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食料自給率は江戸時代の概念

ニュースソクラ 10/6(木) 16:00配信

1国だけ孤立した食料調達はありえない

 昨年度の食料自給率が農林水産省から発表された。カロリーベースで39%。コメが大凶作になった93年度の37%を除けば、史上最低水準だ。しかし、6年連続で同じ数字ということもあり、マスコミの反応は鈍かった。

 カロリーベース自給率は「国民に供給されたカロリー」に占める国産の割合。金額ベースの自給率もあり、こちらは国内消費額に対する国内生産額の比率。後者は66%で前年比2ポイント上昇だが、10年前よりは2ポイントの低下だ。

 カロリーベースは日本の農林水産業の「国民の腹を満たす力」、金額ベースは「稼ぐ力」と言い換えうるが、そう単純でもない。例えば、畜産品(肉、卵、乳製品など)はカロリーベースで64%が国産だが、家畜が食う餌のうち国産は27%に過ぎないので、64%×27%=17%として計算し、自給率に反映される。

 ここが突っ込みどころだ。「なるほど餌はわかった。では、農機具や温室、漁船の燃料は? 農薬や肥料の原料は? どれも大半が輸入でしょ」と言いたくなる。ちなみに野菜の自給率は8割だが、その種子は9割が輸入。鶏卵は9割以上が国産だが、種鶏(卵を産む鶏の親鳥)も9割以上が輸入とされる(なぜ、それらが輸入されるか書くと長くなるので、ここでは省略する)。だが、燃料や種子などの海外依存は自給率には反映されていない。

 要するに、経済が産業連関で成り立っている以上、江戸時代のように鎖国でもしない限り「自給」という概念にあまり意味はないということだ。

 それを気にしたわけでもないのだろうが、農水省は昨年から「食料自給力」という指標も発表するようになった。こちらは農地面積や農業者の数を基に計算した日本の農林水産業の「潜在生産力」を指す。4通りの試算を示したが「国内の農地をすべてイモ畑にすれば、食料輸入が途絶えても最低限のカロリーを確保できる」といったオトギ話だ。

 水はけの悪い田んぼも含め、日本中でせっせとイモを植える様子を想像すると苦笑してしまう。食料が一切輸入できない状況になったら、その時は原油も輸入できなくなっている可能性が高い。トラクターも動かせなければ、収穫したイモを消費地に運ぶこともできないだろう。

 その憂き目にあったのがソ連崩壊後のキューバだ。キューバは鉱物資源や工業製品を旧ソ連から買い、砂糖やたばこ(葉巻)を売るバーター貿易で経済を支えていた。それが不可能になったキューバ政府は、国民に手近な土地を耕して食料を「自給」するよう指示した。

 ハバナなどの都会でも家々の庭先に作物が植えられ、公園の花壇や道路のグリーンベルトは畑になった。農薬や化学肥料も手に入らないので、キューバは都市農業と有機農業の「大国」になった。

 ついでに言えば、近代で日本人が最も飢えたのは、第2次世界大戦末期から敗戦直後にかけてだろう。それまで日本は朝鮮半島や台湾、満州(中国東北部)、インドシナ半島などからコメを「移入」していたが、米軍の徹底した通商破壊でそれができなくなった。そのころ食料自給率という指標があったかどうか知らないが、計算したら恐らく100%近かっただろう。「自給できていた」からではなく「輸入できなかった」からだ。

 こんな例もある。カリブ海に浮かぶ島国ハイチでは、国際通貨基金(IMF)の勧告を受けて95年にコメ関税を35%から3%に削減した。その結果、米国から安い(実際は補助金でダンピングされた)コメが流入し、国内農業が崩壊。07、08年に穀物の国際価格が高騰した際、飢えたハイチ国民は暴動を起こした。泥で増量したクッキーを食う人々の映像が世界に波紋を広げた。

 食料危機が農業を強くしたキューバと国民が飢餓に陥ったハイチ。もたらした結果は違うが、危機は貧しい国にしか起こらないという点では本質は同じだ。自給率の低い国ではなく、購買力のない国が飢えるのだ。

 話を日本に戻そう。日本政府はカロリー自給率を25年度までに45%に上げる目標を掲げている。それが「食料安全保障」のための最低線という理屈だ。

 本当にそれが問題なのか。食料安保は「フード・セキュリティー」の訳語だが、WFP(国連世界食糧計画)やFAO(国連食糧農業機関)は、この言葉を先進国には使わない。
あくまでもハイチのような国、最近なら南スーダンやシリアといった地域の問題だ。日本のようにカネの力で食料を買える平和で豊かな国が「フード・セキュリティー」を心配していると聞いたら、笑われるだろう。

 では、日本が目指すべき道は何か。一番大事なのは、平和な世界を築くこと。特定の国に依存せず、多くの国々と仲良くすること。そして、低開発地域の飢餓や貧困、経済格差の解消に尽力し、人々の経済的自立を助けること――と筆者は考える。言い換えれば「人間の安全保障」の追求である。

 国内生産の強化も不要だとは言わない。「足りなくなったら買えばいい」という発想は、世界のフード・セキュリティーを脅かすからだ。93年の大凶作で日本が世界から250万トン以上のコメを買いあさった時、その影響で米の国際相場は高騰し、安いタイ米に依存する途上国にしわ寄せがいったとされる。

 そんなことにならないよう、国内の農林水産業を大切にしたい。その前提として、世界の厳しい現実に国民は目を向けねばならない。しかし、それは「仮想現実」に過ぎない自給率の変動に一喜一憂するのとは、全く別のことだろう。

綿本 裕樹 (農業ジャーナリスト)

最終更新:10/6(木) 16:00

ニュースソクラ

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。