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鉄道物流から考える豊洲市場移転問題

ITmedia ビジネスオンライン 10/14(金) 6:43配信

●鉄道記念日と旧新橋駅、そして築地市場

 10月14日は「鉄道の日」だ。1872年(明治5年)に日本の鉄道が正式に開業した記念日である。運行区間は新橋~横浜間。ただし、当時の新橋駅は現在の汐留シオサイトの中だった。現在は旧新橋停車場を模した建物があり、飲食店と鉄道歴史展示室がある。ちなみに、横浜駅は現在のJR根岸線桜木町駅である。桜木町駅から赤レンガ倉庫へ向かう汽車道は、旧横浜駅と横浜港を結ぶ貨物線の遺構である。どちらも鉄道記念日に訪ねたい散歩コースだ。

【豊洲市場、東京貨物ターミナル、大田市場、羽田空港の位置略図】

 旧新橋駅は1914年まで東海道本線の起点だった。1914年に東京駅が開業したとき、それまで電車用だった烏森駅を新橋駅に改称した。これが現在の新橋駅だ。旧新橋駅は汐留駅と改称し、それから62年間、1986年まで貨物駅として使われた。広大な用地は首都・東京の物流の拠点だった。しかし、国鉄の赤字精算のため売却された。これが現在の汐留シオサイト。電通本社など高層ビルが並ぶ一帯は、かつて汐留貨物駅だった。

 旧新橋停車場から少し離れた場所にも鉄道の遺構がある。歩道橋で首都高速の下を通り抜け、南へ歩き、銀座郵便局の角を曲がった細い道に踏切警報器がある。この細い道はかつて線路だった。ちょうど汐留貨物駅と築地市場をつなぐ経路になる。なぜ、ここに線路があったか。この線路と踏切警報器が、築地市場の立地の理由を示している。

 築地市場は、1923年の関東大震災の復興事業として作られた仮設市場が発祥だ。歴史ある魚河岸などが震災で壊滅したため、ここに市場機能を集約した。隅田川、汐留川、東京湾の水運と、汐留貨物駅の鉄道輸送の両方を使える好立地であった。1935年に東京市場が正式に整備されたとき、市場内には東京市場駅が開業し、汐留貨物駅と線路で結んだ。その線路が現在は踏切警報器のそばの道になっている。この道を築地市場へ向かって歩いて行くと、朝日新聞本社の脇を通り抜けて築地市場に突き当たる。

 築地市場の老朽化、移転問題の1つに「大型トラックやトレーラーが乗り入れにくい」がある。当然だ。築地市場は元々、鉄道と船を前提とした施設だから。古い航空写真を探し出すと、築地市場の構内にいくつか線路が敷かれている様子が分かる。

●冷蔵貨車はトラックより有利だった

 築地市場駅に発着する貨物列車は、下関、東北三陸、札幌・釧路などの漁港から、一日あたり数本が到着した。貨車は鮮魚運搬専用の冷蔵車だ。初期は壁を厚く、開口部を小さくして保温性を高めた貨車が使われ、魚を入れた箱に氷を詰めて載せた。その後、車端部や天井に氷やドライアイスを搭載する貨車が開発された。庫内冷却装置を備えた本格的な冷蔵車も作られたけれど、試作程度にとどまったようだ。

 今も昔も日本の鉄道は旅客列車優先が基本だ。しかし鮮魚列車は鮮度が第一だったから特別に優先され、特急、急行に準じる扱いを受けた。列車ダイヤの設定はもちろん、事故などでダイヤが乱れたときも優先して運行を再開した。魚が腐ってしまった場合の補償費用が大きかったからだ。市場で目論見通りの取引が行われると、貨車1両あたり数千万円の売り上げになる。しかし魚が腐ればゼロになってしまう。

