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「機械学習」と「ディープラーニング」は何が違うのか?

ZUU online 10/13(木) 18:40配信

2016年3月、Google傘下の人工知能(AI)会社であるDeepMindの「AlphaGo」が囲碁で韓国のトッププロ棋士に勝利した。囲碁でAIが人に勝つまで発展するには、まだ10年以上かかると言われていたことからも世界の注目を集めた。

2015年以前のAIはアマチュアの段レベルに達するのがやっとだった。AIのこの急激な発展を支えたのが、AIに「学習」させる技術の進化だ。そうした技術を応用することで、さまざまな分野でAIは急激に賢くなっている。今回は、カギとなる技術を解説する。

■AIで注目される「機械学習」と「ディープラーニング」

AIに「学習」させるとはどういうことだろうか。最も典型的な答えは、例えば写真を見たときに「犬」なのか「猫」なのか(または違う生物なのか」を区別する方法を学ぶことだ。

人間が一目見て分かることでも、何も学習していないAIは分からず、教えなければ適切な回答を導き出せないのだ。

AIの学習のための技術には、大きく分けて2種類の技術がある。「機械学習」と「ディープラーニング(深層学習)」だ。システムの効率化やデータ分析の高速化などにも使われるこれらの技術はどのようなものなのだろうか。

■プログラムされた学びを重ねる「機械学習」

まず「機械学習」を見てみよう。同技術は、開発者があらかじめすべての動作をプログラムするのではなく、データをAI自身が解析し、法則性やルールを見つけ出す特徴を持っている。つまり、「トレーニング」により特定のタスクを実行できるようになるようなAIのことだ。

例えば画像認識の例を紹介しよう。1枚1枚に「赤いリンゴ」「青いリンゴ」というタグをつけた、大量のリンゴの画像をAIに読み込ませる。その際に「色に着目して区別しなさい」とAIに指示を与えておくと、まだ解析していないリンゴの画像が出てきたときでも、AIはリンゴの色に着目する。そして、「赤いリンゴ」なのか「青いリンゴ」なのかを区別するように自ら学習するのだ。

より具体的な活用例には、迷惑メールフィルタがある。実際に、メールの情報を大量に学習させることで、迷惑メールを自動で識別するといった例が登場している。ほかにも、人の画像を大量に読み込ませて、画像中の人の顔を認識させる用途に使用されている。

■「機械学習」と「ディープラーニング」の違いとは?

ディープラーニングは機械学習をさらに発展させたものだ。従来の機械学習との大きな違いは、情報やデータを分析する際に使う枠組みが異なっていること。これは、人間の神経を真似て作った「ニューラルネットワーク」で、コンピューターによるデータの分析と学習を強力なものに仕立て上げているのだ。

より詳しく知るために、先ほどの画像を分析し「青いリンゴ」か「赤いリンゴ」を見分ける仕組みについて見てみよう。機械学習では「色」に着目するように指定しなければならなかったのに対して、ディープラーニングでは区別するための「目の付けどころ」をAIが自分で学習し、その性能を向上させていく。

別の言い方をすれば、ディープラーニングは沢山のデータを見ることによって、どこに注目すればよいかを自分で学習し、人間からの指示を待たずに自動でどんどん賢くなっていくということだ。

「機械学習」と「ディープラーニング」については、AIの仕組みではあるものの、機能強化の自動化を推し進めているという違いがあるといえる。特に、分析の対象を区別する際に「目の付けどころ(「特徴量」という)」を自動的に見つけ出す点で、進化していると言えるだろう。

特にディープラーニングは、言葉で特徴を定義するのが難しい場合に高い効果を発揮する。例えば、米国のSentient Technologies社では、商品検索にディープラーニングを利用している。服や靴の好みなどは言語での表現が難しいが、AIは消費者がどの商品をクリックしたかという情報を元に、消費者の好みに合いそうな商品を絞り込んで提案してくれるのだ。

結果として、機械学習では人間がある程度学習の方向性をコントロールできる一方で、ディープラーニングは場合によって思わぬ方向に学習が進む可能性がある。何のデータを読み込ませるかを慎重に選ぶことにより、より効率的にコンピューターが学習すると期待する向きもある。(提供:Innovation Hub)

最終更新:10/13(木) 18:40

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