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新潟新知事の米山氏、もともとは原発推進派

ニュースソクラ 10/17(月) 16:00配信

灘高・東大医学部の秀才だが、何度も落選

 選挙はドラマだ。この言い古された台詞をあらためて思い起こさせたのが、16日投開票の新潟知事選だった。ドタバタの末に野党候補として祭り上げられた医師・米山隆一(49)が、満を持して県政に打って出た与党推薦の前長岡市長・森民夫(67)を撃破。東京電力柏崎刈羽原子力発電所の再稼働問題で慎重路線を打ち出した米山に軍配が上がったことで、波紋は国のエネルギー政策にまで広がる。

 投票前日の15日。両候補が最後の訴えの場に選んだ新潟駅前の光景は対照的だった。新潟市長の篠田昭ら有力者に囲まれた森は「問題があれば国に意見が言えるのは私だ」と中央とのパイプを強調。一方、米山の支持者はノーベル文学賞のボブ・ディランさながらにギターをかき鳴らし「原発はいらない」と英語で歌う。浮かんだのはエスタブリッシュメントと市民運動が対立する構図。果たして勝敗は6万票を超える大差となった。

 森は「天国と地獄」を味わったに違いない。現職知事の泉田裕彦を批判し、県内の市町村長を巻き込んだ包囲網を着々と構築。全国市長会会長などを歴任したキャリアを誇示し、泉田の県政下でぎくしゃくした県と国の関係を修復する意向をにじませた。自民党、公明党だけでなくいつもなら民進党を応援する連合新潟からも支持を取り付けた。ここまでなら無投票もありえた。

 一方、野党側は候補者選びで迷走した。民進党の県連は早い段階で衆院5区総支部長の米山擁立を模索していたが、他党をまとめきれずに断念。ところが人選に窮した共産、社民、自由の3党があらためて米山推薦のボールを投げ返してきた。これには民進党が応じられず、自主投票を決定。米山は離党し、3党推薦で出馬を表明した。告示まで1週間を切るタイミングだった。

 スタートダッシュで差のついた両陣営の形勢逆転を招いたのは「泉田ショック」が予想外に大きく、原発問題をクローズアップしたためだ。反原発の急先鋒とみられていた泉田はいったん四選出馬を表明したが、地元紙とのあつれきなどを理由に突如撤回。柏崎刈羽原発の再稼働反対を訴える市民団体などから翻意を促す声が湧き出る中、泉田路線の継承を掲げて立候補したのが米山だった。

 中央に近い「森知事」なら早晩再稼働へ向かうという空気が広がる。劇的な擁立劇、明快な対立構造、そして撤退表明後も「ニュースな人」であり続けた泉田…。有権者の関心は俄然高まった。

 風が吹き始めると民進党の態度も変わった。投票直前に代表の蓮舫が駆けつけ、街頭演説で米山への投票を呼びかけた。自民党の楽観ムードも一転。東京10区、福岡6区の補選を控えて国政への影響も出かねないだけに、首相の安倍晋三まで「新潟死守」を厳命した。森は「原発も重要だが、それだけか」と雇用の拡大や福祉の充実といった幅広い目配りをアピール。再稼働問題の争点化を最後まで避けようと懸命だった。

 投票率は前回を10ポイント近く上回った。無党派の支持が米山に集まり、自主投票を決めた民進党からも票が流れた。当選後にあいさつした米山は「オール新潟の勝利」と表現。柏崎刈羽原発については「(県民の)命と暮らしを守れない現状で再稼働を認めることはできない」とあらためて明言した。

 米山は北魚沼郡湯之谷村(現在の魚沼市)出身。新潟大学教育学部附属長岡中学から関西の名門・灘高へ進学、東大医学部を卒業した。司法試験にも合格した秀才だが、度々挑戦した国政選挙では当選に及ばなかった。

 2005、09年の衆院選は自民党の公認を得て新潟5区で立候補したが落選。日本維新の会から出馬した13年の参院選新潟選挙区でも敗れた。

 米山はもともと「原発推進」の立場だった。それが知事選への出馬会見で「私が間違っていた」と方向を全面転換。「反原発」は選挙用に付け替えた看板とみることもでき、エキセントリックなまでに福島事故の徹底検証を求めていた泉田の後継とは必ずしも呼べない。その看板を軽々に降ろすことはできないだろうが、任期中に再稼働問題がまったく動かないと断じるのは早計だ。

 原発への賛否を問う○×投票の様相を呈した知事選だが、人口減をはじめ新潟が直面する課題は他にも山積している。選挙戦でシングルイシューしか話題にならなかったのはこの県の未来に不安を残した。米山は選挙戦で原発問題以外にも雇用や教育など「6つの責任」を公約に挙げた。その実行も注意深く監視していかなければならない。

 新潟では県の第3セクター子会社による中古フェリー買い取りをめぐり、地元紙が泉田への追及をなお続けている。有権者には中央から孤立した泉田に不満が高まったが、既成政治に物申す姿勢に共感する声も根強かった。

 英国では国民投票で欧州連合(EU)離脱が決まり、米大統領選ではヒラリーがトランプにてこずっている。老獪さよりも清新さを選んだ民意は、たとえ日本の一地方の決断だとしても、世界の潮流と無縁だとは言い切れないだろう。近づく補選でも有権者の空気を読み間違えればは命取りだ。

(敬称略)

熱海 吾朗 (ジャーナリスト)

最終更新:10/17(月) 16:00

ニュースソクラ

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。