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【インタビュー】アーマード・セイント「33年間分を取り返すよ」

BARKS 10/17(月) 17:57配信

<LOUD PARK 2016>出演バンドのラインナップが発表になった時点で、個人的に観たかったパフォーマンスのひとつがこのアーマード・セイントである。1984年には名門クリサリスレコードからメジャーデビューするものの、1990年代にはメンバーの他界やシンガーであるジョン・ブッシュのアンスラックス加入の為の脱退などにより、バンド存続が難しくなった時代を経ている。

ジョン・ブッシュの復活からバンドの再生とアルバムリリースを続けてきた彼らは、良き意味でのB級メタルバンドであるが、その正統派なサウンドには当時からファンも多い。そんな歴史を背負っての、30数年を経てまさかの初来日が実現したわけだ。

<LOUD PARK 2016>のステージでは、観客からの「アーマード・セイント!アーマード・セイント!」コールで始まり、最新作まで全体的にまんべんなくセットリストが組まれており、見応えと魂が震える感動を呼び起こした。“ベテランのいぶし銀”とはこの事ではないか。このステージ前に、シンガーであるジョン・ブッシュにインタビューを行なった。

──初来日にして日本最大のメタルフェルティバルへの出演ですが、今のお気持ちを。

ジョン・ブッシュ:ようやく33年を経て、<ラウドパーク>に出られる事は本当に嬉しいよ。アーマード・セイントとしてパーフェクトな場所だ。2009年にアンスラックスで出たときも素晴らしいショウだったけど、アーマード・セイントで日本に来たかったんだ。

──アーマード・セイントはLAのバンドですが、当時のLA勢とは違う正統派なサウンドを貫いたのは信念ですか?

ジョン・ブッシュ:LA出身である事はとても誇りに思っているよ、育った場所だしね。ただ、バンドを始めた頃はイギリス出身のバンドに影響を受けた、シン・リジーやUFO、ジューダス・プリースト、ブラック・サバスとかね。今日出ているドイツのスコーピオンズなんかもだ。自分たちのやりたい事/影響を受けて作り上げたサウンドが、こういうスタイルに繋がったんだけど、LAのグレイト・ホワイトやラット、W.A.S.P.、今日も出るドッケンなんかとも一緒にプレイして来たね。当時のいわゆるLAサウンドとは違ったけれど、LA出身という事には誇りを持っているんだ。

──メジャーアルバムの『March of Saint』は、当時の日本でもMTVでよく流れていたんです。このアルバムはバンドにとっても重要ですか?

ジョン・ブッシュ:『March of Saint』は初めてのアルバムで、その前にEPは出ていたけど3曲入りだったし、フルでは初で世界に向けてバンドを紹介するぜ!って気合いの入ったアルバムだった。日本ではBURRN!の記事の中でクワイエット・ライオットとツアーをしたものが大きく取り上げられて嬉しかったよ。ただバンドとしてはヨーロッパに進出するのに時間がかかった、評価は良かったのだけど、初めてツアーをしたのが1989年だったからね。EPが1983年、『March of Saint』が1984年、ツアーが1989年、日本はもっと状況が悪くて実際来るまでに33年もかかった。これは理想的ではないよね。本当はアルバムリリースごとにツアーができれば良かったけど、できなかった。今日はその分を取り返したいよ。

──デビューから30年以上、振り返ってみてバンドを続けて行く上での困難な事は何でしたか?

ジョン・ブッシュ:一番良かったのはクリサリスレコードと契約をして、3枚のアルバムを出せた事だね。逆に辛かったのは、デイブ(プリチャード)を白血病で失った事だ。『Symbol of Salvation』のレコーディング中で、リリースを待たずにデイブが亡くなって辛かったけど、それを乗り越えてリリースはできた。アーマード・セイントは、正直凄く成功したバンドではないけど、バンドとして忍耐力はある。今も時々試練もあるけど、メンバーみんな親友で、子供の頃からの友達だし信頼関係があるからこうしてやれているんだ。

──メンバーチェンジも基本的にはありませんが、デイブ・プリチャードが他界してジェフ・ダンカンを迎えたときはいかがでしたか?

