ここから本文です

「学校の日常取り戻す」佐賀から益城町に派遣の瀬戸教諭

佐賀新聞 10/15(土) 16:52配信

 熊本地震で甚大な被害を受けた熊本県益城町の小学校に、佐賀県から1人の教諭が派遣されている。鳥栖小の瀬戸順子さん(50)で、前震から14日で半年がたった学校現場で、日常を取り戻すための支援にいそしんでいる。

 「全校生徒120人と地域の方々の力を合わせ、運動会を必ず成功させます」。力強い宣誓が秋空に響き渡った。9月25日、益城町立飯野小の運動会。瀬戸さんは、大きく腕を振って入場行進をする子どもたちを見守り、「よくここまで来た」と胸を熱くした。

 町は4月14日と16日、震度7の激震に襲われ、約6割の家屋が全半壊した。飯野小の運動場には車中泊の車が並び、その後は仮設住宅が建てられた。学校は5月に再開したが、運動場は使えない。近くの田んぼ約6千平方メートルを借りて造成した仮設の運動場は、運動会の1カ月前に完成した。

 瀬戸さんは7月1日に赴任した。熊本県から全国の学校に教員の派遣要請があり、佐賀県からは瀬戸さんが手を挙げた。「28年の教員経験があり、体力もまだある。行くべきだと思った」。鳥栖小で特別支援学級を担当していたが、児童に影響が及ばないように代わりの教員を補充してもらい、被災地に入った。

 現地の子どもたちは元気に迎えてくれたものの、校舎の七夕飾りを見て不安がよぎった。「じしんがおわりますように」「じしんをはやくなおしてください」。余震の終息を祈る短冊がたくさんあり、心の傷の深さを感じた。

 瀬戸さんの主な役割は、出張したり休養を取ったりする先生の代役だが、掛け算や漢字が苦手な子の補習を買って出た。手が回らず滞っていた支援物資の配分など、授業以外の仕事も進んで引き受けた。

 柴田敏博校長(59)は振り返る。「現場は必死で働いて学校再開にこぎ着けたけれど、まだ平時の何倍もの忙しさに追われている。瀬戸先生は私たちが見落としているところに気付き、率先して動いてくれるから非常に助かっている」

 地震で休校になった分の授業日数を取り戻すため、早めに始まった2学期。瀬戸さんは子どもたちの変化に気付いた。一つは「瀬戸先生」と名前で呼んでくれるようになったこと。もう一つは、落ち着いて話を聞くようになっていたことだ。「赴任した当初、意外と元気で、やんちゃな様子だったのは、子どもたちが繕っていただけなんですよね。夏休みの間に生活が少し落ち着いて、本来の姿を取り戻しつつあるみたい」

 当面の目標だった運動会は成功した。ただ、教師たちは「まだまだこれから」と思っている。教室には平穏な暮らしを取り戻すことがかなわない子もいて、孤立感を深めかねない。

 「こうした対応にこそ、教師としての長年の経験が生かせると思う。少しでも支えになりたい」と瀬戸さん。「心から笑える日が来るように」-。まなざしを注ぐ派遣期間は来年3月まで続く。

=ズーム= 教育現場の被災状況

 熊本県教育委員会などによると、熊本地震で県内の公立学校の6割以上が建物被害を受けた。発生当初は多くの学校が避難所として使われ、熊本市や益城町などでは1カ月近く休校になった。学校の敷地に仮設住宅が建てられたのは飯野小だけ。2学期が始まった8月下旬~9月1日時点で、被災を理由に県外に転校した小中学生は249人に上る。

最終更新:10/15(土) 16:52

佐賀新聞