ここから本文です

【インタビュー】スティーヴ・ハウ、来日直前!超ロングインタビューで故クリスのエピソードを披露

BARKS 10/7(金) 11:56配信

11月に来日公演を行うイエスのギタリスト、スティーヴ・ハウの来日直前インタビューをお届けする。来日公演のこと、近年のツアーのこと、そしてバンドの心臓部であった故クリス・スクワイアのこと。ことクリスのことについてはこれまでにあまり語られたことがなかったようなエピソードも紹介してくれている。

――USツアーが終わりましたが、満足していますか?

スティーヴ・ハウ(以下S):とても良かった。別のドラマーが参加したことを考えると、驚くほどにとてもうまく行った。アラン・ホワイトの代役として、ジェイはとてもいい仕事をした。1週間リハーサルを行なって、とてもいいツアーをしたと思う。

――お客さんの反応はいかがでしたか?ジェイはすんなりと受け入れられましたか?

S:我々全員を受け入れてくれたよ。私は他にバンドをやっていないんで、(ライヴを観たいというファンからの)要望があった。それで、ジェイと一緒にやってみてどうなるか試してみたんだが、お客は満足していたよ。

――ここ数年のツアーはアルバムの再現という趣旨で行なっていますが、それまでに行なって来たコンサートと比べてやりにくいようなことはありませんか?

S:違いはあるね。4年ほど前に今の形を始めて、『究極』『イエス・サード・アルバム』『危機』ツアーをやった。これが最初だったが、もしかするとこれが一番向こう見ずなツアーだったかもしれないな(笑)。とてもエキサイティングだったよ。アルバムを丸々プレイするということは、音楽的により満足感が得られる。このアルバムから1曲、あのアルバムから1曲というのではないからね。そうするのが普通なんだろうが。こういうこと(アルバム完全再現)をやったのはもちろん我々が初めてではないが、「我々はアルバム・バンドなんでアルバムをやろう」と私は常々言っていた。そして遂に機が熟して全員が同意して、アルバムを丸々やるようになった。この構想を一貫してずっと保って来たわけではなく、去年TOTOと一緒にツアーした際には、様々な時代からの様々なレパートリーをやる通常のセットだったが、今年はまたアルバムに戻って、ヨーロッパでは『ドラマ』と『こわれもの』をやったし、アメリカでは『ドラマ』と『海洋地形学の物語』の1曲目と2曲目をやった。というわけで、構想全般は維持して来たが、義務ではないし、やらねばならないことでもない。だが、これは本当に「イエス」にとってふさわしいことだ。何と言っても我々はアルバム・バンドなんだから、やらない手はないだろう!やれて嬉しいよ。

――あなたは楽しんでいますか?

S:ああ、楽しんでいるよ。今後一生これだけをやりたいとは思わないがね。

――クリス・スクワイアが前回の来日公演では元気な姿で演奏していたのが今でも目に浮かびます。ほどなくして亡くなってしまったわけですが、彼との想い出など少しお話ししてくれませんか?

S:決して忘れないであろうことは、私が初めてクリスとビル・ブラッフォードと一緒にやった時のことだ。彼らのやり方を見て、彼らがいかに音楽を愛しているかがわかった。ビルは自分のプレイに対してものすごく厳しかった。それはクリスも同じだった。クリスはなかなかレコーディングを終えなかった。一応やっておいてから、後でベースをオーヴァーダブすることもあった。とにかく、私と同じく2人ともとてもうるさかった。自分がやりたいことに関して完璧主義だった。そして、ジョン・アンダーソン、ベノワ、トレヴァー・ホーン、そしてジョン・デイヴィソンのセカンド・ヴォイスであったとうこと。あれはとてもエキサイティングなことだった。クリスはそれがとても得意だった。子供の頃、教会の合唱隊をやっていたことに起因しているんだろう。一方私は、「イエス」に加入するまで一度として人前で歌ったことがなかった。それが1983年に歌わないといけなくなった。常に間違ったことを歌っていたが、それでも良かった。正しい歌い方はクリスが知っていた。だが、彼は私ほどきちっと準備をして来なかった。わりと緩い男だった。「俺はここにこれを入れるよ」とその場で決めて、きっちりと作り込んではいなかった。私はきっちり作り込むことをユーディ・メニューインから学んだ。ミュージシャンがきちんとコントロールしてきっちりと弾くと、最高のものを引き出せることをね。クリスはその方面では何をするかわからない人間だったが、私はそれが好きだった。個性があった。

――クリスの代役として加わったビリー・シャーウッドとは「イエス」として久しぶりの共演となりますが、違和感なく溶け込んでいますか?

