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「アイルトン・セナを“音”で蘇らせる」“現代の魔法使い”落合陽一×電通クリエーティブ・テクノロジスト・菅野薫

週プレNEWS 1/30(月) 6:00配信

『週刊プレイボーイ』で短期集中連載中、“現代の魔法使い”落合陽一の「未来教室」。最先端の異才が集う最強講義を独占公開!

【画像】震災直後に公開された『CONNECTING LIFELINES』とアイルトン・セナの走りを音で再現した『Sound of Honda/Ayrton Senna1989』

Dentsu Lab Tokyoは、電通内でもクリエーティブ部門の研究・企画・開発に特化した新設の部署だ。スタジオの一画には、これまでに獲得したクリエイター垂涎(すいえん)のトロフィーの数々がズラリと並び、ビジネスやエンターテインメントの領域でテクノロジーを使った表現を行なうチームの実力をうかがわせる。

この制作集団の代表を務めるのが、今回のゲスト・菅野 薫(すがの・かおる)だ。彼が関わった最近の作品で最も多くの人の目に触れたのは、“安倍マリオ”でも話題になった、昨年のリオ五輪閉会式だろう。

菅野は東京五輪をプレゼンテーションするフラッグハンドオーバーセレモニー(旗引継ぎ式)のクリエーティブ・ディレクターを務め、全世界へのTV生中継でのAR(拡張現実)表現も含めて、日本のコンテンツ制作力の高さを知らしめた。

そんな菅野がコンテンツの企画と制作を手がけるようになったのは、実はわずか5年前のこと。きっかけは大手自動車メーカー・ホンダから舞い込んだある依頼だった。

* * *

菅野 広告の仕事って、CMの制作以外にもスポーツビジネスの仕事もあり、ライブイベントの仕事もあり、ことのほか広い領域でクリエイターとして関わることができるんです。この業界は裏方的な仕事なので、表立って「誰々が作者だ」と全面に押し出すことは少ないんですが、不思議な職人的な魅力を持った先輩たちがいろいろな場で活躍していたのに憧れて電通に入りました。

入って最初の10年ぐらいはデータ解析のソフトなんかを開発する部署にいたんですが、あるとき、ホンダさんの『インターナビ』という商品の広告をつくるという難しい相談が来ました。

簡単に説明すると、携帯電話のデータ回線を使って日本中のあらゆるインターナビ搭載車の位置情報をリアルタイムで集めて分析し、渋滞回避に役立てたりするサービスなんですが、なかなかその機能や利便性をちゃんと理解した上で表現案を考えるのが複雑で難しい。それで、「所属はどうでもいいから、とにかくこのシステムがわかるヤツを連れて来て欲しい!」ということで連れて行かれたのが、当時クリエーティブ部門でもなんでもなかった僕です。

先方にお邪魔したら、開発したエンジニアの方々が嬉々として、システムと膨大なデータを見せてくれるんですよ。「毎秒毎秒、こうやって集まってくるんですよ、すごいでしょ!」みたいなノリで。

そういう感じなので、企画書での堅いプレゼンとかにしないで、簡単なデモソフトをつくってみせて議論するやり方にしたんです。日本地図にすべてのインターナビ搭載車の位置をプロットして、リアルタイムに光の点が動いていくようなデモ。「へたにコピー書いたり、たとえ話をするより、インターナビのデータをそのまま見せたほうがいいんじゃないですか?」と。パワポで議論せず、すぐアプリでつくっちゃうところが、すごく気に入ってもらえて、そのまま成り行きで、おまえがクリエーティブ・ディレクターやれ、と言われて。

それから間もなく東日本大震災が起きたんですが、そうするとインターナビの走行データに普段とは違う価値が生まれるんです。普段なら走行データがある道は「混んでるから避けよう」となるんだけど、このときだけは、震災後に走行実績があるということは「その道は通れるかもしれない」というデータになりうる。

そこでホンダさんは、地震発生から20時間後にこの通行実績のマップデータを公開しました。KMZファイル形式で、ダウンロード・再配布可能。オープンに皆さん使って下さい、と。

