ここから本文です

八面六臂の“おせっかい”ぶりを発揮する、松江のスーパー公務員

@IT 10/7(金) 8:10配信

 こんにちは! 千葉県生まれのIターンエンジニア、「モンスター・ラボ」島根開発拠点のハスミンです。「ITエンジニア U&Iターンの理想と現実:島根編」第1回は、私たちが実践している屋外開発事例を、第2回は、仕事以外のIターンライフ@島根県松江市を紹介しました。

【座談会後の打ち上げで4人が堪能した料理の写真など】

 U&Iターンに興味のあるエンジニアの皆さんは「本当にU&Iターンできるの?」なんて思っていませんか? そんなときは、誰かが相談にのってくれれば心強いですよね。

 安心してください。われらが島根県には強い味方がいます。

 なぜ島根県はITエンジニアの移住に熱心なのか、どのような組織と情熱でU&Iターンをサポートしているのか、公務員たちはどのようにエンジニアのコミュニティーに関わっているのか――「ITエンジニア U&Iターンの理想と現実:島根編」、第3回は、移住者の不安や悩みの相談に乗ってくれる島根の公務員をお招きして、座談会を開きました。

●課題先進地・しまね

羽角(ハスミン) こんにちは。今日はよろしくお願いいたします。早速ですが、今どのようなことに問題意識を感じていますか?

杉原さん 圧倒的な人口減少です。島根はついに人口が70万人を割ったんです。統計で人口減少数を見たとき、「このままだと200年後には島根がなくなってしまうじゃないか」と思いました。

 日本全体で人口が減っているので、増やすというよりも、いかに減少を緩やかにするかが課題です。若い人が少しでも残ってくれるように。そのために、ワクワクするような街を作っていきたいです。

福田さん 少し情緒的な言い方になるけれど、私は自分の息子に堂々と引き渡せる地域を作りたい。大事な人が長く暮らしていける仕組みを作りたいです。

佐藤さん 松江市役所も島根県庁も「縮んでいく松江・島根」という後ろ向きな状態に接していく部署が多いのですが、今の部署でエンジニアのU&IターンやIT企業の誘致に関わって、「こんなに島根に人が来てくれている」って初めて知りました。

杉原さん 過疎化が進んでいる島根は、逆から見ると「課題の先進地」です。人口減少を始めとした地域課題に対処する新しいサービスを島根から生み出し、世界に再販できるビジネスモデルを作りたいんです。それが私たちがIT産業の支援に力を入れている理由です。

福田さん 以前は内心で「そんなことできるわけないだろう」と思ってたけど(笑)、最近は10年もたたないうちにそういう時代が来るような気がしています。

 新しいことを始められる人、新しいものを生み出せるエンジニアたちに島根に残ってもらう、あるいは都会からU&Iターンしてもらい、松江や島根の環境を変えていきたい。単純に人数を増やすのではなく、変化を起こすためのキーになる「ひと」「もの」に集中したいです。

杉原さん 変化にはチャレンジが必要です。新規ビジネスの成功率って1000回バット振って3、4回当たるくらいだから、前向きに1000回挑戦できる環境を島根に作りたい。そのためには、チャレンジした人を褒める文化、空気、雰囲気を作りたいです。

福田さん 松江ではRubyがこうした動きの核になり始めています。あの飽きっぽい松江市役所が……あ、上司に怒られそう。

佐藤さん (笑)

福田さん 10年も続けている施策なんですよ、「Ruby City MATSUE プロジェクト」って。

●スーパー公務員はいかにして誕生したか

羽角 「杉原・福田は島根のスーパー公務員コンビ」という話をよく聞きます。お二人のなれ初めを教えてもらえますか?

佐藤さん なれ初め(笑)。

福田さん 始まりは2006年です。松江市の人口が初めて減少に転じました。当時の松江市役所は観光振興が中心で、産業振興にはあまり取り組んでいなかったのですが、当時松江市の産業振興を担当していた田中哲也という私の元上司が、Rubyに注目した地域おこしを考えついたんです。「Ruby City MATSUE プロジェクト」の始まりです。

杉原さん そして2008年、「島根でRubyの国際イベントをやりたい、島根がRubyの聖地だよねって発信できるイベントをやりたい」と思って、「RubyWorld Conference」の準備を始めた。

羽角 すごいな。杉原さんがカンファレンスの仕掛け人なんですか?

