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80年広島V戦士 萩原康弘の記憶

東スポWeb 10/7(金) 10:02配信

【越智正典「ネット裏」】土曜日からCSである。セでは広島が、この次のファイナルステージに、巨人が来るか、DeNAが来るか、待ち構えている。JR山手線目白駅近くの四輪馬車ビル、3F「CAFE HAGI」に、巨人、広島(1976→82年)、ヤクルトの萩原康弘を訪ねた。47年11月17日、横浜子安生まれ。ハマッ子らしくさっぱり男である。

 目白は学習院、川村学園…静かな町だが「HAGI」ではおっとりしている人たちがお茶をしている。飲みものは全500円。チョコレート、ケーキ…食べもの持ち込み自由、二杯目からはフリー。すると彼はチーズ、煎餠雪の宿をスイと添えて行く。カウンターで私もお茶。ひょいと見るとカープ優勝(レギュラーシーズン)の号外が。となりにカープの地元中国新聞社の封筒。わざわざ送ってくれたのだ。これだけでも彼の広島での奮闘がわかる。

「カープ女子も来てくれるんです。ネールは黒田、黒田黒田…。彼女たちから情報を貰いました。どんな練習をしているか、わかりました。広島の優勝は練習の勝利です」

「凄い町でした。試合が終わってからはずれで飲んでいてもお客さんにひっぱたかれました。“飲んでるヒマがあったら練習せい”」。そこで彼は仲がよかった江夏豊(阪神、南海、広島、日本ハム、西武)と、よくシュークリームを食べていた。「居残り練習をして市民球場から三篠町の合宿所に帰るとき、タクシーに乗ると運転手さんがちゃんとわかっていて“練習ご苦労さんです。オカネはいりません”。タダになりました。お客さんがボクたちを育ててくれました。ポジションを与えられるのはダメです。ポジションを取ると、うれしくなって練習しちゃうんです」。大きな窓から広い空が見える。居心地がいいので長居をしたが彼の口から何十回「練習」が飛び出したことか。

 カープが3度目の優勝を決めることになる80年10月17日。ナインはM2で甲子園球場で対阪神最終戦。午後2時試合開始。高橋慶彦、山崎隆造、ジム・ライトル、山本浩二、萩原康弘、衣笠祥雄、一軍昇格がウエスタン・リーグ阪急戦で4打数4本塁打だった水谷実雄、萩原の中央大の先輩水沼四郎、ベンチ→マウンド全力疾走の“トンちゃん”こと池谷公二郎。萩原は0―1の6回、あの江川事件で巨人→阪神の小林繁の内角球を右翼に逆転満塁ホームラン。広島6―3。これでM1。ナインは新神戸から新幹線で帰広。ひかり号が姫路に近づいたときナイターの2位ヤクルトが中日に敗れた。カープは“車中優勝”であった。その写真が店に飾られていない。もう一度カウンターを見ると、号外の下に中国新聞の復刻紙があった。写真を見ると、彼の頬は大福餠のようではなかった。やつれていた。真にペナントレースを戦った男の顔であった。=敬称略=(スポーツジャーナリスト)

最終更新:10/7(金) 10:27

東スポWeb

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