財課によると、大日如来として指定された詳しい経緯は不明だが、両手の指を組み合わせた「印相」が判断基準になったとみられるという。明王院院家の片山弘雄さん(62)も「いつごろから大日如来とされたのかは分からないが、記録から昭和30年ごろにはそう呼ばれていたようだ」と話す。

 今回の変更を受けて、文化財課は「名称変更で文化財としての価値が損なわれることはないが、市民にしっかり周知していきたい」とする。片山さんも「仏像を巡る論争に決着がついて一安心。看板やパンフレットなどできるところから直していきたい」と話している。

最終更新:10/6(木) 8:39

山陽新聞デジタル

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