ジョン・ブッシュ:もしデイブがいたら、アイアン・メイデンのようなトリプルギターのバンドになったよ(笑)。ジェフはデイブと曲を書いていたけど、当時ジェフは「自分は新しいメンバーで正当に扱われていないんじゃないか、ファミリーとして見てもらえていないんじゃないか」と感じていたようなんだ。それで一旦バンドを離れて、デイブが亡くなって、でも『Symbol of Salvation』はデイブの為にもリリースしたかったから、みんなでまた結束したんだ。デイブはこの世にはもう居ないけれど、いつも近くに居る、メンバーもいつも同じでそこにデイブの存在も感じるよ。

──デイブがいつも居る…とても素敵な話ですね。

ジョン・ブッシュ:特別な存在だったよ。画家としてもギタリストとしても優れていた。ユーモアもあったしクレイジーな赤い髪もね(笑)。寂しいよ、でもみんな近くに感じている。

──最新作はまさにアーマード・セイントのサウンドです。色々なバンドが時代に合わせて変化しますが、アーマード・セイントが変わらない理由は?

ジョン・ブッシュ:常に「アーマード・セイント」らしくいる事だよね。同時にバンドとして成長もしなくてはいけないし、ファンの求めているものをジョーイ(ヴェラ)と切磋琢磨しながらね。前回よりも前進したいし、でも原点には立ち帰る事が大事なんだ。そして自分自身に誠実である事さ。

──あなたとジョーイ・ヴェラはバンドのソングライターでもありますが、お二人の役割を教えて下さい。

ジョン・ブッシュ:まずジョーイが曲を作ってデモの形にしてくれるんだけど、彼はとても細かいからデモの段階でもう素晴らしい出来なんだ。それを車の中で聴いて、アイデアが浮かぶと車を止めて書く(笑)。なぜだか最近は車の中がクリエイティブな場所なんだよね。こちらが先に歌詞や曲が浮かんだ時はジョーイの家に行って録音して、1週間くらい寝かせてみて、みんなに聴かせる。ここ数枚はこんなやり方さ。とても効率が良いやり方だよ。

──アンスラックスでの経験は、今のバンドにどのように活きていますか?

ジョン・ブッシュ:アンスラックスでは、本当にたくさんの良い経験をさせてもらった。素晴らしいアルバムを何枚も出せてツアーもできたしね。アーマード・セイントでいるよりもたくさんの経験ができた。アンスラックスに居た時は全てを捧げてやってきたけど、やめなければいけなくなってしまった。でもどちらのバンドにとっても良い判断だったと思う。何か物事が終わる時は友好的に終われない事もあるよね…夫婦の離婚やビジネスの終わりとか、気持ちが傷付く事もあるけどそれでも人生は続いていて、アンスラックスもそういうところはあったよ。でも最終的にはファンも自分たちもハッピーな決断だったと思っている。

──今後のご予定を教えて下さい。

ジョン・ブッシュ:今ライブアルバムを作っている。あとはクイーンズライクと数週間アメリカツアーをするんだ。こんなに長いツアーは14年振りくらいになるからまた良い経験になるね。アーマード・セイントは常にライブバンドでいたいから凄く楽しみだよ。

──日本のファンへメッセージをお願いします。

ジョン・ブッシュ:長い間、待っていてくれてありがとう!時間がかかり過ぎた分、今日のショウで取り返すよ、日本の人々が尊敬し合うところも大好きなんだ。アメリカもそうなってくれるといいんだけどね。次に来る時は33年もかからないようにしないとね、33年後だと86歳になって「Can U Deliver」も歌えないからさ(笑)、杖とか車椅子が必要になってしまうよ(笑)。大阪もツアーしたいと思っているよ、本当にありがとう。

取材・文 Sweeet Rock / Aki
写真 Masashi Furukawa

<Armored Saint 2016.10.8 LOUD PARK 2016@さいたまスーパーアリーナ>
1.Win Hands Down
2.March of the Saint
3.Neavous Man
4.Last Train Home
5.Chemical Euphoria
6.Mess
7.Left Hook From Right Field
8.Reign of Fire
9.Can U Deliver

最終更新:10/17(月) 17:57

BARKS

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