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44年前、沖縄県が“産声”を上げた場所 「文化の殿堂」那覇市民会館休館に思い複雑

沖縄タイムス 10/13(木) 12:55配信

 46年の歳月には勝てないのか-。那覇市民会館が再び利用できるめどが立たないまま休館を余儀なくされた。本土復帰直前の1970年11月に開館し、復興を遂げる沖縄の成長を共に見守ってきた。取り壊しの可能性も浮上する中、建築関係者は複雑な思いを抱いている。

 まだホールや公会堂のなかった沖縄で「文化の殿堂」として建設された市民会館。建設費の一部を市民の寄付で賄うほど待望されての開館だった。

 「ここに沖縄県が発足した」。沖縄が本土復帰した72年5月15日の「新沖縄県発足式典」の会場になり、初代県知事の屋良朝苗氏が高らかに宣言した。沖縄県が“産声”を上げた象徴的な場所として記憶に刻まれる一方、芸能公演にコンサート、講演会など多彩な文化を育む拠点としても県民に広く親しまれた。

 「沖縄の復帰後の文化を育んだ『文化の母』だ。寿命を全うさせてあげてほしい」。建築家の根路銘安史さん(52)は訴える。

 市民会館は、沖縄館や那覇タワービルを手掛けた故・金城信吉さんらが設計。沖縄の原風景を探究し、軒を深くとった雨端(あまはじ)の空間や、屋敷を囲う石垣など古民家の造りを取り入れた建築様式が特徴で、沖縄現代建築の“原点”ともいわれる。

 「新市民会館の建設予算の5分の1程度の耐震補修費で、現市民会館の寿命を30年以上延ばすことができるだろう。それが高いのかどうか。今あるものを大事にせず、新しいものを造るというのは違うのではないか」と指摘した。

 一方、周辺地域の自治会を中心に、市民会館を取り壊した跡地に真和志支所の新設を求める声もある。元は前那覇市長で翁長雄志県知事が2012年、「私案」で提案していた。真和志地区の自治会関係者は「気持ちとしては真和志支所を移転してほしいが、まだ市の方針は出ていないので」と言葉少なだった。

最終更新:10/13(木) 14:45

沖縄タイムス