 また、冷蔵車の運行も特殊だった。鮮魚は相場にも左右されやすく、行き先変更や着駅変更もしばしば行われた。相場の好条件を待つため、冷蔵車に魚を載せたまま、鮮度が許す限り市場駅構内に留置する扱いも多かったという。トラックで運び込んだ場合は有料の倉庫に預ける必要があった。しかし鉄道貨車は運賃のみで預かってもらえた。この点、当時の国鉄は商売下手だったと言える。

 冷蔵貨車は、ほかにもメリットがあった。後の冷蔵貨車はサスペンションを改良したため荷崩れがなく、トラックより魚が傷みにくかった。所要時間も短く、下関(幡生駅)~東京市場駅の鮮魚特急「とびうお号」は18時間10分。これで東京の人たちは新鮮なフグを食べられるようになった。長崎の魚も27時間で到着する。八戸・鮫駅~東京市場駅の急行貨物「東鱗1号」は14時間で到着した。高速道路網が発達してもトラックより速く、旬の魚を大量に運べる。多くの貨物がトラックに移行しても鮮魚列車は人気だったという。

●豊洲市場も鉄道貨物復権に期待できる

 しかし、各地から東京市場駅の鮮魚輸送は1984年に終了する。理由は荷物扱い量低下のため。これは日本の鉄道貨物衰退の流れに沿っている。

 1970年代から始まる労働組合の順法闘争による列車遅延で荷主がトラックに移行し始め、1975年の8日間にわたるスト権ストでも荷主の反感を買った。また、国鉄の赤字是正のため、運賃を毎年のように値上げし続けた。また、同時期に大型トラックの普及、高速道路、一般道路の整備が進んだ。国鉄分割民営化の議論の中で、汐留貨物駅の売却も検討されていた。

 鉄道輸送がなければ築地市場のメリットはない。交通面から見て、1984年に築地市場の役目は終わったと考えていい。築地市場は1935年の正式開場から半世紀になろうとしていた。場内はトラック輸送に対応しておらず、トラックから仲卸、倉庫までを小さなターレが走り回って補完する状況になっている。もっと早く、トラックに対応した施設に建て替えるか、新しい場所に移転すべきだった。しかし、それをいま悔いても仕方ない。

 鉄道輸送の遺構を残した築地市場より、大型冷蔵トラックに対応する新しい市場のほうが便利だ。その意味で豊洲市場への移転は正しい選択だ。豊洲埠頭は鉄道がない。旅客専門のゆりかもめがあるだけだ。南の有明埠頭にはりんかい線が通っており、この線路はもともと貨物線として作られた。しかしここから豊洲埠頭への接続線開通は費用対効果の点で難しいだろう。

 道路交通として見ると、豊洲市場は首都高速湾岸線が近く、豊洲出入口が最寄りだ。首都高速湾岸線は片側3車線以上の大容量道路だ。東京の南側で横浜方面、東側で千葉方面につながる。東京23区、横浜市、千葉市の中心部を迂回してくれるから、渋滞に遭遇しにくい。トラック便以外の経路も使える。築地市場からも道のりで約3キロメートルだから、従来の築地近辺の顧客とも連携できるだろう。事実、築地場外は移転しない。

 注目すべきは、豊洲は鉄道貨物輸送にも期待できそうな立地であるという点だ。南の大井埠頭にはJR東京貨物ターミナルがある。全国から到着した貨物列車から、ここで鉄道コンテナを積み替える形で豊洲市場に運び込める。そう考えると、豊洲新市場は、新時代の鉄道貨物輸送にも対応した市場とも言える。羽田空港があって航空貨物便と接続しやすい。鮮度が重要な高級食材にとって、航空便との連携も重要になるはず。

 道路、航空、鉄道との輸送連携という意味では、神田青果市場などを移転した大田市場は絶好の立地と言える。東京貨物ターミナルの南にあり、鉄道と連携しやすい。豊洲移転を止めて大田市場に統合してはどうかという意見もあるという。輸送連携という面では正しい考え方だと思う。悔やまれるけれど、大田市場と豊洲市場の機能の格差はトラックで中継する距離の差にすぎないとも言える。

