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戦わずして敵を倒す! 武道の極み「居合道」から学ぶもの

TOKYO FM+ 10/7(金) 13:30配信

「武道」は明治維新後に生まれたものだと言われています。もともとは敵を殺傷するためのものだった技術が、人を傷つけることを禁止された世の中で、その技術や所作を競うものとして「道」となり生まれ変わった「武道」。今回はそんな武道の中から、ひとつの競技をご紹介します。

心身ともに鍛え上げられる武道。
日本人にとっては文化であり、スポーツであり、教養でもある、とても重要なものです。
現在、一般的に「武道」と呼ばれるのは9種類。
柔道、剣道、弓道、相撲、空手道、合気道、少林寺拳法、なぎなた、居合(いあい)道。
今回はその中で「居合道」についてご紹介します。

「居合道」。
剣道とよく似た武道ですが、その大きな違いは「目の前に敵がいないこと」。
自分の目の前に敵が居ることを想定し、その動きに刀で応じる技の形を行うのが「居合道」です。

「居合」というのは「立合」に対する言葉。
「立合」はいわゆる剣道で、両者が刀を抜き合わせて戦うもの。
「居合」は字の如く、座ったまま敵の不意の攻撃に備えること。
不意打ちに瞬時に対応し、敵よりも一瞬早く刀を抜き、そして鞘に納めるまでがひとつの流れです。

居合の精神を表現するのによく使われることわざが2つあります。
ひとつは「勝負は鞘(さや)の内にあり」、そしてもうひとつは「抜かぬ太刀(たち)の高名」です。
どちらも意味は同じ、刀を抜く前の状態で、勝負は決まっているということ。
座った状態で刀は鞘の中にありながらも、敵を威圧し攻撃を仕掛けることができない。
刀を抜く前に敵が引けば、無駄な殺生をせずに済む……そうした勝利が理想であるのです。

居合の開祖と言われている林崎甚助は、こんな言葉を残しています。
「たとえ大罪人に直面するとも、刀を抜くな、抜かすな、斬るな、斬らすな、殺すな、殺されるな、話して懇切に説法し、善人に導くべし」

ですが、もしもそれでも敵が襲い掛かってきたら。
そのときは仕方なく刀を抜き、勝負を決めるのです。
ですから、居合にとって最も大事なのは、刀が鞘にある状態。
気迫はもちろん、技術も伴わなくてはなりません。
戦っているのは、敵よりも自分自身……なんだかかっこいいですね。

(TOKYO FM「シンクロのシティ」2016年10月6日放送より)

文/岡本清香

最終更新:10/7(金) 13:30

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