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タコ公園、なぜ愛され続けたのか? 調布駅前、44年の歴史に幕 最終日にはイベント開催、2千人が参加

withnews 10/13(木) 7:00配信

 東京の調布駅前にある公園が、9月30日をもって閉園しました。シンボルだった「タコの滑り台」にちなみ、地元の人たちから「タコ公園」と呼ばれていました。最終日には調布市主催の「お別れ会」や、野外上映会が開かれるなど異例の対応も。駅前の一公園がなぜここまで愛されたのか? 複数の関係者に話を聞きました。

【画像】2000人が駆けつけた最終日の様子。タコに書かれた「ずっとありがとう……」などの寄せ書きも

タコ公園とは

 閉園したのは、「タコ公園」こと調布駅前公園です。開園は1972年(昭和47年)ですが、それ以前から「緑の小公園」として親しまれていて、タコは1971年に設置されたそうです。

 当初、タコは赤色でしたが、1989年(平成元年)の公園大改修に合わせてピンク色に。その後、2009年(平成21年)に再び赤く塗り直され、今に至ります。

 作ったのは、公園遊具の設計や施工などを手がけている前田環境美術(東京都渋谷区)。複数の滑り台が一体となった遊具を設計する中で「これに頭を載せたらタコになるんじゃないか」というアイデアから生まれたそうです。

 同社ではタコの滑り台を全国200カ所以上に設置。現在新設はしていませんが、日本各地から「長く使いたい」とメンテナンスの要望が寄せられているといいます。

 なぜ、こんなに愛されているのか? その理由について代表の清水拓子さん(69)はこう推測します。

 「今の時代は、安全基準に沿うことばかり頭にあって、売れればいいという遊具が多いと思うんです。タコさん滑り台は子どもたちを観察して、子どもの心理を考えて時間をかけて作りました。だからこそ、今でも愛されているんだと思います」

惜しむ声続々、イベントも開催

 閉園が告知されたのは市報5月5日号。京王線の地下化に伴い、駅前広場や地下駐輪場などを整備することになり、閉園が決まりました。

 駅前広場へのタコ移設を求める声も上がりましたが、鉄筋モルタル製のため多額の費用がかかります。設置から40年以上が経っていることもあり、結局、タコは取り壊されることになりました。

 撤去が決まってからは、いくつものイベントが現地で開かれ、ツイッター上でも盛り上がりました。

 「#タコ先輩の思い出」とハッシュタグをつけて、「タコさんに翻弄されながらも、娘は成長しました、ありがとう!」「息子が初めて自力でタコさんの中に上がれた時は嬉しそうだったのが思い出されます」と、思い出とともにコメントする人たちが相次ぎました。

 そして迎えた最終日。日中は市主催の「タコのお別れ会」が開かれました。吹奏楽バンドによる演奏があり、保育園児たちが紙で作った花などを飾り付けました。

 夕方からは、調布市文化・コミュニティ振興財団主催の「さよならタコ公園 映画のまちの公園で野外上映」を開催。最後に同じ思い出を共有してもらおうと、児童向けの短編映画を上映しました。財団によると、のべ約2000人が参加したそうです。

 日が暮れたにもかかわらず、多くの人が公園を埋め尽くし、タコには「大好きなタコ公園 さよなら」「ずっとありがとう またどこかであそぼうね」といった手書きのメッセージがあちこちに書き込まれました。

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最終更新:10/13(木) 9:17

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