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緑内障で闘病、知られざる短編型作家 大手が出版しない理由とは? 竹熊健太郎、漫画を語る

withnews 10/10(月) 7:00配信

 電脳マヴォを創刊して10カ月ほど経った2012年の秋、ある無名の同人誌作家から投稿があった。非常に面白かったので連絡を取ったら、その時点で数年の執筆歴があるらしく、それまでに描いた作品の総集編として450ページもある自費出版の短編集『オダギリックス!』を送ってきた。収録されていた作品はどれもアイデアが面白く、ネーム(ストーリー構成)の完成度は「プロでもなかなかこうはいくまい」と思えるもので、驚いた。これが小田桐圭介氏との出会いだった。(多摩美術大学非常勤講師・電脳マヴォ編集長=竹熊健太郎)

漫画「さくらちゃんがくれた箱」「あたし、時計」の全コマはこちら

『さくらちゃんがくれた箱』

 彼の初期作品に『さくらちゃんがくれた箱』という短編がある。大学受験に失敗した「としお」が主人公。ある日、彼が押し入れを整理していると、一つの箱が出てきた。彼は思い出す。ああ、これは「さくらちゃんがくれた箱だ」と。

 さくらちゃんは、主人公の幼なじみで、とても仲が良かったが、よその町に引っ越していって、それきりになっていた少女である。彼は箱を開けた。すると、なんと、子供の頃のままのさくらちゃんが中から出てきた。性格は全く変わらず、おてんばで可愛い女の子で、しばし彼は童心に帰る。

 すると彼女は、あるお願いをしてくる。「穴を掘ってほしい」というのだ。主人公は彼女を連れて、昔、一緒に遊んだ近所の林へ行く。そこから物語は、全く意外な方向に展開し、最後に、あっと驚く結末が待っている。

 一読して私は、自分がこれまでの人生で読んだ短編漫画の中でも一、二を争う傑作だと思った。

『あたし、時計』

 もう一つ、『あたし、時計』と言う作品も紹介する。のどかな山村に立つ「人の形をした時計台」。「彼女」は、村人に時間を知らせるため、24時間、休みなく仕事をしている。

 そこに、見知らぬ男の子が訪ねてきて、時計に話しかける。「5時の時報をもうちょっと遅くしてもらいたいのです。そうすれば、もうちょっと皆と遊べるから」。時計の彼女は「それはできないわ。時は正確に刻まないと、あたしの存在する意味がなくなっちゃう」と断る。

 男の子は、毎日、話しかけてくる。時計は、彼の両親がいないこと、自分の村では仲間はずれにされていること、居場所がなく自分の存在意義がわからずに悩んでいることを知る。

 時計の彼女は、「皆、何かしら役割を持って生きているけれども、大切なのは、あなたが『何をしたいか』だと思うわ」と答え、「個」の重要性を少年に説き始める。次の瞬間、彼女はハッとして、「何を小難しいことしゃべってるんだ?」と我に帰る。

 牧歌的でありながら、ミヒャエル・エンデの児童文学を読むような、哲学的な問いを含んだ漫画である。しかし、この牧歌的に見える作品の冒頭そのものが、驚きの終結へと読者を導く罠なのだ。

 読者は、読み進めるうちに、児童向けメルヘンを読んでいたつもりが、実は「違う種類の作品」を読まされていることに気がつくだろう。この作品は、冒頭以外の何を書いてもネタバレになるので、もどかしいが、ぜひ、お読みになられることをお勧めする。

 映画「シックス・センス」を思わせる凝りに凝った設定とストーリーから導き出されるどんでん返し、最後に深い「哀しみ」が漂う『あたし、時計』の結末は、小田桐圭介の真骨頂と言える。

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最終更新:10/10(月) 7:00

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