ここから本文です

“インフラ仕事”の楽しさ、もっと広く伝えたい アドウェイズ伊藤さんの挑戦

ITmedia エンタープライズ 10/12(水) 10:34配信

 「ChatOps」という用語が、ITインフラの構築や運用に関わる人々の間でちょっとしたブームになっている。「Chat(チャット)」と「Ops(運用)」を組み合わせた造語で、その名の通りチャットの仕組みを使ってシステム運用の作業を行ってしまおうというものだ。

【その他の画像】どこにいても、手元のスマートフォンで仮想マシンのパフォーマンスを管理できる仕組みを開発

 ChatOpsでどんなことができるのか。例えば、今、世界中の開発者の間で広く普及しているチャットツール「Slack」のBotを使い、システム運用管理ツールの機能を呼び出したり、あるいはサーバやストレージ、ネットワーク機器のAPIをたたいて、チャットのタイムラインからシステムや機器の状態をチェックしたり、設定を施したりするのはその一例だ。

 ネット広告のプラットフォームサービスを提供するアドウェイズでインフラエンジニアを務める伊藤正之さんも、今このChatOpsにはまっている1人だ。日々、自社のサービスや社内システムのインフラ設計や構築、保守に奔走しながら、こうした新たな技術やトレンドも積極的に仕事に取り入れる、まさに“ニュータイプの情シス”を地で行くようなエンジニアだ。

 「情シスのインフラ担当」と聞くと、枯れた技術で構成したシステムを堅実に安定稼働させることを是とするような、どちらかといえば保守的なイメージが強いかもしれない。しかし、伊藤さんの仕事ぶりは正反対。先進的な技術をどんどん取り入れて、アグレッシブに仕事に取り組む「イマドキのエンジニア」という印象を受ける。

 「面倒な仕事にこそ、ブレークスルーがある」という姿勢は、どうやってはぐくまれたのか。伊藤さんに聞いた。

●会社を渡り歩き、特定の領域に偏らないインフラの知識を吸収

 伊藤さんも、キャリアのはじめから「イマドキのエンジニア」だったわけではない。中途採用でアドウェイズに入社するまでは、金融機関や通信キャリア、大手製造業といった“お堅い”企業の情シスの現場で、堅実な仕事に従事していたそうだ。

 「さまざまな企業の現場に赴き、インフラ関連の仕事に携わっていました。一般的なインフラエンジニアは『サーバ担当』『データベース担当』『ネットワーク担当』など、専門領域が分かれることが多いのですが、さまざまな現場を経験できたおかげで、特定の領域に偏らない幅広いスキルを習得できました」

 伊藤さんの肩書は「サーバエンジニア」でも「ネットワークエンジニア」でもない。サーバもストレージもネットワーク機器も、場合によっては電源や電話の設備までもカバーする、「インフラならなんでもござれ」のエンジニアなのだ。アドウェイズでも、今は主に顧客向けサービスのインフラを担当しているが、つい最近までは社内システムや電力・電話設備の保守・運用までまとめて担当していたという。

 「特定の分野にこだわりがあるわけではなく、とにかく周囲に求められることや、自分でやりたいと思ったことにはどんどん手を付けていきたいんです」

●全社サーバインフラの仮想化プロジェクトに着手

 そんな伊藤さんが、中途採用でアドウェイズへの入社を決めた理由は、「さまざまな分野の仕事にチャレンジできる」という点だった。しかし、一番の決め手となったのは、社内で働くエンジニアが実に生き生きと元気に仕事に取り組んでいることだったという。

 「入社前、たまたまアドウェイズのエンジニアと話す機会があったのですが、『将来こんなことをしたい、あんなことをしたい』と熱く夢を語っていて、『こんな人たちと一緒に働きたいな』と思ったんです。ネット広告業界は技術革新のスピードがとても速く、若くて元気な人たちが集まっていましたから、自分もそうした環境に身を置いて切磋琢磨したいと考えたのです」

 こうして2012年3月、伊藤さんはインフラエンジニアとしてアドウェイズに入社。自由闊達な社風の中、水を得た魚のごとく「攻めの情シス」の姿勢を打ち出していった。当時、同社のインフラは全て物理サーバで構成されていたが、伊藤さんはサーバ仮想化技術が持つメリットに目を付け、まずは社内の開発環境の仮想化に着手。そこで実績を上げると、今度はとある顧客向けサービスのインフラ仮想化を手掛けた。

