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【インタビュー】ヴァレンタイン「日本が僕の居場所だと思った」

BARKS 2/9(木) 17:55配信

オランダのマルチプレイヤーであり、貴公子と呼ばれたロビー・ヴァレンタイン率いるヴァレンタインが18年ぶりの来日公演を果たした。

◆ヴァレンタイン画像

クラシックやクイーンから多大な影響を受け1991年にソロデビュー、以降メロディアスかつヘヴィ、そしてドラマティックな作品を作り続け、ビジュアル的にも妖艶なルックスとカリスマ性で日本でも大きな人気を得た。コンスタントにアルバムリリースを重ね、優しく美しいメロディと重厚なコーラス、華麗なピアノ、決してルックスだけではない多彩な音楽性を持った作品たちであったが、時代とともに日本国内との直接契約になって行く。

2016年に8年ぶりの日本企画盤では自らのルーツであるクイーンのトリビュートとオリジナルの新作での2枚組アルバムをリリースし、クイーン・トリビュート・ナイトとオリジナル楽曲でのヴァレンタイン・ナイトの2日間の来日公演が行われた。

ブロンドヘアをなびかせたその姿と歌声は変わらず、ステージには左右両サイドにキーボードが設置され、ギター、キーボード、アコギ、ボーカルとアグレッシブに動き回りながらのフルステージ。演奏陣に加え、コーラスとリードボーカルの一部を占めたのは美女マリアで、ロビーとマリアの美しさがステージを圧倒していた。2人は何度も「ダイスキ!」と日本語も挟みながら今回の来日の感謝を言葉にしていた。

新作『Bizarro World』からの楽曲を中心に披露されたが、初期の楽曲では場内の歓声もひときわ大きく当時からの人気の高さを物語っており、特に1990年代の楽曲によるメドレーには感涙した者も多かったのではないだろうか。ピアノでのショパンやチャイコフスキー、アバやデビッド・ボウイのカバーまで披露され、ルーツと長年のキャリアとが一気に楽しめる内容であった。

ロビーとマリアの4歳になる愛娘や友人もステージに参加するなど、現在のヴァレンタインが充実している様子も伺え、終演後には突然サイン会が行われるサービスもあり、日本のファンには少し早いバレンタイン・デーの贈り物になった。2日間の来日公演を終え、ロビーにインタビューを遂行した。

──18年ぶりの来日ですが、まず今のお気持ちをお聞かせ下さい。

Robby:日本は本当に素晴らしくて日本のファンは大好きだよ。今ここにいるからそう言っているわけではなく、本当にだよ。

──ライブ素晴らしかったです。日本のオーディエンスはいかがでしたか?

Robby:僕のミュージシャン人生の中で最高のライブだった。ソロライブで来日した時が最高だったけど、それを更新したよ。今回は、21年前の時ほどお客さんは多くはなかったけれど全体の雰囲気もお客さんの雰囲気も良かった。もちろんバンドもね。数日経ったけどまだ夢心地だよ。

──バンドメンバーも即席ではない事がライブでよくわかりました、メンバーは昔からの方ですか?

Robby:ベースのルークとは2010年からやっているけど、ドラムのアンドレとルークが以前アフター・フォーエバーというバンドのリズムセクションだった。アンドレは2008年からやっていて、彼の紹介なんだ。ルークは最初はオリジナル曲のベーシストとして加入して、当初クイーンのトリビュートバンドのベーシストは別に居たんだ。そうすると、今回のように日替わりでクイーン・とオリジナル・ナイトのようなライブの際に他のメンバーは同じだけどベーシストだけ違うのも何だかな、となって。元のベーシストは友好的に脱退して、ルークに両方やってもらう事になったんだ。

──演奏面も充実していましたね。

Robby:1980年代後半からキーボーディストとして活動していたけど、当時はバッキングテープなんてご法度で全て生の演奏と歌でないといけない時代だった。1990年代初期にソロで初めた頃、バンドメンバー全員で頑張ってやってはいたけど、アルバムの完全再現は無理だった。それが今の時代は許されるようになり、ボーカルハーモニーのところは使っているよ。今のバンドは本当に素晴らしくてね、彼らは昼間別の仕事をしてるからバンドでリハーサルはできないしやらないんだ。みんな準備をちゃんとしてきてくれるから必要もない。アンドレはドラムセットも自宅にないしね、アンドレとギターのポールも全て生音だよ。

──あなたがクイーンのマニアなのは有名なところですが、実際にトリビュートしてみて改めて感じる事などはありますか?

