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私たちは広島「黒田博樹」から、何を学べばいいのか

ITmedia ビジネスオンライン 10/19(水) 11:02配信

 引き際の美学を貫いた。広島東洋カープの黒田博樹投手が10月18日、今季限りでの現役引退を表明。広島市内のホテルで記者会見を開き、引退の理由について「日本シリーズの登板もあるので、すべてを伝えるのは難しいが、ひとつはリーグ優勝して日本シリーズに進出ができたことが大きい。最高のシーズンを送れたので全く悔いはない」と述べた。

【黒田から何を学べばいいのか】

 チームが10月22日から開幕する日本シリーズ進出が決まっているにもかかわらず、このタイミングで引退表明に至ったことについては「シーズンがすべて終わってから、みんなに伝えようと思ったが、日本シリーズ進出も決まり、もしかしたら次の登板が最後かもしれないのでチームメートと、今まで応援してくれた人に自分の気持ちを伝えないといけないと思った」

 まだ雌雄を決する最大の勝負が待っていながらも、重大な決断を口にすることは大変な勇気が必要だったであろう。それでもチームメートたちは自分の引退によって「何か」を感じ取り、そして発奮し、さらに一丸となって日本一へとまい進してくれるに違いない。黒田はハッキリと口にこそしなかったが確かに、そう考えてもいた。

 同じベテランで2歳年下の新井貴浩内野手にのみリーグ優勝を果たした後、今季限りでユニホームを脱ぐ決意を固めたことを打ち明けていたという。新井とはカープで長きに渡り、投打に分かれながらチームを支え合った戦友。一度別離する前の2007年シーズンまではカープの暗黒時代もお互いに経験し、苦楽をともにした。そして奇遇ながらもこの2007年シーズンが終わった直後のオフ、自身はメジャーリーグのロサンゼルス・ドジャースへ移籍し、新井もFA権行使によって阪神へ新天地を求め慣れ親しんだカープを去った。

 しかし気心が知れた仲間だからこそ、再び同じユニホームを着てプレーする日がやって来た。2014年オフ。黒田はメジャーリーグから古巣カープへ戻る決意をした際、実は広島のフロントに「新井を何とか戻してやってください」と頭を下げながらお願いした。このころの新井もまた黒田同様に古巣復帰を熱望してはいたものの、7年前にFA権を行使し阪神へ移籍してからは松田元オーナーの怒りを買ってしまい、大きなわだかまりが残っていると見られていたのだ。

●何度も頭を下げながら猛プッシュ

 そうした流れもあって2014年シーズンオフ、当初の新井は古巣復帰が困難であることを悟り、阪神から出場機会を求めて東北楽天ゴールデンイーグルスへの移籍が決まりかけていた。しかしながら関係者の話を総合すると、黒田は諦めることなく松田元オーナーに直談判し「新井を獲得してくださいませんか。彼は自分同様、カープの苦しい時代を知るベテラン。彼が加入すればチームにとてつもないプラスアルファが与えられることになるでしょう。もし、それができるのであれば私は間違いなくカープに復帰させていただきたいと思います」と何度も頭を下げながら猛プッシュしていたというのである。

 これには松田オーナーも「黒田がそこまで新井にお墨付きを与えているのならば、本当に大きな安心材料だ」と感服していたとも聞く。再び新井をチームに迎え入れられるように裏で必死に奔走していたのは、実を言えば黒田だったのである。

 絶対に自己中心的な性格などではなく常に冷静沈着で周囲がよく見えている。そして場合によっては友のため、こういう犠牲的精神もいとわない。これらこそ黒田が「男気」と評される所以(ゆえん)だ。それは日本だけでなく、メジャーリーグでも共通している。

 筆者は黒田が古巣カープヘと復帰を果たした1年目、15年シーズン中、数人のメジャーリーグ選手とメジャーリーガー関係者に現地米国でインタビューを試みている。例えばロサンゼルス・ドジャースの元監督で黒田とは移籍1年目の2008年から10年まで同じユニホームを着ていたジョー・トーリ氏は黒田の人物像について次のように明かしていた。

 「ヒロ(黒田)は素晴らしい。チームメートからも常に尊敬の眼差しを向けられていたし、彼の周りにはいつも自然と人が集まるようになっていた。それがスーパースターにとって輝くための大事な要素でもある。たとえ英語の言葉が完ぺきでなくてもヒロはいつも誰かに話しかけられ、懸命にボディランゲージを交えながらコミュニケーションを取っていた。それだけ人を引き付ける重要な要素をもっているのだろう。私は自分が退任するまで2010年までの3シーズンだけ、彼と同じユニホームを着たが、少なくともあと10年は一緒にチームを支え合いたかったね」

●「フォア・ザ・チーム」と「ネバー・ギブアップ」

 そのドジャース時代は黒田と「最高の盟友」と称され、今でも強固な関係を築き合っているクレイトン・カーショウも熱く語っていた。

 「あんなに楽しくて、そしてマジメで頭のいい日本人選手はいないよ。人との付き合い方が上手なんだろうね。ヒロ(黒田)はそういうところが、本当に天才的。周りがよく見えているから、きちんと相手のことを考えて気配りができる。だから自分勝手なことをしない。ボクもヒロのようになりたいとずっと目標にしながら思って、ここまでやってきている。

 ボクがメジャーデビューを果たした2008年に、彼もまた日本からやって来た。お互いルーキーだったからこそ、いろいろなことを意見交換できたし、吸収し合えた。ヒロから教えられたこと? 『フォア・ザ・チーム』と『ネバー・ギブアップ』の姿勢さ。当たり前のことだけど、それを改めて彼の姿勢から教わったよね」

 現在はドジャースのエースになったカーショウは、だからこそナショナル・リーグ・チャンピオンシップ(ナ・リーグ優勝決定戦)を含め、ここまでのポストシーズンでも先発だけでなくときとしてストッパーにもまわり、登板間隔を詰めながら八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍でフル稼働している。体にムチを打って投げている姿勢は、やはり黒田から「フォア・ザ・チーム」と「ネバー・ギブアップ」の両文言を教え込まれたからなのかもしれない。

●黒田から教えられたことがたくさんある

 最後のメジャーリーグ在籍チームとなったニューヨーク・ヤンキースのブライアン・キャッシュマンGMも黒田について、こう本音を吐露していた。

 「黒田を欲しくないと思う球団などメジャーリーグには1つもないだろうね。残念ながらヤンキースとは条件面や編成面など、さまざまな理由が重なり合ってまとまらなかったが、できることならば黒田はヤンキースで野球人生を終えてほしかった。まだまだ主力クラスとして活躍できたし、それにヤンキースの若手たちに精神面や技術面、すべてにおいて教えられたことが彼には山のようにある。『バイブル』そのものだと思う」

 黒田のように素晴らしい卓越した人間性を持ち続け、同時に周囲への目配りも利かせながら生きることはなかなか容易にはできない。口で言うのは簡単だが、実際に遂行し続けることはとても難しいからだ。

 しかし、そうは言うものの少しずつでもいいから「男気」の生き方を学び、メジャーリーグ関係者や選手たちの黒田評も参考にしながら私たちも成長への糧としていきたいところだ。

(臼北信行)

最終更新:10/19(水) 11:02

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