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現役産業医が見た電通事件、3つの問題点――「残業100時間超えだけが問題ではない」

HARBOR BUSINESS Online 2016/10/22(土) 16:20配信

◆繰り返された電通(自殺)事件

 大手広告代理店の電通に勤めていた若手社員が昨年12月に自殺した件に関して、直前の残業時間の大幅な増加が原因だったと、三田労働監督基準署(東京)が労災認定したとのニュースが、10月7日の日経新聞に掲載されました。

⇒【資料】厚生労働省 平成27年度『過労死等の労災補償状況』

 その後、このニュースは第2の電通(自殺)事件として世間を賑わせています。その多くは、残業時間が多いこと=過重労働の罪を問うものですが、なかには「100時間程度の残業でうつ病になるとは何事か!」的な論調もあります。

 まず、亡くなられた女性社員のご冥福をお祈りします。今回はこの事件で残業時間が注目される背景と、本当に残業時間だけが問題なのかという点について、産業医の立場から述べさせていただきます。

 私は産業医として年間1000人の働く人と面談をしています。長時間労働がいいとは考えません。しかし、長時間労働をしつつも、元気に前向きに頑張っている人たちもたくさん知っています。

 そのため、私は長時間労働だけが働く人に精神疾患を発症させ、自殺に至らせる原因とは思いません。色々な原因が重なり合い、今回の悲劇になったと思いますが、産業医の立場から、3点を推測したいと思います。

◆長時間労働だけが問題ではない理由

 まず、1点目として長時間労働だけが精神障害を発症する原因ではありません。その根拠は2つあります。

 今年の『過労死等防止白書』で過労死に関わる労災補償の状況をみてみると、残業時間が1か月で80時間を超える人たちばかりに精神障害にかかる労災が認定されているわけではありません。

 脳や心臓の疾患の場合は残業時間が1か月で80時間を超えたケースの件数が多いですが、精神障害の場合は労災認定されたケースの約20%は、残業時間が1か月で80時間以下であり、業務による精神障害の発症は、残業時間が短くても十分に起こり得ると考えられます。

 現に私の産業医クライエントには、長時間労働だけれども精神的不調にならずに元気に働いている人もいます。また、残業時間が少なくても、精神的不調に悩む人、それで仕事を休む人もいます。

 そしてまた、現在、私は自分の産業医クライエント企業において、昨年12月に始まったストレスチェック制度を実施していますが、高ストレス者は必ずしも残業時間が多い人とは限らないと実感しています。

 むしろ、私のクライエントにおいては、高ストレス者の一番の理由は、職場で自分が認めてもらえていないという感情が根底にあると感じています。残業時間の長さは、必ずしも高ストレス者の一番の原因にはなっていないというのが、産業医としての率直な感想です。

 では、長時間労働以外の何がストレスの原因となり得るのでしょうか。それが2点目になります。

◆年6万件を超える「いじめ・嫌がらせ」の相談

 電通事件の女性社員は、SNSに「休日返上で作った資料をボロくそに言われた。」と書いてあったようです。このことから、私は電通(少なくともこの社員)においては、新入社員の教育体制・指導体制に、問題があったように推測します。最近の言葉でいうのであれば、指導という名の何らかのハラスメントがあったのではないかということです。

 一般的にハラスメントとは、相手を困らせること、嫌がらせと言われています。特に職場においてのハラスメントは、職場内での優位性を背景に業務の適正な範囲を超えて、精神的身体的苦痛を与える行為と考えられています。最近は全国の総合労働相談コーナーへの「いじめ・嫌がらせ」の相談件数が増加するなど、社会問題として顕在化していると言われています。具体的には、職場での「いじめ・嫌がらせ」に関する相談受付件数は、年間6万6566 件(22.4%)であり、相談内容として最多となっています。

 職場でいじめ、嫌がらせなどのハラスメントを受けた人はどのような気持ちになるのでしょうか。多くは、こんなに頑張っているのに、会社で自分が認められていないということに傷つき落ち込みます。これは「認めてもらえていない」という人間が自然ともつ承認欲求の否定です。それが精神的疾患を発症するきっかけになることが多々あります。認めてもらえていないといことが、孤独感を高め、自分の存在価値を必要以上に落としてしまうのです(自己肯定感の低下)。

 それが、自分への否定、現状への否定、自殺へつながってしまったのではないでしょうか。この事件に関する本当の事実関係はわかりませんが、長時間労働以外に、このような背景が今回の悲劇の背景にあったのではないかと感じます。

 そして3点目はストレスの程度は、その持続期間も大きな要素を占めているということです。

 人はストレス状況にあるとき、そのストレス状況がいつまで続くのかわかっていれば、それなりに耐えることができます。たとえば、現在のプロジェクトは忙しいけれども、今月いっぱいだとか、年内は忙しいとか、終わりが見えているだけで、人は感じるストレスが減るものです。また、嫌な上司との関係も、あと1か月で相手が転勤とわかっていれば、ストレスは低く感じることができます。そんな経験のある方は多いのではないでしょうか。

 この女性社員の場合、新人だったと言うこともあり、業務の先行きが何も予測できなかったのではないかと思います。自分のストレス状況が、いつまで続くのかわからない、永遠と続くのだろうと感じてしまっていたのではないでしょうか。1か月の残業が100時間を超えた状況、休日にも仕事を仕上げなければならない状況、そのような状況にも終わりがあることに気づかせてくれる人がいれば、違った結果になったのかもしれません。

 今回のニュースに関する多くの論調は、残業時間、長時間労働へ向いているようです。

 私はこの件に関して、ネット上の情報しか知りませんが、前述の理由により、長時間労働だけが問題であったとは思いません。産業医として感じることは、残業時間が多いことだけが、うつ病等の精神疾患を発病する理由とは限らないのです。

 むしろ、「長時間労働が問題だ!」と安易に結論づけることに、違和感と同時に、今後の働く人の心身の健康に対する危険すら感じます。本来であれば、「長時間労働も問題だ!」が正しいと私は考えます。長時間労働だけを問題の原因としてしまうと、その長時間労働が改善されない場合(実際にそのような職場は多いです)に、対処方法がなくなってしまいます。長時間労働以外の原因はなかったのか。長時間労働を減らす以外の対策はなかったのか、そのような考え方も必要なのではないでしょうか。これさえやれば大丈夫と言うような対策方法はありません。

 しかし、このような悲劇を繰り返さないためにも、企業は長時間労働だけに注目するのではなく、他の要素も複数あることを認識し、対策立ててほしいと思いました。

<TEXT/武神健之>

【武神健之】

たけがみ けんじ◯医学博士、産業医、一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。20以上のグローバル企業等で年間1000件、通算1万件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を行い、働く人のココロとカラダの健康管理をサポートしている。著書に『不安やストレスに悩まされない人が身につけている7つの習慣 』(産学社)、共著に『産業医・労働安全衛生担当者のためのストレスチェック制度対策まるわかり』(中外医学社)などがある

◆一般社団法人 日本ストレスチェック協会のホームページとフェイスブック

◆『産業医 武神健之』公式ホームページとフェイスブック

◆『医学博士 武神健之』公式ホームページとYouTube

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最終更新:2016/10/22(土) 17:07

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