僕は、『Connecting Lifelines』というこのプロジェクトのデータビジュアライズをお手伝いしたのですが…これ、全然広告っぽくないですよね? でも、カンヌライオンズ(世界最大級の広告祭)でチタニウムライオンという最高レベルの賞をもらって。そのときの審査委員はこう説明してくれました。

「そのブランドを信じる理由となり、その商品の理解を促すのが広告の根源的な機能だ。そして社会のために役立つものをつくらなくてはならない。これは広告の最新の形だ」。



落合 いいこと言いますね! さすがカンヌの審査員。

菅野 そうなんです。「人を救うためにホンダが動いた。この行為そのものが最高のブランド広告である」ということで、このプロジェクトは多くの賞をもらい、こういう仕事をお手伝いしたのがきっかけで僕はクリエーティブの仕事を始めたわけです。

落合 きっかけって、どこに転がってるかわかりませんね。

菅野 この後の仕事が『サウンド・オブ・ホンダ アイルトン・セナ1989』です。これはデジタルテクノロジーを使った表現なんだけど、エモーショナルなブランドのストーリーを描いて、ブランドと人の絆をつくったり、心理的な距離を近づけたいという挑戦心からうまれたプロジェクトです。テクノロジー的な表現って、「スゴい」とか「便利」に行きがちで、なかなか感動にならないじゃないですか。

プロジェクトのキモになっているのは、1989年に鈴鹿サーキットでセナが世界最速のラップタイムを記録した際の走行データ。それを解析して、あの日のエンジン音を再現し、鈴鹿でもう一度鳴らすという試みです。

紙にはエンジニアがシミュレーションしたエンジンの限界を考慮した理想のタイムが書かれていて、「最速1分40秒でいける」となっていたんですが、実際のセナは1分38秒041で走ったと記録されている。限界を超えていたんです。最高ですよね。

当時の走行データは紙でしか残っていないんですが、受け取った時は手が震えちゃいましたね。単なる折れ線グラフと言えばそれまでなんですが、このデータには、あの日、あの瞬間、あの場所に、あの人がいたという事実が刻まれている。“存在の痕跡”です。

この企画を応援してくださったホンダの方からは「一緒に戦い続けた大事な仲間に対して、企業が祈りを捧げる。そういう姿勢を見てもらえるようにしたい」と熱い想いを打ち明けられたりしました。

データの解析は、当時のセナ担当のエンジニアの方がチームに入って一緒に関わってくださいました。そこで得られた解析結果をもとに、鈴鹿サーキットの一周6㎞にわたって配置したスピーカーとLEDライトでセナの走りを再現しました。

ここでちょっと余談の技術話をしますと、全長6kmのコースに並んでいるスピーカーにどうやってデータを伝送するかが問題になりました。6kmのLANケーブルなんてないですよね。どうしたかっていうと、実は使ったのは電話線です。

電話線なんて100年以上前からある、もう枯れ切った技術ですよね。でも、それが音のデータを運ぶのに一番向いているし、「このぐらいの距離だったらどれくらいの遅延が発生するか」とか、計算もさんざんなされているので、計算も非常にやりやすい。しかも広く普及していて安価。ということで、電話線を使いました。

このプロジェクトは文化庁メディア芸術祭の大賞など、世界中で20個のグランプリと118個の賞を…。



落合 すごい! セナを出されたら、もう審査員もダメですよね。きっと世代受けも、コンテクスト受けもします。しびれるなあ。

菅野 確かに。このプロジェクトは審査員受けもよかった作品です(笑)。こんな形でクリエーティブ部門でのキャリアを始めて、Perfumeのライブのプロジェクトを手伝うようになったりもあって、「あの人はいわゆるCMより、リアルのライブパフォーマンスのほうが得意だ」って評価していただいたところがあります。それで国立競技場の最後の瞬間のセレモニーの企画演出を担当し、それが今度はリオの閉会式につながり、というような仕事をしております。

落合 ありがとうございました~! では対談パートに移ります。

以前、アーティストのクワクボリョウタさんが「メディアアートって泣けないよね」って話をしてたんですよ。

菅野 うん。「へ~」とハッとさせたり、「不思議だね~」とワクワクさせる作品は多くても、泣かせるのは難しいですね。



落合 菅野さんの作品を順に見ていくと、記憶や痕跡を呼び起こすことで、単なる技術的な装置を超えて、グッと来る表現になっているものが多いと思うんですが、そういうことってどう意識されていますか?