 欲を言えば、りんかい線から豊洲新市場へ線路を敷き、東京貨物ターミナル経由で冷蔵コンテナ貨物列車を乗り入れたい。しかしこれは前回同様、国の物流政策で鉄道を生かすと決めない限り夢物語だ。

●電子市場の到来に対応できているか

 物流面にとって豊洲市場は、現状において良い選択だ。しかし懸念材料もある。「私たちは市場というシステムをいつまで使い続けるか」という問題だ。生産地から生産物を大量に運び込み、市場が受け入れて大消費地に拡散させる。豊洲のような大型市場はこのシステムが前提だ。しかし、IT技術が発達した今日、鮮魚も電子市場が拡大するかもしれない。

 私が知る限り、鮮魚の電子市場の研究は1990年代後半から始まっている。冷凍、冷蔵流通技術の発達により、産地直送を掲げる飲食店が増えた。ならば、当時、工業のサプライチェーンに似たシステムで、築地を介さず、インターネット上の市場で生産者と消費者をマッチングさせたらどうか、というものだ。東北のある漁協と地元の大学、大手IT企業の共同研究について聞いたことがある。

 しかし、日本ではいくつかの鮮魚電子市場が立ち上がりかけては消えていった。実際は電子取引よりも、中央市場システムを好む生産者が多かった。生産側のITに対する習熟度が浸透していなかった。そして、生産地にとっては、個別の顧客に対して納品するよりも、ドンと市場に送った方が手間が省け、扱い高も大きくなるからだ。生産地と消費者の直接取引は通信販売で細々と行われる程度だ。

 一方、消費者は魚屋やスーパーで買う魚、飲食店で食べる魚が、中央市場経由か電子取引かは関係ない。おいしければどっちでも良い。しかし、この「おいしければ」の部分で、中央市場の役割が大きかった。「目利き」の存在だ。一年中、日本各地から集まる魚を見て、知識と経験を蓄えた仲買人たち。その役割を代替できるシステムが電子取引には欠けていた。

●始まっている鮮魚の電子市場

 鮮魚流通にとって電子商取引は成立しないか。いや、そうとも限らない。

 豊洲市場は「いなせり」という電子市場システムを準備中だ。仲買人と料理人をマッチングするシステムである。東京魚市場卸協同組合に加わる約600社の仲卸業者が翌日に出荷できる商品を登録しておく。飲食店はその中から、午前2時までに希望の魚をWebサイトで発注する。その情報を基に、運送業者が梱包とルート別の仕分けを実施し、即日配送する。このシステムは豊洲市場開設後に運用開始すべく準備中だ。

 2011年に、このサービス範囲を拡大した「八面六臂(はちめんろっぴ)」というサービスが始まり、この運営企業は「鮮魚流通のAmazon」として話題になった。築地市場や大田市場などの仕入れと、全国各地の産地市場や生産者からの仕入れを組み合わせ、オンラインで注文、決済し食材を飲食店に届ける。扱い品目は鮮魚だけではなく、築地市場や大田市場などの中央卸売市場経由の仕入れである青果、精肉などもある。

 いなせりは市場の協同組合主導だから、市場抜きのビジネスはあり得ない。しかし、同様のシステムで、生産地が直接仲買人を請け負ったらどうなるか。八面六臂は既に生産者からも仕入れている。このような電子市場が大きくなると、豊洲新市場を経由する魚は減っていくかもしれない。こうした流れに、豊洲新市場は対抗するか、あるいは取り込んでいくか。どう舵を切るつもりだろうか。

 物流面で見れば、電子市場取引が拡大すると小口の荷物が多くなる。従来の「生産地から市場への大量輸送」は反比例して減っていくだろう。冷蔵貨物列車の築地市場、大型冷蔵トラックの豊洲市場、では、第三の市場「電子市場」はどうなるか。現実に必要な市場はもっとコンパクトで、小口の電子取引を支援する管制塔のような存在になるかもしれない。豊洲市場には対応する設備と覚悟があるだろうか。

(杉山淳一)

最終更新:10/14(金) 6:43

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