Robby:子供の頃からピアノでクイーンを歌っていたよ。そもそも今回のトリビュートのきっかけは、オランダのクイーンのファンクラブからの依頼でね。せっかくならピアノの弾き語りではなく全てのバッキングトラックを自分で録音して3ヶ月かけて10曲用意したんだ。だけどこれだけ一生懸命にやったものを一度きりではあまりにももったいないと思った。そこに自分のボーカルも入れてトリビュート・アルバムとしてリリースしようと。ただ、レコーディングで何度も何度も繰り返すうちに曲のマジックが失われるのではないかという危惧はあったけど。こうしてアルバムを作る事になって、昔から天才で凄いと思っていたけど改めて凄さを実感できた。例えば、「伝説のチャンピオン」で言うとコード進行自体はシンプルだけど、実際に自分でやってみるとハーモニーの作り方が賢くてね。もちろん、クイーンは神だから彼らがやった事を完全再現するなんて無理だけど、今まで思っていたよりも凄さに気付かされたよ。

──やはり大変だったわけですね。

Robby:本当に大変だったから二度とトリビュート・アルバムは作りたくないよ(笑)。そして、クイーンのファンには謝りたいんだ。僕自身、他のクイーンのトリビュート・バンドは本物ではないし嫌なんだ。だから僕のやった事も当然本家に匹敵するわけもないし、自分自身も認めていないし、クイーンのファンも同じように思っているんじゃないかな。でも僕はクイーンへの愛ゆえに行なったし、これをライブでやる事も僕のコントロールの範囲外でどんどん起こってしまってね。トリビュート・アルバムを作った後、オランダのコンベンションにも呼ばれたしイギリスのコンベンションにも4回も呼ばれた。ソロでもバンドでも評判が良くて今日に至っているんだ。

──日本ではオリジナル・ナイトの方がお客さんが多かったですよ。

Robby:日本のファンには本当に感謝したいよ。オランダだとクイーンのトリビュートライブの方が断然人気があるんだ。クイーンは大好きだけど僕らはアーティストだから、本来なら9割が自分のライブ、1割がクイーンのライブが理想だけど実情は逆転しているんだ。日本では初日のクイーン・ナイトも良かったけど、2日目のオリジナル・ナイトの方が盛り上がったし、感動したよ。自分の音楽を聴きにこんなにたくさんの人が来てくれたのをひしひしと感じて凄くインスパイアされたよ。オランダだとライブハウスではなくて企業のパーティの余興のようなもので、お偉いさんが腕組みをして観ているような感じでね。僕はそういうアーティストではないし、本意ではないけどリクエストがあってやった。だけど、今回日本で自分のオリジナル曲がこんなに受けている事がわかったから、今後は企業のパーティの仕事は断ろうと思う。今、ニューアルバムも制作しているし、そちらに専念しようと心に決めたよ。

──ヴァレンタインの音楽はとても多彩ですが、アルバムごとに違うエッセンスはどのように生まれますか?

Robby:アルバムを作る度に、最初はこの路線で行こうと考えて、例えば「Believing Is Seeing」の時はトーリ・エイモスが好きだったから彼女の路線でと考えてみたけど、最初の2曲だけで作っているうちに変わって行くんだ。「The Most Beautiful Pain」の時はメタルと思ったけどやはり最初の2曲だった。「Bizarro world」もミューズのようなものを考えたけど、良くできたミューズっぽい曲は2曲であとは取って付けたようになってしまった。今思うと、方向性を決めてやるのは良くなかったんだ。無理矢理に自分をその方向に追い込むようでね。自然に自分がインスパイアされたものに身を任せて作った方が良いものになるね。

──ソロデビューされた1990年代は時代的にグランジなどが流行り出して、それでも日本では人気を得ましたが海外ではやりにくかったですか?