菅野 まず、基本的に広告表現の世界ってCGだったりフィクションで演出することが多いのですが、僕の場合はホントに起こった事象をそのまま見せるケースが多いですね。その流れでいうと、通行実績の表現も、セナも「残されたデータから表現する」という点では同じなんです。もちろんインターナビの震災時の活用は結果としてそうなった、ということですが、セナのプロジェクトをやっているときに気づかされたのは、無味乾燥に思われがちなデータを“存在の痕跡”ととらえなおすと、すごくエモくなるんだな、と。

その後にお手伝いした「SAYONARA国立競技場セレモニー」では、56年の間に映像として残された国立での名シーンの選手たちの身体の動きを解析し、モーションデータにして、その姿を同じ場所にプロジェクションとレーザーとARで再現するというのをやりました。

これも記録から記憶を呼び起こすものです。この日にはもうひとつ、来場者の皆さんが一緒に「あの日、ここにいた」という痕跡を残す企画も実施しました。みんながそれぞれに撮った競技場の写真を集め、統合して3Dモデルの記念写真を作成したんです。

落合 人間って多分、「あのとき自分はああだった、こうだった」と記憶が呼び起こされるだけで、見ている内容とは関係なしにうるっときちゃうことがあると思うんですよ。菅野さんはそこを開拓されている。

これは違う言い方をすると、コンテクスト(文脈)を味方につけて泣かせるということだと思うんですけど、逆にコンテクストなしで泣かせることってできると思いますか?

菅野 広告って、ものすごくハイコンテクストカルチャーなんですよ。15秒で勝負することも多いので。例えばタモリさんが出ているCMがあるとしたら、タモリさんがどういう方かというのを知っている前提で企画されている。

これはマツコ・デラックスさんでもPerfumeでも同じで、みんながある種の文化的な知識を共有していることが前提になっている。だから、コンテクストがまったくなし、というのは難しいなあ。

落合 あるとすれば、五感に直接グググッと来るみたいな感じの作品ですね。

◆後編⇒「モノづくりの世界で最後に残るのはストーリー」“現代の魔法使い”落合陽一×電通クリエーティブ・テクノロジスト・菅野 薫

■「#コンテンツ応用論」とは?
本連載は筑波大学の1・2年生向け超人気講義「コンテンツ応用論」を再構成してお送りします。“現代の魔法使い”こと落合陽一助教が毎回、コンテンツ産業の多様なトップランナーをゲストに招いて白熱トーク。学生は「#コンテンツ応用論」付きで感想を30回ツイートすれば出席点がもらえるシステムで、授業の日にはツイッター全体のトレンド入りするほどの盛り上がりです。

●落合陽一(おちあい・よういち)
1987年生まれ。筑波大学助教。コンピューターを使って新たな表現を生み出すメディアアーティスト。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士号取得(同学府初の早期修了者)。「デジタルネイチャー」と呼ぶ将来ビジョンに向けて研究・表現を行なう

●菅野 薫(すがの・かおる)
電通クリエーティブ・テクノロジスト、Dentsu Lab Tokyo代表。東京大学経済学部卒業。テクノロジーやデータで人の心を動かす新しい表現方法を開拓している。カンヌライオンズ・チタニウム部門グランプリなどさまざまな領域で受賞多数。これまでに手がけた主な仕事は本文中に登場するもののほか、日本スポーツ振興センター『世界を更新しよう。』、太田雄貴『Fencing Visualized Project』など

(構成/前川仁之 撮影/五十嵐和博)

最終更新:2/1(水) 13:07

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