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クミコ に作詞家の松本隆氏が“生みの親” 新曲で16年ぶりにタッグ

デイリースポーツ 10/16(日) 14:00配信

 歌手・クミコ(62)の新曲発表ライブに作詞家の松本隆氏(67)が姿を見せるというから興味津々で会場に足を運んだ。現在、関西に在住している同氏を東京で見ることはメッタにない。今回のライブでは、クミコが同氏と16年ぶりにタッグを組んだ新曲「さみしいときは恋歌を歌って」を披露。作曲を担当したシンガー・ソングライターの秦基博(35)もバックコーラスで参加するという豪華版だった。

 松本氏とクミコにこんな縁があったとは自分の勉強不足を痛感したが、クミコにとって松本氏は“生みの親”だったのである。まったく売れなかった当時の高橋クミコ(クミコの旧芸名)が1999年に最後のチャンスを求めて松本氏にアルバム制作を依頼した。送ったクミコのアルバムの1曲目にあがた森魚(68)の「最后のダンス・ステップ」(74年)をカバーした歌が入っており、それが松本氏の琴線に触れ、2000年のアルバム「AURA」の発売につながっていく。松本氏のプロデュース・全編作詞で、松本氏の助言で姓を取って「クミコ」にも改名したという。

 会場には豪華なシャンデリアがつるされていたが、これが何と昨年8月に行われたライブ「風街レジェンド2015」で使用されていたもの。同氏の作詞家活動45周年を記念したプロジェクトの集大成ともいえるもので、同氏が提供したアーティストが多数参加し、自身も「はっぴいえんど」のドラマーとしてもステージに立った。

 その際の印象を話した言葉が超衝撃的で今も頭から離れない。同氏は「細野さんが怖かった。間違うと何にも言わないで、こっちの方をジーっとにらむんだよね」と明かした。

 「はっぴいえんど」を簡単に(簡単にできるもんじゃないが)紹介すると、日本のロックの“ルーツバンド”ともいうべき存在で、活動期間は1969年から72年まで。メンバーは同氏に加え、2013年に亡くなった大瀧詠一氏(ギター&ボーカル)、ベース&ボーカル・細野晴臣(69)、ギター&ボーカル・鈴木茂(64)の4人編成で、オリジナルアルバムは「はっぴいえんど」、「風街ろまん」、「HAPPY END」の3枚。特に2枚目の「風街-」では同氏が主張してきた「ロックを日本語で」を結実させた名盤と呼ばれている。ライブでは「夏なんです」、「花いちもんめ」、「風をあつめて」などの名曲を披露した。

 作詞家・秋元康氏(58)の提供楽曲のシングル発売枚数1億突破が話題となっているが、同氏も5000万枚近い売り上げを誇っている。その大人物をにらみつけるとはさすが細野さん。78年に電子機器を駆使するYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)を結成したが、はっぴいえんど時代のプロデューサー・三浦光紀氏はその理由を「コンピューターを使ったのは音程とリズムに一切狂いのないものを求めた結果」だというから、おめでたいライブでも音の狂いは許せなかったようだ。

 こんな大物2人がバンドを組んでいたんだから、「はっぴいえんど」がすごいのは当たり前。同氏は「風街」という言葉を好んで使う。思うにアルバム「風街ろまん」はすべての原点なんだろう。今回のユニットも「クミコwith風街レビュー」と名付けられている。

   (デイリースポーツ・木村浩治)

最終更新:10/16(日) 14:02

デイリースポーツ

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