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政治家の「記憶にない」発言は、帝国議会から当たり前? 決まり文句は通用しません

BuzzFeed Japan 10/18(火) 11:05配信

築地市場の移転について問う東京都の石原慎太郎元知事からの回答は、「記憶にない」だった。小池百合子知事は静かに苛立った。【BuzzFeed Japan / 瀬谷 健介】

外国人ジャーナリストが写した築地市場 そこに広がる独特な世界

石原元知事から、築地市場の豊洲への移転をめぐる経緯などを聞いた質問状に対する回答が10月14日、小池知事のもとに届いた。

小池知事は、この日の定例会見でこう発表した。

「具体的な回答はなかった。細かいことは事務方がやっていた、自分は聞いていない、記憶にない、分からない、覚えていないという回答だった」

「一度は先方から、私に会いたいと申し出があったわけで」とし、石原元知事から依頼があったが、石原元知事が撤回し、質問状を送ってのやりとりになったことを改めて説明。”期待はずれ”の回答だったといい、鋭く言い放った。

「やはり都合の悪いことをいま、むしろ伝えてもらわないと明確な答えにならない。作家生活、都知事を続けてこられた功績を無になさらないようにしていただきたい」

高齢も理由に挙げていることにも触れ、「質問状によって思い出されたこともあるかと思いますので、聞かなければならないことをまたご依頼することになるかと思う」とした。

「記憶にない」はいつから当たり前なのか。過去を振り返ってみたい。

1.国内最古の政治家による「記憶にない」発言は、故・和田博雄元農林大臣?

帝国議会時代の1946年9月の衆議院の委員会で、和田元農林大臣は「どういう言葉で正確に表現しましたか、一寸私記憶にないのであります」と述べた。

議事録によると、「事業は強力な政府の政治力によってやる」と演説で語ったことがあったといい、言葉の意味を問われて答えていた。言葉の表現は難しい。

2.「記憶にございません」を流行語にさせたのは、実業家の故・小佐野賢治氏。

「昭和最大の政商」と呼ばれた小佐野氏。

1976年、ロッキード事件に関与したとして、衆議院予算委員会で証人喚問を受けた際、こう連発した。

「いや、全く私は記憶ありません」「全くいまのところ記憶がありません」「私も古い話ですから記憶がございません」

「記憶にございません」が、当時の流行語になってしまった。

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最終更新:10/19(水) 10:05

BuzzFeed Japan

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