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『シン・ゴジラ』に岡本喜八監督が登場するワケ『日本のいちばん長い日』(1967年)【名画プレイバック】

シネマトゥデイ 10/7(金) 14:22配信

 2016年の大ヒット作『シン・ゴジラ』。巨大生物=ゴジラの脅威に直面した政府上層部を、政治ドキュメンタリーのようなタッチで描いた異色作だ。驚いたのは『シン・ゴジラ』が過去の東宝怪獣映画を踏襲するのではなく、同じ東宝でも太平洋戦争終結までの24時間を描いた実録映画『日本のいちばん長い日』をベースにしていたこと。1967年に製作された岡本喜八監督の傑作である。(村山章)

【写真】岡本喜八リスペクトが込められた『シン・ゴジラ』

 『シン・ゴジラ』に登場する重要キャラに牧悟郎という学者がいる。ゴジラの出現を誰よりも早く予見するも、物語が始まった時点ですでに行方不明で、チラリと映る顔写真以外は姿を現わさない。この「牧悟郎」として写っているのが誰あろう岡本喜八監督である。

 喜八自身は怪獣映画を撮ってはいないのだが、『シン・ゴジラ』の庵野秀明総監督はかねてから大ファンを公言しており、生前の喜八との対談では(ちくま文庫『しどろもどろ 映画監督岡本喜八対談集』に収録)『日本のいちばん長い日』と『激動の昭和史 沖縄決戦』(1971)を人生で何度も繰り返し観て、多大な影響を受けた2本に挙げている。

 庵野の細かいカット割りでテンポよくセリフをつなげていくスタイルも喜八作品からの影響が顕著で、劇中に故・喜八を登場させたのがリスペクトの表明であることは間違いない。人名や場所のテロップを多用して膨大な情報をさばく手法や、政府の高官たちが激論を戦わせて国家存亡の危機に立ち向かう群像劇であることも『日本のいちばん長い日』の引き写しだ。では『日本のいちばん長い日』は、喜八にとってどんな映画だったのだろうか?

 『日本のいちばん長い日』は、日本政府がポツダム宣言を受諾し、昭和天皇の「玉音放送」に至るまでの24時間を追った半藤一利のノンフィクション本(当時は大宅壮一名義で出版)の映画化。無条件降伏の決定に苦慮する鈴木貫太郎内閣、本土決戦を主張する陸軍と海軍の反目、政府決定に応じない軍内の反乱など、多種多様な立場が入り乱れる混沌が「終戦」がいかに困難な大事業だったかを浮き彫りにしていく。本作は喜八のキャリアを代表する一本になったが、そもそも監督すること自体に乗り気ではなかったのだから、映画史は実に不思議に満ちている。

 喜八は1924年に鳥取県米子市で生まれ、上京して明治大学に入学。太平洋戦争の最中に卒業して東宝の助監督に採用されるも戦況悪化で軍に招集されてしまう。前線に送られる前に終戦を迎えたが、配属された軍需工場が爆撃されて多くの仲間が死んでいくさまを目の当たりにした。後に「自分たちの世代は、あの戦争で友人の半分が死んだ」と述懐している。

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最終更新:10/7(金) 14:22

シネマトゥデイ

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