S:ビリーは「イエス」でいくつかのことをやって来た。『KEYS TO ASCENSION』と、あとそれ以前、私がいなかった頃の『BIG GENERATOR』や『TALK』ツアーの時もいたのかな? ビリーと「イエス」との関係はほとんど特異であるとも言えるが、私は楽しんでいる。彼はミキシングやプロダクションも手掛けて来た。『OPEN YOUR EYES』や『LADDER』の時期にもいた。あれはかなり向こう見ずな時期だったな。他の人間が関わっていたから。ABWHのツアーの際にも、何人か加えて音を補った。我々だけでは出来ないパートをやってもらったんだ。だが、今のビリーの役割は完璧に変わった。彼がクリスの代役を務めたのは初めてだった。彼がクリスのパートをプレイするのは初めてだった。だから、彼がいかに多彩で才能に溢れているかがわかる。あれやこれやとやって来て、今ではクリスが立っていたところに立っているんだからね。そして、素晴らしい仕事をしている。
この世には、確かなものなど何もない。10秒後に起こることも含めてだ。だから、「イエス」について確かなことなど誰にも言えないし、誰も予測して来なかった。「我々は永遠にやる!」と言ったら陳腐なものになってしまう。そうではないことを我々は学んだ。私はそんなことは言いたくない。だから私は残酷なまでに現実的で、決して予測しない。予測など出来ないからだ。だが、ビリーは素晴らしい仕事をしている。彼がやっているクリスのパートをファンがいたく気に入った話を私はしょっちゅう耳にしている。そして、他の人間がやっていることで、クリスの音楽パフォーマンスの真の価値がさらに増幅されたと思う。もちろん、クリス本人がやっていたってそれは素晴らしいものになっていただろう。だが、彼にはそれが出来ないのだから、次に最も良いのはビリーのようにクリスの代役を務めることに情熱を傾けている人間がやることだ。これほどドラマティックなものになるとは誰も予想していなかった。ビリーがやっていることを我々は気に入っている。うまく行っている。彼は才能を発揮している。
バンドをやるにあたって、歌が歌えたりベースが弾けたりすればそれでいいと思っている人たちがいるが、そういうことでは全くない。メンバーにはハイ・レベルなコミュニケーション能力が要求される。彼はバンドが期待していることを理解し、そして期待以上のものを提供しないといけない。そしてビリーはそれをやってのけている。プログラミングもやっている。彼が弾いているのはリッケンバッカーではない。彼が生み出している音はそこから出ていると思いがちだが、私がLINE 6ペダルボードで音作りをしているように、彼もまた同じことをやっている。曲毎に固有の色合いを出しているんだ。単にベースをプラグに差し込んで弾いているわけではない。もしくは、クリスを真似てリッケンバッカーを弾いているわけでもない。彼は、リッケンバッカーを弾かない方がいい。彼は模倣しているのではない。ビリーは役者ではない。真剣に取り組んでいるミュージシャンで、クリスがやったことを素晴らしく理解している。だから、我々にとってビリーは大きなメリットなんだ。彼は重要な存在だよ。彼が提供してくれた究極の形で、それはベース・ペダルを使いながらベースを弾き、歌も歌う。それは大仕事だ。あれを全てこなせる人間が他にいるかな。クリスのスタイルでベース・ペダル、ベース、そしてヴォーカルを操ること。だから、彼は素晴らしいよ。

――クリスはバンドの心臓部とも言えるプレイヤーでした。彼が亡くなった後もあなた達はツアーをやり遂げました。彼の喪失がバンドに与えた影響はありますか?

