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名刀「号 骨喰藤四郎」真田丸・大阪展に登場

THE PAGE 10/15(土) 16:34配信

名刀「号 骨喰藤四郎」真田丸・大阪展に登場 撮影:岡村雅之 THEPAGE大阪

斬る動作をするだけで、相手の骨をも打ち砕く。「骨喰(ほねばみ)藤四郎」。強烈な号を持つ名刀が、大阪歴史博物館(大阪市中央区)で開催中の「真田丸」大阪展に登場し、刀剣ファンらの話題を呼んでいる。会場では、伝説の名刀とともに、もうひと口「骨喰」ゆかりの刀が並ぶ。ふたつの作品を見比べることで、戦いを超えたもうひとつの物語が浮き彫りになってくる。

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斬る動作をするだけで相手の骨をも打ち砕く

 「薙刀直シ刀 号 骨喰藤四郎」。京都・豊国神社所蔵の重要文化財だ。薙刀を磨りあげ、刀の寸法に仕立て直した。無銘ながら名工藤四郎吉光の作とされる。斬る動作をするだけで、相手の骨をも打ち砕くという最強伝説に彩られ、「骨喰」の号を持つ。

 足利将軍家の宝刀で、のちに豊臣秀吉が愛蔵した。大坂夏の陣で落城時の混乱の中から見出され、徳川家康の手に渡って江戸へ。明暦の大火で罹災し、刃文が消失したが、名工の技によってよみがえる。「再刃(さいば)」という復元技術だ。

 武士にとって、刀はどんな存在だったのだろうか。主任学芸員の内藤直子さんが次のように話す。「実戦に強い長寸物の薙刀や槍に対し、武士が腰に差す刀は武器であるとともに、美術品として鑑賞の対象になっていました。武士文化で刀は茶器と同じような位置を占めていたといえば、分かりやすいでしょうか。すぐれた茶器に号があるように、名刀も号で呼んだ。武将には茶器を愛でるように、名刀の微細な違いを見分ける目利き力が求められました」

 刀と茶器。硬軟双方に目が行き届く総合的見識も、将の将たる条件のひとつだった。天下をうかがう武将たちはこぞって名刀を集め、ときに名刀は権力の象徴ともなった。足利から豊臣、徳川へ。「号 骨喰藤四郎」は戦乱をくぐり抜け、天下の移ろいを知るかのように所有者を変えていく。

「写し」は単なる模写ではなく文化財保護の重要技術

 「号 骨喰藤四郎」と並んで展示されているのは、「脇差 以南蛮鉄(なんばんてつをもって)於武州江戸(ぶしゅうえどにおいて)越前康継/骨喰吉光模」。「号 骨喰藤四郎」が明暦の大火で罹災する前に制作された忠実な写しだ。

 「写し物はやや価値が低いと考えられがちですが、本歌を忠実に模写することは職人の技術向上につながり、万が一にも本歌が損なわれた場合、重要な情報を後世に伝える役割を担っていました。文化財保護の観点から、写しという技術を重視していた先人たちの知恵を理解してもらえるよう、ふたつの作品を見比べていただける機会を設けました」(内藤主任学芸員)

 展示ケース後部のスペースに回り込んで、裏面の刀身彫刻を鑑賞できるよう配慮されている。どちらの作品にも刀身に不動明王が刻まれており、味わいの違いなどを楽しみたい。

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最終更新:10/15(土) 16:34

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