杉原さん いえ、裏方です(笑)。次に関わったのは「Rubyアソシエーション(以下「RA」)」の強化です。「RAの拠点を松江に置こう!」と。2011年のことです。

 ちなみに私は県の職員で、福田さんは市の職員です。県と市が協力してRAを支援しようとなったとき、松江市の課長だった田中さんから「松江市は何をしようか」と聞かれたので、「福田くんを差し出してください」と(笑)。

福田さん 私はそこから深く関わっていくことになりました。杉原さんのせいですね(笑)。

杉原さん 県と市という別の立場でIT産業振興に関わっていたのですが、たまたま同時に島根県の東京事務所に転勤になって、一緒にIT企業の誘致を担当しました。IT企業が島根県の誘致対象の大きな柱になり、エンジニア不足が課題になり始めたころです。

福田さん 全国的なエンジニア不足ではあるものの、国が地方創生を掲げ、震災後に価値観が大きく変化していくタイミングだったこともあって、誘致やU&Iターンへの追い風を感じました。企業誘致とエンジニアのU&Iターンの両輪を進めるために、二人でいろいろ取り組みました。

●3号機はイベント番長

羽角 スーパー公務員の初号機が杉原さんで、福田さんは2号機ですね。そしてニューフェースとして最近異動してきた3号機が松江市役所の佐藤さん。

杉原さん 佐藤くん、U&Iターンしたエンジニアたちを自宅に招いてお酒を飲む定例会をやってるよね? Facebookの写真で見たけど楽しそうだよね。そもそもどうやって始まったの?

佐藤さん ある日、王祿(おうろく。島根県の有名な日本酒)を自宅で飲みながら写真をFacebookにアップしていたら、羽角さんが「飲みたい」ってコメントをくれて。羽角さんとそんなに親しくなかったけれど「うちに来ますか?」って返信したら、本当に来て。ふつう来ないですよね(笑)。

 そうしたら「ミラクル・リナックス」の押田さん(※)が「私、呼ばれてませんけど」と言い出して。「じゃあ、次はちゃんと集まってやりましょう」ってなったんです。

※ミラクル・リナックスも松江に進出したIT企業。押田さんは松江オフィス勤務のためIターンしたエンジニア

杉原さん そして「お勤め開発」ね。なぜ、やることになったの?

羽角 佐藤さんの実家のお寺でお花見したときに思いついたんです。木魚をたたいて精神統一をしてプログラムを書いたらいい仕事ができるんじゃないかって。

佐藤さん それで「明日、モンスター・ラボさんが実家の寺で開発するんで、サポートのため仕事を休みます」って上司に話したら、「それ業務でいいよ」って(笑)。

羽角 市役所ゆるい(笑)。

福田さん ゆるいっていうか、IT企業のオフィスやU&Iターンするエンジニアが増えてきた。もっともっと進めようとなったときに「U&Iターンしたエンジニアの活動をサポートしたりPRしたりしていくのは立派な仕事だよね」って。お勤め開発も地元の新聞で記事になってPRできたし、少しずつ結果が出始めているから、市役所の中もそういう(活動をサポートする)雰囲気になってきた。

●「市立中学校でRubyの授業実施」の裏話

佐藤さん 松江市立中学校の授業でRubyやるようになったのも大きいですね。福田さんが風穴を開けたっていうか。

羽角 え、福田さんが?

福田さん 風穴を開けたなんてカッコいいもんじゃないです。あるとき急に、市長が「市立中学校でRubyを教えます」って発表して、メディアにも「松江市が市立中学校でRubyプログラミング授業を開始へ」なんて出ちゃいまして(笑)。

 困ってしまって、ネットワーク応用通信研究所の高尾宏治さんや本多展幸さんに「力を貸してください」とお願いして巻き込んだ。そうしたら、彼らの教育に対するモチベーションがすごく高い。安易な方法で楽しようとしてたら、楽したくない人たちのボタンを押しちゃって(笑)。今ではNPOの「Rubyプログラミング少年団」ができて、小学生向けの取り組みにまで広がってます。

杉原さん 何に1番苦労しました?

福田さん 先生たちに「私は先生たちの仕事を増やす敵じゃないですよ! 一緒にできることを考えながらやりましょう!」と説明するのに苦労しました。平成28年度から市内の全中学校で実施できるようになったのは、後任が粘り強く先生たちとコミュニケーションを取り続けたおかげです。

佐藤さん 新しいことを始めようとすると最初は警戒されますよね。杉原さんと福田さんは新しいことにチャレンジして形にできるのがすごい。

福田さん 最近やっと、プロジェクトの方向性に確信を持てるようになってきました。活動を続けてきたことで私たち公務員の役割も増えてきたので、Rubyを軸に、新規事業の支援をしたり、企業誘致を担当したり、U&Iターンを支援したり、と部署が変わってもIT業界に関わり続けられるようになってきました。

杉原さん 公務員のプレーヤーが増えてきたね。

福田さん そう。新しいプレーヤーにノウハウを引き継いでプロジェクトを多様化させることができるようになってきました。

●「Uターン」と「Iターン」は、かなり違う

羽角 UターンとIターンは同一の文脈で語られがちですけど、実は全く異なるものではないでしょうか。

杉原さん そうですね。Iターンには大きく2つのパターンがあります。1つ目は所属している企業が島根にブランチオフィスを出して本社から異動してくるパターン。今のところ島根ではこれが多い。もう1つは、島根に縁はないけれど島根やRubyを意識していた人たちが単身で乗り込んでくるパターン。

佐藤さん モンスター・ラボの御供(みとも)さんのパターンですね。まつもとゆきひろさんのツイートを見て、東京で開催したU&Iターン転職イベントに参加して、本当にIターンしてくれた。

福田さん 当時、私と杉原さんは、専任のコーディネーターが個別に話を聞いて、転職候補の企業をレコメンドしたり、企業や居住環境の視察に島根へ行くための旅費を半額サポートしたり、といったITエンジニア向けマッチングサポートを東京事務所で担当していました。御供さんは、どうしてモンスター・ラボにIターン転職を決めたんですか?

