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[インタビュー] 「海が生きてこそ私たちも生きます」

ハンギョレ新聞 10/16(日) 7:58配信

済州島の「最年少海女」チョン・ソヨンさん 

 頑丈そうな指はずっと住民登録証ほどの大きさのプラスチック板をいじっていた。目には自負心が漲り、声は意気揚揚としていた。「これを取るのに長くかかりました。技術を習うだけで3~4年もかかりました!」

 済州(チェジュ)島の最年少海女チョン・ソヨン(31)さんが誇らしげに差し出したものは「海女証」だった。正式名称は「潜水漁業認証」。これがあってこそ本当の海女だ。漁村契への加入は基本で、操業日数が60日以上、年間採取規模が最低でも120万ウォン(約11万円)にならなければ取得できない。漁村契は敷居が高く、加入可否を決める海女たちの審査は厳しい。水息(死に至らしめる水中での息)が迫った危機の瞬間に、自身を助けられるのは同僚海女だけだからだ。

 彼女が漁をする海は秋浦島(チュポド)近海だ。済州市(チェジュシ)湫子面(チュジャミョン)礼草里(イェチョリ)、済州島から船で1時間20分で到着する湫子島(チュジャド)で再び船を乗り換えて東北側にさらに15分行かなければならない面積0.1平方キロメートルの小さな島が秋浦島だ。彼女はここで生まれた。今も発電機を回して電気を灯し、雨水とわき水を保存して使うこの島には、チョン氏一家だけが暮らしている。両親と4人兄妹のうち兄は1人、このようにして3人が居を定めて暮らしている。母親のチ・ギシムさん(70)さんは秋浦島の海女だ。

 「海女になるつもりはこれっぽっちもありませんでした。母親が辛そうにしているのを見て嫌だったんです」。運命というのは本当に不思議ですね。小学校の時に水泳を始めた彼女は、高校では全国大会で賞をもらうほど順調だった。だが、高3の時、水泳団体の関係者ともめごとになり、選手生活も止めた。あちこちさまようこと7年。見るに見かねた母親が海女の道を薦めた。経歴40年の大上群(技量が最も高い海女)の母は、自身が一生を捧げた仕事を娘が継いでくれることを望んだ。「秋浦島の階段の一つひとつまで自ら作った母は島に深い愛情を持っています。娘なら島を心から大切にしてくれると思ったのでしょう」

 「今でもお母さんが一番恐い」という彼女が、女丈夫のような母親の命令を拒否することはできなかった。「殺すよ、生かすよ、ただでは置かないよ、と言われれば仕方がありません」。無理やり始めさせられた訓練は苛酷だった。初めての漁でさざえを7個を取ると、母は悪口を浴びせた。「目がどこに付いているんだ!」って。悲しくて泣いた。水圧のために海中で鼻血が出て、水中メガネが真っ赤に染まっても、母は見ようともしなかった。

 ヒヤリとした経験も彼女が耐えなければならない訓練過程だった。一度は目の前のさざえを拾った途端に気を失ったこともあった。自身の息の続く時間を計算できなかったのだ。かろうじて目を開けると、幸い水の上だった。安堵した途端に小便がざあざあと漏れた。

 獲ったさざえの量が10キロ、20キロに増えると、漁に面白さを感じ始めた。「初めてアワビを獲れた日のことは忘れられません。珍しくてアワビの周辺を6~7回もぐるぐる回って確認してから獲りました」。陸に上がってきて、喜びの余り大声を出した。母が初めて誉めてくれた日でもあった。その日チョンさんは初めて海女になることを決心した。そして2014年、29歳でついに湫子島(チュジャド)礼草漁村契の承認を受けて最年少の海女になった。親譲りの息だが、上群(技量が大上群の次に良い海女)の彼女は母の自慢だ。

 若い海女には多くの計画がある。暮らしに手一杯だった母親世代とは違う海女になりたい。彼女は済州の30~40代の海女9人の集いである「ヘスダ」(海のおしゃべり)の会員だ。若い海女が集まっておしゃべりをしようという意味だが、することはおしゃべりだけではない。「海女をきちんと知らせたいのです。私たちは命を賭けて働いているのに、趣味やレジャー、不思議な見世物のように見たり、変に浪漫的に考えられていて残念です」。最近「ヘスダ」は済州市道頭洞(トドゥドン)の下水終末処理場の悪臭問題を議論している。処理場が老朽化し、まともに修理もしないため各種の廃水が海に流れ込んでいる。「海が生きてこそ私たちも生きる」ということが、チョン氏や他の会員たちの考えだ。

 チョン氏のような若い海女が受け継いでいる「済州海女文化」は、11月にエチオピアで開かれる「ユネスコ人類無形文化遺産保護政府間委員会総会」でユネスコ人類無形文化遺産登載の可否が決定される。専門家たちの展望は肯定的だ。済州海女博物館のカン・グォンヨン学芸士は「主体的な女性として水平的な海女共同体文化が注目されている」と話した。

済州/パク・ミヒャン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

最終更新:10/16(日) 7:58

ハンギョレ新聞

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核融合こそ未来のエネルギー問題への答えであり、子どもにだって世界は変えられる、テイラー・ウィルソンはそう信じています。そして彼はそのどちらにも取り組んでいます。14歳の時に家のガレージで核融合炉を作り、17歳となった今、直前の依頼に応えてTEDのステージで自分の物語を(手短に)語っています。