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<高江を訪ねて>厳然とある「沖縄差別」 香山リカ(精神科医)

琉球新報 10/15(土) 7:00配信

 沖縄は沖縄人のものだ。沖縄のことは沖縄人が決めればよい。東京に住む私は基本的にそう考えている。

 しかし、いま辺野古や高江などで沖縄人の自己決定権が根底から奪われる事態が起きている。それについて本土のマスコミは多くを報じず、一般の人たちの関心も必ずしも高くない。なぜ日本の一部である沖縄県で起きている事態に、本土の人たちは目を向けようとしないのか。それは、どこかで「沖縄は(本土とは)別だから仕方ない」という気持ちがあるからではないか。実際に、昨年は人気作家が自民党の党本部を会場として開かれた会合で、「沖縄の2つの新聞はつぶさないといけない」となどと発言したこともあった。


 これらは沖縄に対する差別の意識に他ならない。私は精神科医だが、障害者への差別の問題にかかわってきた身として、日本の特定の地域に向けられている差別を看過することはできないと考え、“高江の現実”を見るために短期間であったがヘリパッド建設が進められている地区に赴いた。

 私が想像していたのとは違い、高江での抗議には「国会正門前の広場」といった拠点があるわけではなく、広大な米軍北部演習場を囲むフェンスのいくつかのゲート前や工事車両が通る道路などに市民が小グループを作って分かれ、それぞれの立場で抗議活動をしていた。座り込みをする人たち、ひとりプラカードを掲げる人、工事関係者の出入りをチェックする人などがいたが、いずれも組織だって行動しているわけではない。しかもその多くが高齢者で、ネットでしばしば伝えられるような暴力的行動はいっさいなかった。

 驚いたのは、彼らを取り囲む警察官や機動隊員の多さだ。「全国から500人」とも伝えられている屈強な隊員を乗せてきた車両のナンバープレートには、東京や大阪、愛知などの地名が書かれている。

 機動隊員は、座り込みをする市民をいわゆる“ゴボウ抜き”とやり方で、強制的に排除していた。ひとりが脇に手を入れ、別の隊員が足を持ち、まるで荷物を運ぶようにその場から道端に移動させる。暴れるなどして強く抵抗する人はいないが、みな悔しそうな顔をしていた。


圧倒的な力に恐怖

 そして東京に戻る朝、私自身も強烈な経験をすることになった。砂利を運搬するトラックを監視する自家用車の隊列に加わっていたところ、機動隊に突然、停車を命じられて車の前輪に車輪止めをつけられ、3時間にわたってその場から一歩たりとも動くことを許されない、という拘束状態に置かれたのだ。そこから動けない理由を尋ねても、仕事の都合があると言っても、いっさいの答えはない。同じように移動を禁じられた高齢女性が「トイレに行きたい」と訴えたが、それでも「動かないで」と同じ言葉が繰り返された。どんどん気温が上がり、車内に座っていて体調を崩し外に出て座り込んだ若い女性は、涙ながらに「おかしいじゃないですか。どうしてトイレにも行かせてもらえないのですか」とつぶやいていたが、それにも答えはない。私も「飛行機の時間が迫っている」と言ってみたが、「何時の便ですか?」といった人間らしい会話が始まることはついになかった。

 私自身、恥ずかしい話だが、ここまで顔や名前を持つ「個人」として扱われなかった経験はなく、圧倒的な力の前に言葉さえ通じないことの恐怖を身をもって味わうことになったのだ。

 その後、抗議する人たちの逮捕が続き、現在も演習場内で伐採が進められている森に入って防衛局員と対峙していた男性が「傷害」の容疑で逮捕され、名護署での勾留が続いている。彼と行動を共にしていた人に直接、話を聴く機会があったが、容疑に相当するような暴力的な行為などはなかったという。

 もし、これが東京で起きていたらどうだろう。突然、自動車を止められて動かぬように拘束させられたり抗議活動中の接触などで逮捕されたりしたら、「人権侵害だ」「権力による弾圧だ」と大騒ぎになるはずだ。それがなぜ、本土の人たちは「沖縄なら仕方ない」「抗議する側にも問題がある」といった雰囲気となり、目を背けようとするのか。これは紛れもなく差別であろう。日本国内にこれほど厳然とした特定地域への差別があることのおかしさを本土の多くの人たちに知ってもらうのが私の役割だ、といま強く思っている。

(香山リカ 立教大教授・精神科医)

琉球新報社

最終更新:10/15(土) 7:00

琉球新報