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山小屋にも快適な通信環境を――「富士山 Wi-Fi」実現の舞台裏

ITmedia Mobile 10/14(金) 15:09配信

 富士山が2013年に世界遺産に登録されてから、外国人観光客がさらに増加するようになった。その際にネックとなるのが「通信手段」だ。NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの3キャリアはここ数年、富士山の開山期間にモバイルネットワークを解放し、日本のユーザーは富士山でもある程度自由に通信できるようになった。しかし3キャリアとの契約を持たない訪日外国人は、富士山の登山中に通信できないケースが多い。

【山小屋に設置されたアクセスポイント】

 そこで2016年は、山梨県と静岡県が主導となって、富士山の山小屋にWi-Fiスポットを設置するプロジェクトがスタートした。いくつかの事業者が応募をした結果、ワイヤ・アンド・ワイヤレス(以下、Wi2)のサービスが、「富士山 Wi-Fi」として採用された。

 7月10日から9月10日まで運用された富士山 Wi-Fiは、富士山の全山小屋含む49カ所と、富士山静岡空港(1F総合案内所)にWi-Fiスポットを設置し、日・英・中(簡体字・繁体字)・韓・タイの6言語に対応。大規模災害発生時の統一ネットワーク「00000JAPAN」としても利用できる。

 Wi2は富士山 Wi-Fiを運用するにあたって、どのような工夫を施したのか。富士山 Wi-Fiの運用を担当したWi2 技術運用本部 本部長補佐の橋本正則氏と、富士山 Wi-Fiで使用するアクセスポイントのメーカーである、ラッカスワイヤレスジャパン(以下、ラッカス) テクニカルディレクターの小宮博美氏に話を聞いた。

●バックボーンにはKDDIのLTE回線を使用

 街中でよく見かけるWi-Fiスポットは、固定回線をバックボーンにしたものが多いが、富士山 Wi-Fiでは、主にKDDIのLTE回線を使用している。つまり登山道も山小屋も、おおもとのネットワークは変わらない。

 富士山 Wi-Fiは、LTEの電波を受ける「ルーター」、そのルーターと有線接続してWi-Fiの電波を吹く「アクセスポイント」の2つで構成されている。このルーターとアクセスポイント1台ずつを収納した箱を、それぞれの山小屋に設置してサービスを実現している。

 LTEの基地局から直接電波を受けられる登山道と、Wi-Fiで電波を受ける山小屋で、通信品質に差は出るのだろうか。橋本氏は「Wi-Fiでも品質が劣化することはありません」と話す。

 「山小屋の中は障害物で覆われているので、LTEの電波は外よりも弱くなります。富士山 Wi-Fiの機器はLTEの電波を受けやすい窓際に置いているので、屋内でも場所によってWi-Fiの方がスループットが出ることはあります」と橋本氏。2015年まではWi-Fiスポットはなかったので、基地局から吹くLTEの電波に頼るしかなかったが、屋内では速度が出にくくなる。Wi-Fiスポットならこれを解消できるというわけだ。アクセスポイントは高い場所に設置しているため、離れた場所にいても、それほど速度が落ちることはないそうだ。

 実際に橋本氏が富士山の山小屋で、アクセスポイントの近くと遠くで通信速度を測ったところ、場所によっては下り30Mbpsほど出たという。日本のユーザーなら外はLTE、中もWi-Fiで快適な通信環境を構築できるが、訪日外国人も山小屋の中なら、スマホを持っていれば誰でも高速通信の恩恵を受けられるようになった。

 KDDIとも密接に連携をした。LTEの電波が弱いところについては、KDDIにLTEの波を増幅するレピーターを設置してもらうよう調整したほか、基地局単位でLTEネットワークを増強した場所もあったという。「各小屋にヒアリングをして、電波の入りにくいところをピックアップしました。その後KDDIが増強し、翌日に弊社がWi-Fiを設置しています」(橋本氏)

