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ポール・ショーティノ(ラフカット)、27年振りの来日でLAメタル再燃!

E-TALENTBANK 2016/11/7(月) 16:15配信

「LAメタルの切り札」と言われたラフカット。レコードデビューから32年、そのヴォーカリスト、ポール・ショーティノが愛知県東海市芸術劇場で11月3日、27年ぶりに一夜限りの公演を行った。ラフカットとして2度、3度目は同じくLAメタルのパイオニア的存在、クワイエット・ライオットの新ヴォーカリストとして、そして最後は89年に自身の単独公演から、正に27年の歳月を得て、5度目の来日である。

ショーの前に午後から、『“鉄のまち“東海市 鋼鉄フェスティバル Vol.2「今こそ語る! LAメタル」LIVE & シンポジウム』と題されたイベントとして、パネリストに広瀬和生氏(BURRN!編集長)、増田勇一氏(音楽ライター)、安江正也氏( 芸術劇場総監督)、今回のコンサートのギタリスト、瀬上純氏(Crush40)、そしてポール・ショーティノがLAメタルを振り返り、検証をしていくシンポジウムが開催された。

ラフカットはロニー・ジェームス・ディオの妻であるウェンディ・ディオがマネージメントを手掛け、ロニー自身はデモ・テープや曲作りに手を貸していただけあり、ポールの口から当時の貴重なエピソードが幾つも飛び出した。ラフカットと同時期にLAメタルシーンを滑走していたモトリー・クルーやラット、グレイトホワイトなどに比べ、デビューが出遅れたのは契約先であったワーナーブラザーズのプロデューサー、テッド・テンプルマンが他のアーティストのプロデュースを手掛けていた為に、レコーディングは長期待つ事になってしまった。ポールは「本当はロニーにプロデュースして欲しかった」と当時の胸の内を明かす。しかし、ロニーはラフカットを自分の色に染める恐れを避け、敢えて外部のプロデューサーを待ったと言う。しかし待てど暮らせどテッドが手いっぱいだった為、結局はトム・アロムにプロデュースを依頼したという話はファンの間では有名であるが、「もしラフカットのアルバムがもう少し早くリリースされていたら、また違った形で勢いに乗れたかもしれない 」と当時を振り返り、2時間近くに及ぶ歴史的回想録をポールは一つ一つ丁寧に答えていった。普段から上機嫌なポールは自分で語ったことに自分でボケと突っ込みを入れて小刻みに肩を震わせて笑っていたが、その内容が今一つ訳され切れずうまく場内に伝わらなかった部分が少々名残惜しかった。時々話は脱線しやすいものの、日常会話も含め、ポールは常に人を楽しませる話術や気配りのテクニックにも優れている人だからだ。

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最終更新:2016/11/7(月) 16:15

E-TALENTBANK