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【漢字トリビア】「熟」の成り立ち物語

TOKYO FM+ 10/10(月) 17:50配信

「漢字」、一文字一文字には、先人たちのどんな想いが込められているのか。時空を超えて、その成り立ちを探るTOKYO FMの「感じて、漢字の世界」。今回の漢字は「熟」。「成熟」「熟錬」の「熟」。熟した果実が食卓に並ぶ季節です。今回は「熟」に込められた物語を紹介します。

「熟」という字の上の部分は、「享楽・享受する」の「享(キョウ)」の右に「丸い」と書きます。
これは「孰(ジュク)」という音をもち、煮炊きする器と手にものを持つ形をあわせた様子を示したもの。
さらに煮炊きには火を使うため、その下に火を表す「れっか」という部首を添えました。
上半分の「孰」だけですでに「煮る」の意味があるにもかかわらず、「れっか」を加えることで、さらによく煮えることを表すのが「熟」。
「うれる」という意味のほかに、「なれる、しあがる」という意味にも用いるようになりました。

村中で力をあわせて稲の収穫を終えたいにしえの人たち。
彼らは色づきはじめた山へ出かけて、休息のときを楽しみます。
柿、桃、いちじく、ぶどう。
食べごろを迎えて重たげにゆれる果実たち。
よく働いた自分たちへのごほうびは、甘くまろやかで、疲れたからだにやさしくしみてゆきます。
熟れすぎてやわらかくなってしまった実は、持ち帰って土器の中へ。
何日か置けば、飲むと心地よい気分になる特別な飲み物、「酒」に変わります。
鳥たちも、熟したくだものを見つけてついばんでいきます。
種が未熟な間は葉っぱと同じ緑色で目立たぬようになっている果実。
種が十分育つ頃にあわせて糖分をたくわえ、機が熟すのをみはからって、果実の色を目立つ明るい色に変えてゆきます。
それを見つけて食べた鳥たちは、種子だけを消化せずに排泄し、移動先にまいてくれるのです。
それは、成熟の先にある、新たな命の始まりなのです。

ではここで、もう一度「熟」という字を感じてみてください。

―興奮と戦いの時代であった青春時代が美しいのと同じように、老いること、成熟することも、その美しさと幸せをもっているのである。
ヘルマン・ヘッセがこう記した著書のタイトルは『人は成熟するにつれて若くなる』。
成熟とは、手馴れた様子で物事をこなすことでもなく、すべてが仕上がって終わりを迎えることでもありません。
成熟のその先には、新たな出会いと始まりが待っています。
待つことを喜び、受け入れることを楽しみ、微笑みの力を知った人。
そんな、みずみずしい成熟を迎えた人こそが、固く閉じられた古い世界の扉を、軽やかに開いてゆくのです。

漢字は、三千年以上前の人々からのメッセージ。
その想いを受けとって、感じてみたら……、
ほら、今日一日が違って見えるはず。


*参考文献
『常用字解 第二版』(白川静/著 平凡社)
『面白くて眠れなくなる植物学』(稲垣栄洋/著 PHP研究所)
『人は成熟するにつれて若くなる』(ヘルマン・ヘッセ、フォルカー・ミヒェルス/編 岡田朝雄/訳 草思社文庫)

(TOKYO FMの番組「感じて、漢字の世界」2016年10月8日放送より)

最終更新:10/10(月) 17:50

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