 特に大変だったのがスケジュールだという。「富士山の開山日は山梨県が7月1日、静岡県が7月10日ですが、山小屋はその直前しか開かなかったり、開山日の後しばらくしないと開かなかったりしたところもありました」と橋本氏が話すように、限られた日程の中にルーターとアクセスポイントを設置するのが苦労したようだ。

●ビームフォーミングで効率よく電波を飛ばせる

 富士山 Wi-Fiで使用するアクセスポイントは、ラッカスの製品を採用している。これはWi2が展開している「au Wi-Fi SPOT」や「TRAVEL JAPAN Wi-Fi」と同様で、Wi2のサービス全般にラッカスの製品が多く使われている。ラッカスの製品を採用する理由として橋本氏は「カバレッジが広く、ユーザーがたくさんいても、満遍なく電波を届けられること」を挙げる。「特に富士山の山小屋は、混雑しているとすし詰め状態になりますが、そのような人口密度が高いときでもしっかり使えます」と語る。

 ラッカス製アクセスポイントのカバレッジが広いのは、電波を飛ばすアンテナに秘密がある。他社のアクセスポイントは、電波を360度飛ばす「オムニアンテナ」を採用したものが多いが、ラッカス製品ではパケット単位で飛ばす方向を絞る「ビームフォーミング」を採用している。全方位に電波を飛ばすオムニアンテナだと、スマートフォンのない無駄な場所にも電波を飛ばしてしまうが、ビームフォーミングなら、スマートフォンだけを狙って効率よく電波を飛ばせるというわけだ。

 「電波は波で飛んでいきますが、原理は『声』と同じです。その人の方を向いた方が、同じ声の大きさでしゃべっていてもよく聞こえます。同様に、よく聞こえるように端末の方向に向かって電波を出すと、端末は確実に受信でき、高速で再送の少ない通信ができます」と小宮氏は説明する。

 さらに、ラッカスのアクセスポイントに搭載しているアンテナは、棒状ではなく基板になっており、基板のどの素子を使ってどの方向に電波を飛ばせるかを、パケットごとに調節できるという。「(クライアントであるスマートフォンの)方向を覚えて、どの電波が一番良いかを、計算ではなく既に登録されているパターンから選びます。例えばスマホの角度が変わると受け取り方が変わることも、パターンの使い分けで最適化しています」(小宮氏)

 YouTubeで動画を視聴するなど大容量の通信をする人に対しても、SNSでテキストを投稿するなど小容量の通信をする人に対しても、均等にパケットを流す。「通信の量は関係なく、1パケットでも最適なものを投げるようにしています。近くの人には高い通信レートでたくさんのデータを飛ばせますが、遠くの人は通信レートが低下してしまい、結果論として同じ時間を使ってもデータ量が減ってしまいます」(小宮氏)

 ラッカスは電波のコントロール、端末を追従するアルゴリズムなどに関して、約30の特許を取得している。これらの技術がベースになって、富士山 Wi-Fiでは山小屋でも快適な通信環境を提供できたというわけだ。

 ただしビームフォーミングが有効になるのは下りの通信のみ。「以前は8割が下りの通信でしたが、例えば富士山の場合、山頂で御来光(日の出)の写真を撮るときに(SNSなどへの)アップロードが増えるので、上りの方が多くなるでしょう。そこをどうオプティマイズするかが現在の課題です」(小宮氏)

 橋本氏によると、実際に富士山の登山中に出会った訪日外国人の中には、通信手段がないために、道に迷ったり、仲間とはぐれてしまったりした人がいたという。通信手段を確保することのメリットは、実はこうしたトラブルを防げることが最も大きいのではないだろうか。富士山 Wi-Fiを2017年以降も展開するかどうかは「(山梨と静岡の)県の意向次第」(橋本氏)だが、訪日外国人と日本在住者の双方に大きなメリットがあるので、ぜひ継続してほしいと思う。

最終更新:10/14(金) 15:50

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