羽角 そのイベントで、ぼくが彼と面談したんです。自分で言うのも何だけれど、「ハスミが仕事できそうだったのと、その後Skypeで面接した島根開発拠点代表の山口が優しくていい人だったから決めた」って言ってました(笑)。

杉原さん Iターンを決めるには「キーマン」が必要なんだね。

羽角 Uターンはどうですか?

福田さん Uターンの人たちは、何というか「重たい」ことが多いんです。故郷に帰るとなると本当に骨を埋める決断になるから、なかなか決まらない人が多い。考え過ぎてしまって、何社就職先を紹介しても決まらない人もいます。

佐藤さん Iターンの方がそういう意味では「軽やか」ですね。必ずしも終の棲家ではないから。

福田さん 全員がそういうわけではないけれど、Uターンはシリアスな決断が多いから、ワクワク感が少ないみたい。エンジニアって本当は、場所に縛られない働き方ができるもっと軽やかな仕事なので「何かもったいない」と思います。

杉原さん UターンとIターンでは、決断するときの優先順位が違うよね。羽角さんたちIターンは、「やりたいこと」「住みたい環境」が先にある。

●3号機はぐいぐい行くよ!

羽角 エンジニアコミュニティーが盛んなのはこの街の特徴の1つです。エンジニアコミュニティーって基本的には民間の活動ですが、そこに公務員としてどう関わっているんですか?

佐藤さん 代表的なものだと、月に1回、土曜日に開催される「Matsue.rb」というコミュニティーがあり、私も参加しています。参加しても仕事扱いにはならないけれど、仕事について相談したい人や意見を聞きたい人に会えるので、結果的に仕事がはかどります。

福田さん 地方のIT企業も、企業同士のグループや仕事で付き合いのある関係を基本とした枠内でエンジニア同士の交流が行われることが多くて、それが壁になっちゃう側面もあるんです。でもコミュニティーがあれば、その枠を超えて交流が広げられる。ITならではのオープンソースの思想を地域社会に取り込んだんだよね。

佐藤さん U&Iターンを増やすためにはコミュニティーって重要ですよね。企業の枠を超えて交流が横に広がるから、地域に馴染んでいきやすい。

福田さん 自分たちでいうのも何だけれど、市役所にITコミュニティーのコンシェルジュがいるってすごいことかも。U&Iターンしたエンジニアから「こういう話するなら誰だろ?」って聞かれると佐藤くんが答えられる。

佐藤さん この半年でそれを身に付けました。ぐいぐい行きましたから(笑)。人と人が仲良くしているのを見るだけでうれしいんですよ。

杉原さん 基本的にみんなおせっかいが好き。公務員の本性がコミュニティーに合ってるんですね。

福田さん ドラクエでいう「気性の荒い僧侶」なんですよ。「がんがん行こうぜっ!」ていうわりに、回復魔法くらいしかスキルはないんですが(笑)。

●U&Iターンの現実

羽角 UターンもIターンも、みんながみんな満足して成功するわけじゃないって話を聞くことがありますが、島根や松江はどうですか? せっかくなんで、赤裸々なお話を伺いたいです。

福田さん 辞めた人は2人くらいだったかな。「転職して入った松江の企業が、思っていたよりもレベルが高かった」という理由で辞めていった人がいましたね。

杉原さん 「全員が高いレベルの仕事や環境を望んでる」と私たちは思っていたんだけれど、逆もあるんだなという気付きになりました。

福田さん この3年間で島根県全体で50人くらいのエンジニアがU&Iターンして来て、3人くらいがうまくいかなかった。全員うまくいくのがベストなんだろうけれど、このくらいで済んでいるのは、U&Iターンする前に丁寧に企業とマッチングするサポート体制があるし、移住した後のフォローも私たちができるだけきめ細かくするようにしているからじゃないかなと思います。

杉原さん U&Iターンの成功や失敗は、長い目で見た方がいいかもと思います。親の介護でUターンした人など、これからすごく重たい問題として表面化するかもしれないし。

福田さん 移住後のフォローはこれからも手厚くやっていきたいです。移住後に状況が変わったり、転職した会社が合わなかったりしたら、他の会社を紹介することもできますし。

杉原さん 早めに「実は……」といった相談をしてもらうには、普段からの関係作りが大切だと思います。

佐藤さん そこでもやっぱりコミュニティーですね。どんどん相談してほしいです。ほっとけないですから。

杉原さん 直接関わってU&Iターンしてくれた人たちには個人的な思い入れもあるし。困っている人を助けるのが喜びなんですよ。

福田さん やっぱり僧侶なんですね。

佐藤さん 私、実家はお寺ですし。

羽角 お後がよろしいようで。

最終更新:10/7(金) 8:10

@IT