 このとき、伊藤さんは入社してまだ半年足らず。しかし頭の中では早くも、全社インフラの全面仮想化のプランを思い描いていたという。同社のサービス品質や効率を向上させ、激化する市場競争を勝ち抜くには「仮想化しかない!」という確信があったからだ。

 「市場競争を勝ち抜くためには、新たなサービスをどんどん投入していく必要があります。一方で、物理サーバによるインフラの構築や拡張には、サーバの調達から構築、設定まで、長い場合は1カ月もの時間がかかることもあります。こうしたスピード感では、とてもビジネスの成長スピードについていけません。ITがビジネス成長の足かせにならないよう、仮想化の導入は必須だと考えていました」

 ネット広告プラットフォームは、広告を掲載したWebページの閲覧数が何かのきっかけで急増すると、それに伴ってトラフィックが突発的に増大することが多々ある。広告主や媒体、そしてエンドユーザーに十分な品質のサービスを提供するには、こうしたトラフィックの急激な増減に柔軟に対応しつつ、システム全体の可用性にも万全を期す必要がある。この要件を確実に、効率よく満たす上でも、やはりサーバの仮想化が最適解だと伊藤さんは考えた。

 「仮想化基盤であれば、突発的なトラフィック増に対して、仮想サーバを増設することですぐに対応できます。事実、仮想化を先行導入したあるサービスは、そうやってトラフィックの急増をしのぐことができました。それに、物理サーバはトラフィック量が少ないときは、CPUやメモリのリソースを余らせてしまいます。サーバを仮想化すればそうした無駄はなくなり、物理リソースの利用効率を最大化して投資対効果を大幅に改善できると考えました」

 こうして伊藤さんの主導の下、アドウェイズは全社レベルでのサーバインフラの仮想化を段階的に進め、現在ではほぼ全てのサーバがVMware vSphereによる仮想化環境の上で稼働している。

●アイデアや提案を通すための“あの手この手”の工夫

 入社間もないエンジニアにインフラ基盤の全面刷新を任せるというのは、一般企業の感覚からすると大英断のように思える。これはネット広告ビジネスという、極めて先進的かつ技術革新や市場競争が激しい業界ならではのスピード感の表れといえよう。

 しかし同時に、伊藤さん自身も、ただ単にやりたいことを声高に叫ぶだけでなく、自分の意見を社内のステークホルダーに理解してもらえるよう、提案にはさまざまな工夫を凝らしているという。

 「新しいものを取り入れたいと思ったときには、まず自分で簡単なサンプルプログラムを作ったり、ベンダーからデモ版を借りたりして、実際の製品を上長に試してもらいます。上長も基本的にはエンジニアですから、本当にいいものであればきちんと評価してくれます。それとともに、ユーザー部門の人にも『こんなものがあるんだけど、ちょっと試してみない?』と声を掛けて、実際に使ってみてもらいます。オフィスの休憩スペースでのちょっとした会話の機会などを捉えて、そういう社内営業をかけるわけです」

 その結果、「これはいける!」と確信できたら、次は正式な提案と稟議の手続きに移る。ここではコストがシビアに問われることになるため、事前にコストシミュレーションを徹底的に行い、投資対効果に説得力を持たせるよう工夫を凝らす。

 「例えば、サーバ仮想化の導入にはある程度初期コストが掛かりますから、短期的に見ると物理サーバより高くつくように見えます。しかし中長期的に見れば損益は逆転しますから、5年後まで見据えたコストシミュレーションと損益分岐点を明示します。それも、単に1通りのシミュレーションだけでなく、今の勢いでサービスが伸びていった場合、倍のスピードで伸びていった場合、逆に半分に成長が鈍化した場合といったように、複数のシナリオを提示するとともに、『最悪のシナリオでも決して損は出ない』ことをきちんと明示するよう心掛けています」

 またコストを算出する際には、単に製品にかかるコストだけでなく、人件費のシミュレーションも子細に行う。例えば、サーバの仮想化に伴い、新たにティントリの仮想化専用ストレージ製品「Tintri VMstore」を採用した際には、人件費の削減効果が決め手になったという。