S:クリスはビリーのことが大好きだったし、ビリーが回復中の自分の代わりを務めることも認めていた。実際にはクリスは回復せず、残念なことに亡くなってしまった。あれは予想外のことだったんで、「じゃあ、どうすればいいんだ?」と思ったよ。我々はてっきりクリスが元気になるものと思っていたのに、それが突然変わってしまって、我々は足元をすくわれてしまった。そこで、我々はずっとビリーが好きだったが、今度は我々やクリスではなく、オーディエンスによって認められないといけなくなった。だから、ビリーと一緒にTOTOとのツアーに出た時は、果たしてこれが一時的なものになるのか、それとも正式なものになるのかわからなかった。だがビリーと一緒にやってみると、彼がバンドに正式に迎えられない気がしなかったね。彼はクリスから多くのことを学んでいたんで、クリスのように振る舞うことが出来た。そして、彼の音楽のスキルは「イエス」のためになる。厳しい要求、特にドラムからそれがあるにも拘らず、彼は自分のやっていることをちゃんと理解していて、ちゃんと相手に応えている。立派だよ。だから、ビリー自身が軌道に乗せたんだと私は言いたい。私はこのことをよく人に言うんだ。誰かがバンドに入ろうとする時に、「僕はこれをやりたいんで、君たちとうまく付き合いたいんだ。どうすればいい?」と言う人が多いけど、「君の方からうまくやらないといけないんだ」と私は言っている。それと同じようなことをビリーにも言ったよ。「君がうまくやらないといけないんだ」とね。だから、我々が認めるというよりも、彼が自分に出来ることを証明しないといけないんだ。そして、彼はそうした。彼はわりとおっとりしていて、楽しんでいて、常に全てのことをあまり深刻に受け止めないような人間だが、それでもクリスの後釜を務めるという周りの期待に応えている。だから、彼はテストに合格したと思う。そして、実に見事にやってのけている。私に言えるのはそれだけだし、ほとんどの人も彼のことをそう捉えているんだと思う。ビリーがこんなことをしているなんて、信じられるかい?(笑)クリスのベース・プレイのあらゆる音、あらゆるニュアンス、あらゆる緩急を再現しているし、ヴォーカル面だって完璧に網羅している。なのに、さっきも言ったように、リッケンバッカーは使っていないし、クリスのような恰好もしていない。そんなことをしたら、失礼だよ。だから、ビリーには全てが備わっているんだ。

――アランは背中の痛みの療養中ですが、経過は順調でしょうか?

S:ああ、回復しているよ。

――彼が離脱したのち何かお話はしましたか?

S:内部事情については話せない。これは、「イエス」の未知の部分についてではなく、「イエス」の音楽について語る場ではなかったのかな?今我々はいつもとは違う状況と対峙しているが、ベストを尽くしている。そして、素晴らしくうまくやっている。この間のツアーも、誰もがライヴを気に入ってくれた。だから、これ以上のことはもう言えないよ。これが今の「イエス」だし、「イエス」はこれまでにもこういうこと(メンバーが変わること)と向き合って来た。メンバー・チェンジが何度もあった。ベノワ、オリヴァー、ジェフ…。このバンドは複雑かつ繊細だが素晴らしいんだ。

――あなたは現在「イエス」に専念していますが、何か新しいプロジェクトのアイディアなどはありますか?

