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スズキはなぜトヨタを選んだのか?

ITmedia ビジネスオンライン 10/17(月) 6:34配信

 10月12日、トヨタとスズキの提携に関する緊急記者会見が開かれた。会場のトヨタ自動車 東京本社大会議室にはスズキの鈴木修会長とトヨタの豊田章男社長が揃って並んだ。

【カメラに向かってほほえむ2人の巨人】

 スズキと言えば、まだインドにモータリゼーションが芽生えるかどうかさえはっきりしなかった1983年から進出し、インド政府や現地資本と合弁でマルチ・スズキ・インディア社(旧社名マルチ・ウドヨグ)を発足させた。以後インドの自動車産業の発展に貢献し、インドで自動車の自由化が始まった1990年初頭には5割を超えるシェアを持っていた。貿易自由化後、世界中のメーカーが続々とインドマーケットに参入し、競争激化の渦中にある現在でもその優位は維持されている。

●インドの覇者スズキ

 MarkLinesの調べによれば、2016年9月のシェアでも、40.4%というダントツのナンバーワンを誇っている。2位のタタが12.6%、3位のヒュンダイが12.5%、4位のマヒンドラ&マヒンドラが10.8%、5位ホンダが4.4%であり、2位から5位まで足し合わせてもまだスズキのシェアに届かない。このことからもそのシェアは圧倒的と言える。

 ちなみにタタとマヒンドラ&マヒンドラは共にインドの財閥系自動車メーカーである。スズキは、2002年にマルチ・スズキ・インディアへの出資比率を引き上げ、子会社化したが、現在でも現地資本と共存する形になっている。

 インドの自動車販売は現在300万台目前のラインに達しているが、人口12億人のインド経済が今後発展すれば、中国に匹敵する新車販売台数になっても不思議はない。現在世界ナンバーワンマーケットである中国の新車販売台数はほぼ2500万台だが、モータリゼーションが始まったのは2000年前後で、せいぜいここ15年程度のことだ。つまりインドが中国並みに経済発展すれば、向こう15年で2000万台程度の増加ポテンシャルが見込めるマーケットになる。

 仮に現在の中国同等の2500万台になったときにスズキが40%のシェアを維持できたとすれば、インドのみで新車販売台数1000万台となり、トヨタ、フォルクスワーゲン、GMの現在のグローバル販売台数に並ぶという途方もないことになる。さすがに40%の維持は難しいと思うが、少なくとも、計算上はそれがあながちウソではないところがスズキの高い将来性評価になっている。

 という背景があって、当然世界中の自動車メーカーは、将来性豊かなスズキと提携したい。しかもスズキは開拓者利益としてインドマーケットの覇者となっているだけではなく、低価格のクルマのコストパフォーマンスを高める技術に関して、明らかなアドバンテージを持っている。スズキは「良品廉価」を掲げているが、それは自称しているだけではなく、周囲の評価も同様だ。フォルクスワーゲンはその価値を高く評価してスズキとの提携を望んだ。

 スズキはインドでの競争激化への対策として、スズキが資本の100%を単独出資するエンジン製造会社「スズキモーター・グジャラード・プライベート」を新たに発足させた。マルチ・スズキ・インディアの株主として長らく共存してきた現地資本への敬意を払い、他資本の持ち株比率を薄めることになりかねないマルチ・スズキ・インディアへの追加増資を回避しつつ、激化するインドでの競争力を迅速に向上させるために、わざわざエンジン製造を別会社にするという配慮を行った。

 この投資によってスズキがインドで生産するエンジンの最新化が一気に進んだ。日本国内でも最先端である直噴や、マイルドハイブリッドなどの技術を導入した最新エンジンが製造できるようになり、現在ではインドで生産したクルマの一部が日本に輸出されるところまで発展したのである。

 こうした金の卵を産むガチョウとの提携を成し遂げたフォルクスワーゲンだったが、ドイツ政府やニーダーザクセン州と強く結び付いたドイツ屈指の巨大企業であるフォルクスワーゲンはプライドが高く、スズキに対して「経営指導を行う」と、まるで子会社であるかのような発言をし、鈴木修会長の逆鱗に触れた。スズキが申し出た提携解消は係争にまで発展し、裁判を経て昨年8月にようやく決着したのだ。