 「社内にストレージの専門家がいないため、大掛かりな共有ストレージ装置の導入を迷っていたのですが、ヴイエムウェアのイベントで運用の手間がほとんど掛からないティントリ製品のことを知り、『これだ!』と思いました。決して安い買い物ではなかったのですが、ストレージの管理に掛かる人件費を抑えられること、そしてそうやって浮いた工数を他の仕事に回すことで得られるコスト効果も算出した上で、上層部に提案しました」

 提案の内容だけでなく、「タイミング」も極めて重要だと伊藤さんは言う。「共有ストレージ導入の提案も、ちょうど仮想化を先行導入したサービスでトラフィック急増への対応に追われているときに、『こういう製品を入れれば、こんな苦労はしなくて済むんですよ!』と提案したことですんなり通りました。何か問題が起きた際に、解決策と一緒に普段からあたためていたアイデアを提案することで、より採用されやすくなります。提案の内容はもちろん、それを提示するタイミングにも気を配っています」

●身近な課題を解決する工夫からブレークスルーは生まれる

 こうした伊藤さんの働きぶりを見た人の中には、「わが社の情シスは、朝から晩までサーバのお守りで手いっぱい。とても提案を考える暇なんてない……」「こうした提案が通るのは、先進的なネット企業だから。うちのような古い体質の会社では無理」――と思う人もいるかもしれない。しかし、伊藤さんは、むしろそんな手詰まり感のある状況でこそブレークスルーの種があると話す。

 「インフラエンジニアの中には、“夜中や休日にトラブル対応で呼び出されるのが当たり前”という感覚の方も多いかと思います。私自身も経験していますから、その面倒くささはよく分かります。しかし、自分が面倒と思っている仕事にこそ、ブレークスルーの可能性があります。夜中に対応するのが面倒であれば、翌朝の対応でも済むように、システムが自動的に応急対応できる仕組みを自分で作ってしまえばいいのです」

 常にそうやって、「今、自分たちは何に困っているのか?」「その課題を、テクノロジーで解決できないか?」と意識し、日々のインフラ運用の仕事に当たっているうちに、さまざまな作業が自動化・省力化されていき、それに伴い自分たちの仕事の性質も「守りのIT」から「攻めのIT」へと徐々にシフトしていく。

 特に近年では、サーバ仮想化だけにとどまらず、ストレージやネットワークも仮想化して、ソフトウェアによってインフラ全体をインテリジェントに制御する技術が注目を集めている。

 従来の「ハードウェアの性能や仕様に依存したインフラ」から、「インフラエンジニアの腕1つでがらりと変わるインフラ」へと、時代の流れは変わりつつある。加えてビッグデータやIoT、AIといった新技術はシステム運用管理の分野と極めて親和性が高く、さまざまな分野で実用化が進められている。インフラエンジニアにとって、ようやく腕の見せどころが訪れたといえるのかもしれない。

 伊藤さんがSlackのBotを使ったツールの開発に取り組むのも、そうした時代の流れに遅れないためだという。現在では、Slackのタイムラインからティントリストレージの状態をチェックできる仕組みを実現しているほか、伊藤さん以外の情シスメンバーもさまざまなBotを競うように開発し、その成果を皆で共有している。

 そんなアドウェイズの情シススタッフに共通しているのが、社外の情報収集に積極的な点だ。近年、開発者向けの勉強会やハッカソンは盛んになってきたが、インフラエンジニア向けのイベントはまだまだ少ない。しかしそんな中でもアドウェイズでは、有用なイベントに関する情報を共有し、メンバーの参加を積極的に後押ししているという。

 「情シスのインフラエンジニアは他社の状況を知る機会が少なく、自社の事情しか知らないので、どうしても成長やモチベーションの維持に限界が生じてしまいます。積極的に社外の勉強会に参加し、他社の状況を知ることで新たな気付きが得られ、それが成長につながると思っています。会社側もこうした活動を、エンジニアの成長を促すための投資として積極的に認めていけば、自社の利益や成長に貢献してくれるようになるはずです」

最終更新:10/12(水) 10:34

ITmedia エンタープライズ