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日韓対立煽動に利用された『強制連行の神話』(前編)

Wedge 2/22(水) 12:20配信

軍艦島ではなく福岡県筑豊炭鉱落書きだが それも映画撮影のために作られた「演出」

 実はこの落書きの写真が撮影された場所は軍艦島ではない。福岡県の筑豊炭鉱である。しかし、場所の問題よりももっと大きな問題は、落書き自体が「捏造」であるという点だ。

 この写真が最初に登場したのは1965年。在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総連)傘下の在日本朝鮮文学芸術家同盟が制作した映画『乙巳年の売国奴』という映画だ。筑豊炭鉱で朝鮮人労働者の痕跡を辿って撮影されたこの映画の中で労働者宿所の壁に書かれていた文字として紹介されたのが、この「落書き」が世に出た契機である。

 その後、この落書きの写真は韓国に渡り、日本の残忍性を示す資料として幾度となくマスコミにより拡散され、韓国全国民の記憶の中に刻まれるに至った。韓国育ちの韓国人であれば一度は見たことのある写真であるといっても過言ではない。

 この写真が捏造だということが明らかになったのは2000年。西日本新聞が報じた1月3日の社会面に大きく掲載された記事には、1965年に映画を撮影していた現場にいたスタッフの「告白」が掲載されている。「告白」によると、撮影時に監督の指示で壁に韓国語で落書きが書かれたのだという。その当時は深く考えてなかったが、後日、それが事実のように広まっているのを見て、真実を伝えなければならないと思ったというのだ。

以下に、元スタッフの告白を一部引用する。

ーー文字を書いた理由は?

元スタッフ 強制連行には映像資料が少ないでしょ。それに(朝鮮人寮は)廃屋で、撮るものがなかった。監督が「(連行されてきた人々の)思いがあった方がいいんじゃないか」と。その他のスタッフも「それがいい」となった。死と隣り合わせの過酷な労働、国を奪われた者の望郷の念を代弁したかった。

ーーなぜ今、事実を語る気になったのか

元スタッフ 二年前に雑誌で壁文字の写真を初めて見た。知人に相談したら、あちこちの本や雑誌に出てると聞いて、驚いた。壁文字は連行された人々の思いを表現しているが、演出が事実として独り歩きすることはよくないと思った。

(西日本新聞 2000年1月3日)

 この問題について、最も詳細に追跡しているのは、在日韓国人在野研究家、金光烈氏の著書『足で見た筑豊:朝鮮人炭鑛労動の記録』(2004)である。金光烈氏はこの本の中で、「落書き」について分析し、それが捏造であることを明らかにしている。

 ここまで、朝鮮人強制連行悲劇のシンボルになった「落書き」が実は捏造であるという話を紹介してきた。だが、これらは韓国社会ではあまり知られていない話とはいえ、日本国内で既に発表された内容である。

 後半は、「落書き」の裏にあるより大きな問題について述べる。この映画が作られた目的と背景についてだ。実は、映画『乙巳年の売国奴』は日本を批判することを目的とした映画ではない。日韓の「和解」を妨害するため作られた映画なのだ。

⇒後編に続く

崔 碩栄 (ジャーナリスト)

2/2ページ

最終更新:2/22(水) 12:20

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