S:確かに私は「イエス」に専念しているが、実は3週間後に3週間のソロ・ツアーを始めるんだ。そこではソロ・ギターを弾くんだが、おそらくこれが私の一番好きな音楽の作り方だと思う。人と話し合ったり、人の同意を得たりする必要がないからね。私のギター・サウンドが良ければそれでいいんだ。チャレンジだけどね。良いギター・サウンドでソロを弾くというのは簡単ではない。とても難しい。テニスの選手が逆風の中、太陽の光がまぶしい中、影が視界を遮る中でプレイするようなものだ。ギタリストは、振動やガタガタ言う音で音がうまく伝わらないといい状態でいられない。逆に、音が良ければいいプレイが出来るようになる。ソロで自分の好きな曲や、「スケッチズ・イン・ザ・サン」「ムード・フォー・ア・デイ」「クラップ」といった私がギターのために書いた曲を弾くのがいいんだ。それが私のやっていることなんで、10月6日からステージに立って、10月23日まで行なう。UKで毎年ソロ・ツアーをやるようになって、今年で4年目になる。機会があれば、必ず英国でライヴをやるようにしている。私は英国人だから、英国でライヴをやる。英国でライヴをやらなければ、私は時間を無駄にしていることになる。だから、それがやれるのは当然のことだ。私の評判は英国から発信されていると思う。トゥモローも「イエス」も、全てブリティッシュ・サウンドだ。トゥモローは英国のサイケデリック・バンドだったし、「イエス」は英国のプログレ・バンドだ。私の音楽は全て英国、ブリティッシュなんだよ。ベンジャミン・ブリテンほどにブリティッシュだ。言い訳はしない。アメリカやスペインのギタリストに影響されていないとは言わないよ。フランスやイタリアのギタリストや音楽にも影響されている。影響は果てしなくあるが、基本は英国なんだ。
なんということだ、我々(英国)はEUに留まるべきだった!私は英国びいきではあるが、あの決定は悔やんでいる。ほとんどのミュージシャンはそうだ。音楽家ユニオンもそうだよ。ビジネスの世界を知っている人間はみんなそうで、EU離脱は最もしたくないことだ。あれは最も愚かなことだ。私は政治に関心はないが、あれはデーヴィッド・キャメロンが無分別に選択した国民への置き土産だ。どうやら、質問に対する答から逸れてしまったようだな。
とにかく、私がやっている他のことは私にとってとても重要なんだ。2人の息子とも一緒にプロジェクトをやっている。ディランとはスティーヴ・ハウ・トリオをやっていて、ニュー・アルバムが出る。まだ2枚目のスタジオ・アルバムで、1枚目の『ザ・ホーンテッド・メロディ』は5年ほど前に出たが、今度のアルバムは全くのオリジナルだ。あまりにもオリジナルなんで、ビル・ブラッフォードが書いた曲も収録されている。すごいことだ。というわけで、我々の素晴らしい音楽のコレクションと、私が常々一緒にやりたいと思っていたビル・ブラッフォードの曲がある。まだリリースはされていないがね。次男のヴァージルもディランと同じくドラマーなんだが、彼はキーボードも弾いている。これまたほぼ完成したアルバムだ。だから、ここでプロジェクトが2つあるわけだ。ヴァージルとのはギターとキーボードのアルバムだが、ヴァージルはベースも弾く。彼のキーボードとベースの腕前は大したものだ。それに加えて、私のソロ・アルバムにも取り組んでいる。これも進行中だ。去年、TOTOとのツアーの前にクリスが休養したいと言ったんで、その合間に私はいろいろなことをやっていた。だから、かなり活動しているんだ。どれも何年も前に始めたことだが、やっと実を結んで完成に近づいている。とてもエキサイトしている。
『アンソロジー』も出た。ライノから出たのは、私にとって初のソロ・アンソロジーで、これまで出した12枚のソロ・アルバムとその他の曲から選んだ。だが今度出るのは3枚組で、来年『アンソロジー、グループ&コラボレーション』として出る。こんなこと話していいのかな?でも、チャットはしたからいいか。ある意味スクープだよ。まだ曲順も何も決まってはいないが、来年には間違いなく出る。前回のアンソロジーはソロ・アルバムだったが、今回のはグループ&コラボレーションなんだ。1964年以来、私はバンドに加入してレコードをリリースして来た。ステージに上がる前からね。バンド歴がとても長いんで、このコラボレーションにはたくさんのバンドが入っている。系統的に、始めから一番最近のコラボレーションまで網羅されている。「イエス」と「エイジア」には何度か出入りしたが、他のバンドに関しては時系列に沿って登場する。
長い答になったな。他に何かやっているかって?イエス。何を?「イエス」だ。最優先されるのは「イエス」だ。だが、他のこともエキサイティングか?イエス。今となっては、「イエス」には妥協が多い。50年近くもやっているバンドには問題がつきものだ。だから、このインタビューでずっと語って来たこの素晴らしい音楽の他に、くだらない部分もあるんだよ。だから、頭がおかしくなりそうになることもあるし、歯医者に行くのと同じくらいの痛みを味わうこともある。今はいい歯医者を見つけたんで大丈夫だがね。そういうことなんだ。いい歯医者を見つければいいんだよ。こんな冗談を言っているのは、「イエス」はもちろん大事だが、他のことがあるおかげでユーモアが言えるからなんだよ。音楽に対する愛情がまた戻って来たんだ。
私が一番インスピレーションを受けたのはチェット・アトキンスだった。彼は多彩なギタリストだったんで、私もそうなりたかった。ブルース・プレイヤーにはなりたくなかった。あれだと、50年のうち少なくとも45年は飽きていたんじゃないかな。初期「イエス」でビル・ブラッフォードと出会ったことはすごいインスピレーションだった。あれがどれほど大ごとだったか、彼自身気づいていないほどだ。私は、60年代当時に私が一緒にやっていたドラマーとは違うドラマーを探していた。そこへビルがやって来て、自由にやった。彼はサイケデリックな世界にいた私、もしくはボダストで曲を書いていた頃の私よりもインプロヴァイズしていたんで、ビルがインプロヴァイズの場を与えてくれたんだ。もちろん、クリスからも学んだよ。ビルとは音楽面ですごく気が合った。ドラミングは私にとってとても重要だったからだ。