Robby:日本が僕を救ってくれたんだ。1970年代はグラム・ロック、1980年代はニュー・ロマンティックスやLAメタルをよく聴いていてね、ドレスアップして1989年にソロアーティストになって、1990年に初めてレコード契約を交わして翌年1stシングルをリリースした。当時アメリカで売り出す事になっていたし、アメリカ人のプロデューサーも付いていた。当時の流行りのヘアメイクをしてフォトセッションもしていたけど、マネージメントと揉めた事があり数ヶ月発売が延期になったんだ。そうしているうちにグランジのムーブメントが一気に来てしまい、レコード会社がもうビジュアル系の路線は止める事になってしまった。そしてブライアン・アダムスやリチャード・マークスのようにジーンズと革ジャンにしろと言われ、それを拒否したらアメリカでのリリースが中止になってしまったんだ。1stシングルはオランダではヒットもしたし、インドネシアではNo.1にもなったし、ブラジルでもリリースされた。2ndアルバムもオランダではそこそこ売れた頃、日本でキャプテン和田さんが最初の2枚のアルバムを輸入盤で聴いてくれたらしくて、そこから日本のポリドールからのリリースになった。グランジブームは僕には打撃でね、他にもキャリアを潰されたアーティストは多かったと思うよ。

──その時の初めての日本はいかがでしたか?

Robby:1994年に初めて来日した時、日本の音楽雑誌を見たら日本のビジュアル系のバンドが凄く派手で、自分はなんて地味だったんだろうと思ったよ(笑)。だからここが僕の居場所だと思った。僕はYOSHIKIの大ファンでもあるんだ、綺麗なピアノとドラムも叩くし。

──近年はテクニック重視のみでビジュアル面に気を使うアーティストが少ない傾向にあると思いますが、どう思われますか?

Robby:僕の個人的な意見だけど、ステージに立つアーティストがそのへんのバスを待つような人の格好ではいけないよ。それはお客さんに対する侮辱だと思っている。僕はデビッド・ボウイも好きだし、ちゃんとショウでないといけないと考えているよ。「Bizarro world」の<Bizarro>は異様や変わっているという意味なんだけど、僕にしたらグランジの人たちが<Bizarro>で、向こうにすれば僕が<Bizarro>だよ。

──今後のご予定を教えて下さい。

Robby:まずオランダに戻ったら4月まではヴァレンタインとしてのライブとクイーンのトリビュートライブがいくつか控えている。そして日本でたくさんの刺激をもらったからニューアルバムに向けての曲作りとレコーディングをして、夏が終わる前には完成させて秋のリリースを予定しているよ。日本の皆さんには本当に感謝している。全てが素晴らしくてミュージシャン人生の中での最高のライブができたし、心の底からありがとうと言いたい。また1日も早く戻って来たいよ。

取材・文:Sweeet Rock / Aki
ステージ写真:Yuki Kuroyanagi

<VALENTINE Japan Tour 2017>
2017年1月21日@Shibuya Duo Music Exchanege
1.Intro / Bizarro World
2.The Magic Breeze
3.Mega-Man
4.Rockstar
5.No Turning Back
6.Dear Dad
7.Fear of Heights
8.Deadbeat Boy
9.Close The Door
10.You're Tearing Me Down
11.Schizophonicated
12.S.O.S.(ABBA Cover)
13.Trip to the Moon
14.Angel of My Heart
15.Guitar Solo
16.4th Rate Razorback
17.Piano~Don't Make Me Wait Forever
18.The Mistake
19.Make Way(for the Messenger)
20.Piano Solo~ Chopin / Tchaikovski
21.RV 90's Medley~Broken Dreams / Love Takes Me Higher / I Believe In You / Only Your Love / Where Do We Go From Here / God
22.Save Myself
Encore
23.Life on Mars?(David Bowie Cover)
24.I Believe in Music
25.Black Rain
26.Over and Over Again

最終更新:2/9(木) 17:55

BARKS