ここから本文です

天国の師匠へ後継者ら奮起 龍勢祭に9万人、龍勢ロケット天高く飛べ

埼玉新聞 10/10(月) 10:30配信

 埼玉県秩父市下吉田の椋神社の例大祭「龍勢祭」(県指定無形民俗文化財)が9日、同神社周辺で行われた。約9万1千人(主催者発表)が来場し、地元住民らが手作りしたロケット「龍勢」が天高く打ち上げられた。龍勢製造流派では昨年から今年にかけ、流派の長である「棟梁(とうりょう)」を相次いで失った。世代交代が進み技術の継承が課題となる中、各流派の後継者たちは魂を込めて作った龍勢を亡き師匠へささげた。

 龍勢祭は400年以上の歴史を誇る。龍勢は松材をくりぬいて火薬を詰めた筒に、矢柄(やがら)と呼ばれる青竹を付けた“巨大ロケット花火”のような構造。伝統を受け継ぐ龍勢の製造流派は9月から本格的に作業を開始した。

 今年は23流派が30本の龍勢を奉納。仕掛けなどを紹介する口上が述べられた後、10年ぶりに新調された高さ約20メートルの打ち上げやぐらから、龍勢が白煙を噴き上空約300メートルまで舞い上がった。

 龍勢の打ち上げは、筒内での微妙な火薬の詰め具合などが鍵となり、必ず成功するわけではない。今年も龍勢に搭載した落下傘が開かなかった流派や、龍勢が上空まで打ち上がらずにやぐらで火薬筒が爆発する「筒っぱね」を起こした流派もあった。

 龍勢作りは長年の経験で培われた技術が最も重要だ。世代交代は進んでいるが、秩父地域は少子高齢化が進んでおり、技術の継承が大きな課題でもある。かつて流派は地元住民だけで構成され、技術も門外不出だったが、現在は地域外の住民を受け入れ、他流派と情報交換もしている。

 6番目に打ち上げた流派「巻雲(けんうん)流」は15年にわたって棟梁を務めた黒沢安彦さんが昨年11月に68歳で死去。黒沢さんは多くの人に慕われ、吉田龍勢保存会副会長でもあった。巻雲流は伝統である矢柄を二つに分離させる「分身の術」を受け継ぎ、今年の龍名を「黒沢棟梁にささげる分身の術」と名付けた。

 巻雲流の龍勢は見事に成功した。「黒沢棟梁も天国で喜んだはず」と涙を流したのは新棟梁の芦田芳雄さん(57)。今年から流派に入った黒沢さんの孫である宮前快志さん(18)も「一緒に龍勢は作れなかったけど、これからも上から見守ってくれると思う」と満足そうだった。

 巻雲流の兄貴分である「東雲(とううん)流」は、40年棟梁を務めた小池英隆さんが今年2月に76歳で亡くなった。小池さんは火薬筒と矢柄を分離させる技を開発し、10年間にわたり同保存会会長を歴任した。東雲流は今年の龍勢に特別な思いを込めていたが、落下傘が開かず、惜しくも失敗に終わった。

 「バランスが悪かった」と悔し涙を浮かべたのは新棟梁の黒沢春男さん(44)。祖父の代から龍勢一家である黒沢さんは一昨年から地域の子どもたちにも作業を手伝ってもらい、口上も実践させている。黒沢さんは「またみんなで力を合わせて、いい龍勢を作っていきたい」と話していた。

最終更新:10/10(月) 10:30

埼玉新聞