――あなたは「エイジア」を脱退して「イエス」の活動に専念、「エイジア」からジェフ・ダウンズが「イエス」に参加ととてもおもしろい状況ですが、「エイジア」を脱退したのはどのような理由で?

S:それに関しては、2つの要因が明らかだった。私は「イエス」と過ごす時間の方が多かったが、そのことで「エイジア」から文句を言われたくなかった。実は同じく、私が「エイジア」をやることで「イエス」からも文句を言われていた。だから私は、どうにもならない立場に立たされていたんだよ。もう耐えられなかったんで、状況を変えないといけなかったんだ。もう1つ私が気づいたのは、「イエス」と「エイジア」を掛け持ちすることで、私にとって第3のキャリアであるソロをやる時間が全くなくなってしまったということ。そして、(スティーヴ・ハウ・)トリオはツアーを全く出来なくなっていた。私は、アルバム作りもツアーも出来なくなっていた。2008年にはアルバム『スペクトラム』(訳注:これは2005年で、2008年だと『モチーフ』だと思われる)を作ったが、何も出来なかった。あれには参った。腹が立った。そこで選択しないといけなかったが、簡単な選択だった。「私の音楽の中心は「イエス」なのか、「エイジア」なのか?」と考えたんだ。「私の音楽スタイルがより反映されているのは「イエス」なのか、「エイジア」なのか?」と考えた時、その質問に対する答は簡単だった。元々は、ジョン(・ウェットン)と私が曲を書いて「エイジア」が形成されたんだが、いわゆる「エイジア」のスタイルはむしろジェフとジョンが曲を書くようになってから出来上がった。だから、私は(「エイジア」を辞めたことを)後悔していない。誰を責めているわけでもないが、私よりも彼らのサウンドの方がバンドを表わしていたんだ。一方、「イエス」において私は不可欠な要素だった。70年代の私の音楽が重要な部分を占めた、ギターにおいても楽曲においても。ジョン(・アンダーソン)と私で『海洋~』「ラウンドアバウト」「悟りの境地」といった70年代「イエス」の往年の名曲の数々を書いたと、我々は誇りを持って言える。そういった楽曲が重要だったんで、「エイジア」よりも「イエス」の方が私の音楽と言えるんだ。「エイジア」も楽しかったけどね。3枚の新しいアルバムは好きだよ。再結成前は2枚しか作らなかったのに、再結成後は3枚も一緒に作ったんだからおかしいよね。『フェニックス』『オメガ』『XXX』は、それなりに良かった。特に、最後の2枚のアルバムにおけるマイク・パックスマンのプロダクションが大好きなんだ。彼は「エイジア」にとって素晴らしいプロデューサーだよ。だが、私は脱退した。悲しいことに、最近「エイジア」はあまり活動していない。オリジナル・ラインナップでないこともあるが、ジョンが健康に問題を抱えているからだ。彼が回復するようにと私は常に祈っている。私は彼らの曲が大好きだし、ジョン・ウェットンのことも大好きなんだ。「ワン・ステップ・クローサー」「ウィズアウト・ユー」「ときめきの面影」を最初に一緒に書いたんだったかな。我々が共作した曲をジョンがずっと歌ってくれたのは誇らしかった。彼は素晴らしいシンガーだし、曲そのものも本当に素敵だからだ。素晴らしい物語だが、ストップさせないといけなかったんだよ。

――今回の来日公演の一環である『イエスソングス』からのベスト・セレクション=ベスト選曲ということかと思いますが、選曲はもうお済みですか?

