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山の寺形成期に新史料 北國総研が調査、七尾城下探る手掛かりに

北國新聞社 10/19(水) 2:26配信

 七尾市の山の寺寺院群が形成された時代の史料が、一般財団法人北國総合研究所(金沢市)の調査事業「能登畠山文化の源流をゆく」で確認された。同市小島町の曹洞宗徳翁寺(そうとうしゅうとくおうじ)が所蔵しており、能登畠山氏の七尾城下から前田利家の小丸山城下に移転するまでの歴代住職などが判明した。後に加賀藩が作成した「寺社由来書上(かきあげ)」では不明だった七尾城下の寺院を探る手掛かりとして注目される。

 調査は、北國新聞社の特別協力、のと共栄信用金庫(七尾市)の特別協賛、荏(え)原(ばら)製作所(東京)と七尾市の協力で実施している。

 史料は徳翁寺にある「日(にっ)牌(ぱい)」と呼ばれる歴代住職の記録で、寺を開基した能登畠山氏の重臣長(ちょう)氏一族の河尻直連(かわじりなおつら)の戒名や1543(天文12)年の命日をはじめ、七尾城下から小丸山城下に移った時期の住職「佛(ぶつ)印曇隆(いんどんりゅう)」和尚を「中興」として、92(文禄元)年の命日などが記されていた。

 徳翁寺所蔵の史料はこれまで、能登の領主として小丸山城を築いた前田利家が「山之寺(やまのてら)」の敷地を寄進した85(天正13)年の黒印状が知られている。ただ、七尾城下からの移転については、移転から100年後の1685(貞享2)年に作成された寺社由来書上でも触れられていなかった。

 調査委員長の東四柳史(ひがしよつやなぎふみ)明(あき)金沢学院大名誉教授は「山の寺寺院群の寺院をさらに調査することで、畠山時代に建立された七尾城下の様子も少しずつ見えてくるのではないか」と語った。

 山の寺寺院群では「山の寺の日」(北國新聞社後援)の22日午前9時~午後4時、全16カ寺が所蔵する涅槃図(ねはんず)が一斉に公開される。画聖長谷川等伯(とうはく)ゆかりの作品や初公開の作品も見られる。

北國新聞社

最終更新:10/19(水) 2:26

北國新聞社

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