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上西議員、国会サボり疑惑に回答「そんな噂を流す人を議員会館に入れたのは私の責任」

ログミー 10/11(火) 17:05配信

元政策秘書に名誉毀損罪で刑事告訴された衆議院議員上西小百合氏。10月11日に記者会見を開き、前政策秘書による窃盗被害や、国会サボり疑惑について回答しました。

元政策秘書が『週刊文春』に売り込んだという根拠

笹原雄一氏(以下、笹原):この段階でなにか質問ありましたら、質問形式のほうがわかりやすいと思いますから。

記者1:フジテレビの『とくダネ!』のキシモトと申します。よろしくお願いします。今、起訴状を見てるんですけど、起訴事実のなかで、「この元政策秘書は私を陥れようとして、私の公設第一秘書が彼女と旅行に行ったものを、さも私と一緒に行ったかのように嘘をついて、『週刊文春』に売り込んだというのは有名な話」。飛ばします。「元政策秘書が『週刊文春』に売り込んだという事実がはっきりとわかった」と。

この「はっきりとわかった」という根拠をお願いします。

笹原:私からでもよろしいですか? まず『週刊文春』さんという具体的な名前を使わせていただきますが、『週刊文春』さんの記者、まず一番最初に聞きましたのは、在阪の大手新聞社の社会部の記者からです。

私はちょっとメディアの仕事もしているものですから、その方と別件でお話をしているときに、「こういうことが足立議員の政策秘書から私のほうにきた」と。「自慢気だった」と。酔っ払いながら「やってやったんだ、ざまあみろ」というかたちで。

それをさらに、社会部の記者も裏を取りにいったわけじゃないですけど、維新の親しい代議士の方に聞いたら、「俺も本人から聞いた」と。

ここが事実がどうかは私は判断できないんですが、「『週刊文春』の女性記者と俺は仲がいいから」と、ある意味男女関係のことまで本人は言っていたそうです。

私はそこはぜんぜん裏を取っていませんので、その男が勝手に言っていたことというのは多々ありますから、そこは僕はぜんぜん関係ないです。

ただ、その話を聞きまして、私もいろんなルートがありますので、『週刊文春』の記者さん3名に個別に聞きました。

まあそんな簡単にメディアが言うのか、という部分もあるかと思うんですが、当時の『週刊文春』の編集長さんがいろいろなことがあって、一時的にお休みになった時期があったので、そのお休みになった時期を見計らってというと語弊はあるんですが、『週刊文春』さんと私どもというのはあまりいい関係ではなかったので関係を修復したい部分もありまして、いろいろコミュニケーションをとっているなかで、事実を確認していきましたら、現職の方もいらっしゃるので固有名詞は言えないんですが、その方からまったく同じ内容の話を聞きましたので、それをすべて(上西議員に)報告を入れて。

記者1:現職の記者ふくめて3人の『週刊文春』の記者が、元政策秘書が自分たちに売り込んできたという発言をしたと?

笹原:はっきりと言いました。それは当時、文春に限らずほかの週刊誌にも持っていったんですが、その経緯を申しますと、もともとは彼女が昨年(2015年の)3月13日に国会を休んだ、当時は仮病とかいろいろ言われましたけれども、休んだ日というのは、もともと国会の中では「なんで休んだんだ?」というのはかなり有名な話だったんです。

それについて在阪のテレビ局が、上西事務所に取材を申し込みました。それを受けたのが今の、当該の政策秘書です。政策秘書がその話を聞いて、『週刊文春』の自分が親しいと言っている記者のもとに持ち込んで、あの記事ができたと。そうすると、在阪のテレビ局は怒ります。

私は当初、その在阪のテレビ局のやり方について、1局がムービーを何台も回して、囲み30分という、メディアとして非常にどうなのかという。彼女もそうですし、今の公設第一秘書の家城もそうですが、私もメディアとしてあるまじき行為なんじゃないかと当時思ってはいたんですが、内容を聞きましたら、そういうことだったと。

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最終更新:10/11(火) 17:05

ログミー

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。