S:済んでいる。同意も得られている。みんな満足していて、ツアーでも練習していた。これまでになく、サウンドチェック時に今度のセットの曲をやっていたよ。『ドラマ』の代わりに、『イエスソングス』からの曲を組み込んでいる。順調だ。もちろん「パーペチュアル・チェンジ」等、素晴らしい楽曲の数々だよ。ツアー中に一生懸命練習して、日本に備えたんだ。『イエスソングス』の主に(アナログ盤の)1枚目と3枚目からの抜粋になると思う。とても楽しみにしているよ。

――今回の来日公演は『海洋地形学の物語』から“神の啓示”“儀式”の完全再現と『イエスソングス』からのベスト・セレクションとなっています。『海洋~』を演奏するのはとても珍しいのでファンも楽しみにしています。見どころを教えてください。

S:素敵なバランスだ。さっきも言ったように、『ドラマ』と『海洋~』にはある種共通するものがあるが、『イエスソングス』と『海洋~』にはまた別種で共通するものがある。『イエスソングス』の大半は『海洋~』の前にレコーディングされたものだから、『海洋~』への道筋を示しているとも言える。『海洋~』では、「俺たちの好きなことをやれるんだ」と言っているんだ。すごくスピリチュアルで、ジャジーで、変わった「イエス」のヴァージョンになっている。一方『イエスソングス』には、『危機』と同じく初期「イエス」の真髄が詰まっている。特にビルがいたことで、我々はとても独創的で、生産性がとても高くて、1年にアルバムを2枚作っていた。すごいことだ。だから、この2枚は相反する形で合っているんだよ。
それからもっと後になると、『ドラマ』というさらにモダンなアルバムが生まれた。あれは事実上パンクだ。我々が作ったアルバム中最もパンクしている。(笑)パンクというよりは、ヘヴィ・メタルだったかな。そういうことなんだ。『イエスソングス』は、「イエス」の真髄である3枚のアルバム『イエス・サード・アルバム』『こわれもの』『危機』のクリエイティヴなプロセスの一環だった。もちろん、全て一気にリリースされたわけではなかったが、それぞれが金の柱を動かして行って、『海洋~』にまでたどり着いたんだ。『海洋~』は、商業的なことを一切考えない音楽だった。シングルがないことなど気にしなかった。『海洋~』からのシングルはなかった。それは、アーミット・アーティガンやマイルス・デイヴィスといった、アルバム・フォーマットにインスパイアされた人たちから教えられたことじゃないかな。3分間のシングルなど必要なかったんだ。2分間だな!50年代から60年代にかけてのシングルはほとんど、2分しかなかった。そうでないとラジオでかからなかったからだ。あれは、音楽にとっては悲惨なことだった。あんなに短くしてしまうなんてね。私は音楽を愛しているが、自分の音楽を批評してもいる。自己批判するのが好きなんだ。私が何であろうとも、これが私なんだよ。これは「イエス」とは何たるかについて話し合ったことなんだが、それは私が何になったかとも密接に関係しているんだ。

――「イエス」の新しいアルバムを作る予定はありますか?