 スズキは独立独歩の気概が強く、大人しく長いものに巻かれる会社ではない。しかしながら、自動車開発のこれからを考えれば、環境技術や安全装備、自動運転、コネクテッドカー(車両間通信機能)など、基礎技術開発に莫大なコストが必要になる。それをメーカー各社が独自負担したのでは研究開発費がかさみ、回収のために車両販売価格が高騰する。欧州メーカーは既にこうした基礎技術をメーカー横断で割り勘にするスキームを完成している。彼らと戦っていく以上、スズキも何がしかのアライアンスに加わらないと価格競争力を失ってしまう。それではスズキのコアコンピタンスである「良品廉価」すら危うくなってしまう。

 そこにスズキのジレンマがある。主人面をして支配されたくない反面、独立を続けることも難しい。問題を解決するには、スズキの価値を正しく評価し、独立性を認めてくれる相手を見つけなければならなかった。では、果たしてそれにトヨタが相応しいのか? そこに疑義は集中する。

●なぜトヨタを選んだのか?

 率直に言って、かつてのトヨタは提携先にリスペクトを払う企業ではなかった。ダイハツが開発したクルマに、マイナーチェンジの際、トヨタ設計の部品の採用を押し付けるようなことが行われていた。しかもオリジナルのダイハツ製の方が設計が良かった点から見ると、それはただの押し付けではなく、ある種の蹂躙(じゅうりん)に見えた。しかしながら、豊田章男社長体制になってから、そういうパワープレーが鳴りを潜めている。

 例えば、トヨタはスバルの16.48%の株式を有する筆頭株主だが、スバルの独立性を無視しない経営が行われている。マツダとの提携では、具体的な利益プランを明示することなく、緩やかな提携を成立させた。今年8月に完全子会社化したダイハツに対しても「グローバルな小型車戦略を任せる」という余裕のある姿勢を見せている。資本主義の世界ではむしろ少し悠長だと思われる穏やかなパートナーシップを構築できる会社に、トヨタは変わったと筆者は思っている。

 GMやフォルクスワーゲンとの提携とその解消を糧に、提携相手に対して本当に求めるものが分かった今、鈴木会長はトヨタとの提携に意を固め、9月初旬にトヨタの豊田章一郎名誉会長を訪ねた。豊田名誉会長は「協議だけはしてもいいのではないか」と答えたという。そして今月に入ってから豊田社長との会談を経て、今回の発表に至ったということである。

 トヨタがスズキを利用しようとしているのではないかと考えた記者から、質疑応答で「今回の提携はトヨタのインドマーケット対策ではないのか」と問われ、豊田社長はこう発言している。

 「自動車産業は国益にかかわる事業です。スズキはインドで長らくパイオニアとして、(インド政府と協調しながら)自動車マーケットを育ててきた実績があります。トヨタが単純にスズキを利用してインドマーケットを手に入れようという考え方は、スズキのこれまでの長年の努力に対して失礼に当たります。トヨタはアライアンスの下手な会社なので、それを自覚しつつ、オープンな提携を目指し、未来のモビリティや、もっと良いクルマ作りを進めていくことを考えています」

 もちろん企業経営は慈善事業ではない。トヨタにしてもスズキの多方面にわたる価値の中で、インドでの強みを評価しているのは間違いない。ただ、それをスズキの都合にお構いなくトヨタのメリットだけで押し切らないという意味で筆者はとらえた。

 先に触れた環境技術や安全装備、自動運転、コネクテッドカー(車両間通信機能)などの基礎技術開発ではデファクトスタンダードの争奪戦が既に始まっている。欧州の基礎技術アライアンスに対して、日本でも昨年、AICE(自動車用内燃機関技術研究組合)が設立され国内の全てのメーカーが加盟している。しかし、こうした外郭団体的な組合機能であらゆる基礎技術の共同開発がこなせるかと言えば、なかなか足並みがそろうとも思えない。そこを解決していくためには緩やかな提携を軸に、業界を再編していくよりほかないのかもしれない。

 トヨタとスズキが今後どのような具体的目標を定めていくかは未定で、これからそれを始めるのだと言う点は鈴木会長も豊田社長も繰り返し強調していた。2人の巨人の脳裏にどんな自動車の未来があるのか、注目していきたい。

(池田直渡)

最終更新:10/17(月) 6:34

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