S:『マグニフィケイション』以来10年ぶりに『フライ・フロム・ヒア』を作ったのは素晴らしいことだった。『マグニフィケイション』は難しかったし、『ラダー』もかなり難しかったし、『オープン・ユア・アイズ』はさらに難しかった。だから、アルバム作りが難しかった時期というのがあったんだ。初期のアルバムとは違っていたんで、ある意味私は失望した。『キーズ・トゥ・アセンション』はかなり大胆だった。だから、10年ぶりに異なるラインナップで『フライ・フロム・ヒア』を作った時は…。シンガーすら違っていた。私は『ドラマ』が大好きだったが、おかしなことにトレヴァーは『フライ・フロム・ヒア』の時はプロデューサーとして関わった。だが、『ヘヴン&アース』には様々な面で非常に失望した。全ての面で非常に失望した。楽曲は、基本的にはそれほど悪くなかったが、やり方、我々が一緒に仕事をしていた人々からの影響がかなり悲惨だった。だから私は、『ヘヴン&アース』については話すらしたくない。
またアルバムを作るかって?まずは、作るだけの価値のあるものでないといけないということ。それは金銭的なことではないし、スティーヴ・ハウによる曲がいくつあるかも関係ない。私が言う成功とは、『危機』のような過去の作品に匹敵するものであるということだ。そういったものと無縁なものではだめなんだよ。だから、目標はとてつもなく高い。だから、『危機』と同じくらい良質なものが出来るとわかるまでアルバムを作るべきではないと思う。それはとてつもなく難しいことだ。晩年のマイルス・デイヴィスが、「『スケッチ・オブ・スペイン』『カインド・オブ・ブルー』『ビッチェズ・ブリュー』と同じくらい良質なアルバムを作りたい」と言うのと同じことだよ。アーティストは、アートを創造するためにどこかに身を置く必要はない。『ヘヴン&アース』のように、コンセプトがあって、素敵なジャケットがあって、曲があって、出て行ってツアーをしただけ、というわけにはいかない。『危機』を作った時はそうではなかった。我々には使命があった。そしてその使命とは、我々が類稀な可能性を秘めた類稀なバンドであることを世間に知らしめることだった。「イエス」は、(アルバムを作ることを)気にするべきではないと思う。アイディアが湧いて、我々が過去の偉大なる音楽と肩を並べられるくらいのものを生み出せるという気がしなければ必要ない。だが、それは不可能かもしれない。妥協して、別の形のアルバムを作ることになるかもしれない。だが、理想は今言った通りだ。
アルバム作りは決して楽ではない。棚ボタというわけにはいかないんだ。かなりの痛みを伴う。コラボレーションとは何かを理解しなければならないし、共有しないといけないものも多々あるし、決断を下さないといけないことも多々ある。「イエス」はたくさんのアルバムをアメリカで作って来たが、次はどうなるかわからない。最高のアルバムはもちろん、英国で作られたんだからね。だから、(ニュー・アルバムを作るには)何を求め、どれだけ満足出来るかによるんだ。『ヘヴン&アース』にかなり満足した人もいるからね。私は文句など言っていない。嘆いてもいない。気に入ってくれたのなら嬉しいよ。ただ、もっと素晴らしい作品があるということだ。
――11月の来日公演を楽しみにしているファンに向けてメッセージをお願いします。

S:世界中をツアーして来た我々にとって、最もユニークな国は間違いなく日本だ。私は英国については多くを語って来たし、アメリカも何度もツアーして来た。オーストラリアにも寄っている。もちろん、ヨーロッパは玄関先だ。だが日本はとても個性的な国で、ユニークなクオリティを備えている。私と妻は、大阪の串焼きにインスパイアされたマクロバイオティック・レシピを考案したんだが、それを抜きにしても、我々は日本のオーディエンスと長い歴史がある。日本にも素晴らしい歴史がある。そしてそれは幅広い歴史だ。我々(英国)には忘れたい歴史がある。それは世界中どの国も同じだろう。他国に悲しみをもたらした罪があることはみんな知っている。だが、多くの喜びももたらした。そして日本も多くの喜びをもたらしたし、多くの平和を見いだした。日本人の価値観は私にとってとても大切なんだ。そしてそれが日本人にとってさらに大切なものであることを願っている。家族の価値観、環境に対する価値観、総体的な価値観、そしてとりわけコンピューターと音楽の発達が手に手を取っていることを理解する順応性。日本は携帯電話やメールの導入が早かった。CDを愛しているし、モバイル音楽を愛している。そして、日本が「イエス」の音楽に馴染んでいることも知っている。だから、我々もオーディエンスに馴染みたいんだ。そして今年日本に行った時にそれが出来たらと思っている。ショウをやって、我々の音楽に対する愛をみんなに届けたい。そして、その見返りがあることも知っている。「イエス」のファンはとても温かく迎えてくれるから、また日本に行くのをとても楽しみにしているよ。日本で会おう。

ライブ・イベント情報
<イエス ジャパン・ツアー2016>
〈東京〉
11/21(月)・22(火)・28(月)・29(火) Bunkamuraオーチャードホール
チケット料金 S¥10,000 A¥9,000 (座席指定・税込)
お問い合わせ:ウドー音楽事務所 03-3402-5999 udo.jp

〈大阪〉
11/24(木) オリックス劇場
チケット料金 S¥10,000 A¥9,000 (座席指定・税込)
お問い合わせ:大阪ウドー音楽事務所 06-6341-4506 udo.jp/Osaka

〈名古屋〉
11/25(金) Zepp Nagoya
チケット料金 ¥10,000均一(1Fスタンディング/1F、2F指定席・税込)※ドリンク代別途
お問い合わせ:ウドー音楽事務所 03-3402-5999 udo.jp
CBCテレビ事業部 052-241-8118

最終更新:10/7(金) 11:56

BARKS